四十九話:あなた達は、一人じゃないよ
そう叫ぶミルラの姿に――ひょっとしたら見覚えがあるのかもしれないその姿に、シラは何を感じたのだろうか。
「……だったら私だって、強くはないよ? だって、私もどうして生きているのか分からないから」
咄嗟にシラの口から出ていたのは、そんな言葉だった。
「……え?」
さっきまでの悲痛な泣き顔から一転、ミルラは呆然とした顔を上げてシラを見つめている。
その頭に手を置き、彼女は続けた。
「私には、記憶がない。でも、死ねと言われ続けてきた罪だけは覚えていて、忘れちゃいけなかった。私は存在そのものが罪で、忌み嫌われていて、私の命の在り方なんてこの先も酷いものだと思っている。だからきっと、私は死ななければならなかった」
「なに、を……」
訳が分からず呆然と問いかけるミルラに対し、答えてやれないシラはただ首を振って寂しそうに微笑むしか無かった。
「……でも、私はとある人に『生きてくれ』と言われてしまった。そして私は、みっともなくその言葉に縋り付いて今もこうして生きているの」
あの炎の中での言葉を今でもはっきりと覚えているし、彼女は生涯忘れることはないのだろう。
自分の罪深き正体を知ってしまったあの日に、てっきり命を終えるものと思っていた彼女は、それでもまだこうして生きている。
なんとも不思議なものだ。
誰かの言葉で死ななければならないと思っていた彼女は、また別の誰かの言葉で生きる道を選んでしまった。
命とは所詮自分だけのもので、自分で生かしていかなければならないのに、どうして誰かの影響を受けてその生死を左右してしまうのだろう。
「だから、私が強いというのは間違い。私に、私一人で生きていくだけの強い意思なんてなかった。私もきっと……あなたの言う『弱い者』なのです」
「……ッ! 詭弁だ……!」
そう叫んだのは、今度はキースだった。
「そんな心情の話はどうだっていい! あんたは確かに凄い力を持っているだろう!? その力で俺達を守ってくれたし、俺達では一瞬で殺されていたであろうあのサイクロプスとだってしばらくやり合ってみせた! 結局はあんたは強くて、誰にも助けて貰う必要も、守ってもらう必要もないんじゃ……ないのかよ……!」
その言葉にも、シラは即座に首を振っていた。
「違うよ。この力もまた、本当は私を殺すものでしかなかった。ただの、呪いでしかなかった。そんな運命を変えてくれたのは、結局は『誰か』のおかげだったの。この力は、私一人のものじゃない。『その人』と共にいるからこそ、私はこうして私でいられる。だから私は……一人では生きていけないの」
結構、信乃との間で話さないと約束を交わした隠蔽する力についてかなり踏み込んで話してしまっている。彼にこの会話を聞かれていれば、間違いなくお説教ものだろう。
それでもこんな話まで持ち出してでも、シラは自身という存在について、ミルラ達に聞いてもらうべきだと思ってしまった。
「わけの、分からないことを……! お前も俺達を騙そうとしているんじゃ……!」
「……キース君。何となくだけど、シラさんが言っていることは本当に思えるの。だってこんなに辛そうで悲しそうで、でもとても澄んだ目をしている大人を、私は見たことがないの」
「……サシャ。……ッ、だったら……だったらそれでもいい! あんたには、その頼れる『その人』がずっとそばにいたってわけだ! だからあんたは強いんだよ……! でも、俺達にはそんな人はいない……あんただって、この作戦が終われば俺達を助けることもなくなる。だったら、今度は誰があのザンボスの悪行を……俺でも止められないあいつを止めるんだよ……!」
「キース……」
彼の叫びを聞き、ミルラはまた俯いてしまう。彼女だけではない、サシャもニノも同じように暗い顔で俯いたままだ。
それでもシラはまた言葉を、拙くも紡いでみせる。
「何度でも言うよ。私は、強くないよ。そして、私の『その人』だって万能ではないよ。だって、『その人』と共に戦っていながらも、助けられなかった命がいくつもあった。さっきも必死で走って、足掻いて、ようやく私が助け出せたのはあなた達だけだった。……ううん、あなた達を助けただなんて言うのもおこがましい。――ちゃんと、見ていたよ。あなた達が、サシャを助け出してみせたところ」
「「「……ッ!」」」
「……ッ! ……みん、な……」
三人が、息を呑む。サシャ当人だけは俯き、その目から小さな雫をこぼしていた。
「私では間に合わなかった。あなた達が瓦礫の下敷きになっていたサシャに気付かず逃げてしまっていたら、きっと私も彼女に気付くことなく落とし穴への誘導に加わっていただけだと思う。間違いなく、サシャを助け出したのはあなた達なんだよ。そんなあなた達を、『殺される』のだと分かっていながら飛び出したあなた達を、私は決して何も出来ない臆病者だなんて思うことはない」
「……そう……です。サイクロプスに一瞬で殺されることなんて分かってたのに。怖かったのに。それでもあの時、私達は……無我夢中で……」
「僕も、怖かった……で、でも……やっぱりサシャを見捨てることだなんて出来なくて……!」
「……俺、達は……」
ずっと抱きしめていたミルラを離し、そのまま身体を回して三人に振り向かせる。その拍子に、四人は向き合う。
「命とは、目的があり生きている。何かをしたいと思っているから動き続けている……と、私は思う。あなた達の言う通り、私はずっとあなた達とはいられない。あなた達の、『その人』にはなれない。でもあなた達はもうきっと、『その人達』をとっくに見つけているはずだと、私は思うのです。あなた達は、これまで誰と共に戦い生きてきたの? ザンボスなんて恐怖の対象なんかじゃない、あなた達は、本当は誰を見つめ続けてそんな苦しい状況を生き続けてきたの?」
一瞬、誰かの笑顔が頭を過る。
信乃ではないそれは、誰なのだろう。記憶の無いシラには分からない。
シラにも、信乃と出会う以前にもそんな人がいたのだろうか?
誰かを思って、誰かの為に、生きていたのだろうか?
「「「……ッ!!」」」
四人は、お互いの顔を見ると一斉に息を呑む。
終ぞ、シラは上手く言葉を紡げた自身はなかった。結局彼女は何が言いたかったのだろうと自問する。やはり信乃のようにはいかないと思う。
それでも精一杯彼の受け売りで、欠けているはずの記憶すらも手繰り寄せて、彼女の思うままに、ミルラ達の為になればと語る。
「あなた達が強いと言ってくれた私ですら、他でもない、万能では無いあの人と共に生きている。……だからね、何でも出来る『誰が』なんて有りもしない個人じゃない。怖いことだらけで、周りが良く見えていないかもしれない。一人ぼっちにしか思えなくて、自分だけではどうしようもなく覆せない未来しか待ち受けていないようにしか思えないかもしれない。それでもどうかよく見渡して欲しい。『あなた達』は、何を成すの? 本当にあなた達の生は、大人達からの干渉にも抗えない一方通行でしかないものなの? ――あなた達は、一人じゃないよ」
「……ミルラ、達は……」
四人はまた、俯いてしまったのだった。
戸惑いつつも、その目には小さいながらも確かな希望を灯し始めながら。