五十八話:雷撃のハルバード
「……やはりこの時まで、『あの力』を温存しておいて良かった。属性なんて、相手の魔法属性を見なければ決められないからな」
「……うん。あなたの不死の加護は一度使えば数時間は使えない。でもそれを使う時は今しかないと、私も思う。壊せないのなら、もっと威力を上げればいい」
覚悟を決めた信乃はそう呟き、シラも神妙な顔で頷く。
今は氷漬けにされた皆を気にしている暇もない。むしろ、「周囲にはフェンリルと信乃達以外誰もいない」というこの状況を利用するしかない。
あの怪物を相手にするには、二人の力を遺憾無く振るう必要があるからだ。
「――いくぞシラ、魔泉に沈め。矛盾など無い。奴が砕けぬと豪語するあの氷盾をも貫く最強の矛を、その内より引きずり出せ!!」
「了解。ヨルムを、みんなをこんな目に遭わせたあいつを、私は絶対に許さない。――魔王の力を、解放する」
二人の冒険家は――否、勇者と魔王は、各々の詠唱を叫んだ。
「神杖よ。勇者の名の元に神秘をここに具現し、かの者を神域へ刹那誘い、不死の加護を与えたまえ――『ディヴァイン・エインヘリアル』!!」
「――追加詠唱。我、命を振るう者。我、幾重もの血肉を喰らい、その力を泉に沈めし者。背負うは数多の罪。成すは数多の業。力はやがて武器となり、魔法となる。故にそこは、蔵となる。なれば我、魔泉よりその意味を引きずり出し、今ここに――その価値を示そう」
魔力が、銀光に輝くシラへと集まっていく。フェンリルの魔法によって凍てついてしまった空気すらもその流れに乗って彼女を渦巻く気流となる。
しかし、その中心で出来上がっていくものは氷などではない。それを溶かして余りあるほどの熱量と光を持った、雷。
「……なに?」
その様を見て、今まで全く動揺することのなかったフェンリルが初めて困惑した声を上げる。
魔法陣がシラの地面に展開される。だが、それすらも激しく帯電を始め――
閃光。
一瞬眩んだ視界が戻った時、彼女の手にはそれが握られていた。
金色の槍斧。
そんな呼び方がしっくり来るだろうか。
二メートル以上はある長い柄の先端には槍の刃先が付いており、その根元の横には大きな刃の弧を描く斧頭が付いている。そして更にその反対側には、内側に曲がった鉤爪の刃まで付いている。
突くなり薙ぐなり削ぐなり、何でも出来る至れり尽くせりの武器。信乃もその形状をアクション・RPGのジャンルを問わずゲームで見たことがある。
加えて、激しい雷撃まで纏っているそれの名は――
「完全顕現――『ケラウノスハルバード』!!」
シラは魔泉の蔵に眠っていたその一振り、帯電する黄金のハルバードを頭上で数回転させた後、長く大きな槍先をフェンリルに向けて構えた。
「……雷属性の魔器、ほう。私と戦う最低限条件はクリアしている、か」
フェンリルはそう呟くと手をかざし、その先に彼女の身長にも及ぶ直径の黒い氷塊を生成してシラにミサイルのように飛ばす。
小手調べと言ったところの攻撃。込められている魔力量は周囲一帯に張り付いた氷と同じだが、「ラタトスク・アイ」で表示された数値を見て改めて信乃は顔を顰める。
〝グレイプニル
魔法攻撃力:380
グレイプニル変動補正:×30
魔法威力:11400〟
化け物じみた魔法攻撃力。そして見たことのない名称の補正だが、高倍率。
それらが掛け合わされて叩き出した威力数値が、既に超大型魔物の魔法以上なのだ。
だが、シラはそれに怯むことなくハルバードの槍先を正面に構え、魔法を唱える。
「『ハイライジング・ボルトジャベリン』!!」
〝ハイライジング・ボルトジャベリン
魔法攻撃力:300
威力階級ハイエクスプロージョン:×16
ジャベリン補正:×1.2
属性相性有利:×2
魔法威力:11520〟
激しい音と閃光を伴う、雷撃の刺突。水属性の相性不利を取られたその黒氷は、初めて粉々に砕ける。
「……とても硬い氷、それは理解した。でも、私ならば砕ける。覚悟するがいい、フェンリル」
「……」
間髪入れず、次にフェンリルが放ったのは強力な冷波だった。
〝グレイプニル
魔法攻撃力:380
グレイプニル変動補正:×25
魔法威力:9500〟
氷塊とは違う、広範囲の攻撃。「ジャベリン」で中央に穴を開けるだけでは心許無い。少し掠っただけでも先程のヴァルキュリア達同様氷漬けにされてしまうことは明白だ。
それに対してもシラは次に斧頭の方を構え、すぐに新たな魔法を放つ。
「『ハイライジング・ボルトスラッシュ』!!」
〝ハイライジング・ボルトスラッシュ
魔法攻撃力:300
威力階級ハイエクスプロージョン:×16
属性相性有利:×2
魔法威力:9600〟
斧を振るった、雷撃の一閃。迫りくる雪崩は、真っ二つにされて帯電する。それらは二人の両サイドを通過。直後、彼らの後ろで残った冷波が炸裂して不規則で大きな氷のオブジェが出来上がっていた。
攻撃されてばかりではない。すかさず、シラは反撃を放つ。
「『ハイライジング・ボルトスラッシュ』!!」
再び、雷の斬撃を飛ばす。今度はフェンリルが前方に黒氷の盾を発生。それに直撃し、派手に煙が上がった。
「上出来だ、シラ。俺の魔法は奴には通らない。タイムボンバーの連続使用すらいい結果は見込めないだろう。不本意ながら俺はサポート兼荷物持ちだ。今必要なマジックポーションだけ取って、残りが入ったお前のバッグも俺に寄越せ。俺は必要なタイミングでお前に回復魔法を唱え、防御魔法を張り、マジックポーションを渡す。……だからお前は何も気にせず、全力で戦え」
「間違いなく、スルト以来の苦戦を強いられる。私の動きに合わせる必要があるシノブの負担が増えちゃうけれど、任せる。……大丈夫。あなたと私に、不可能なんてない」
シラは一本だけマジックポーションを取り出して素早く飲み、消費した魔力を回復。残りが入ったバッグを信乃に渡す。
その間に、煙の中からまた黒氷の塊が飛び出してくる。
「『ディヴァイン・サンクチュアリ』!!」
〝グレイプニル
魔法攻撃力:380
グレイプニル変動補正:×30
魔法威力:11400〟
〝ディヴァイン・サンクチュアリ
魔法攻撃力:160
威力階級ディヴァイン:×128
光属性補正:×1.2
スフィア補正:×1.5
魔法威力:36864〟
まだ回復中だったシラの代わりに、信乃が防ぐ。神杖は攻撃面からっきしなものの、防御魔法だけは本当に頼りになる。こうして交代で相手の魔法を防いでいけば、回復する時間も充分に確保出来るはずだ。
「……成程。その魔法、その力……心当たりがあるぞ。そうか貴様が、『血蒐の魔帝』の魔人――ニーズヘッグ・ブラッドカイゼル」
「……っ!」
覚悟はしていたが、これだけのものを見せてしまっては流石に相手も気付いたのだろう。
聞こえてきた低い声には、明確な歓喜と殺意が込められていた。
「五年前に帝国を逃げ出した魔王の欠陥品とだけは聞いていたが……なるほど。奇縁にも勇者と手を組み、上手く力の使い方を克服しているらしい。納得だよ、スルトも苦戦するはずだ。本当に――面白い。私も少し、本気を出すとしようか」
煙も晴れた先にいた騎士は、そんな言葉と共に更に纏う殺気を強くしていた。