十二話:継世杖リーブ
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もしも、もしもの話だ。
あの石碑に神器とやらが封印されていて、信乃が近づいてそれを解くことが出来たのなら。
その神器を、信乃が使うことが出来たのなら。
それがどれほど強いものなのかは分からない。だが、神器というからにはきっと強力な武器なのだろう。
あるいは、今のこの状況を打開できるくらいの。
きっと、勝機はそこにしかない。
(だが、そもそもここからあそこまでは少し距離があるし、炎だって蠢いている。無事、あそこまでたどり着けるのか? 相手は魔人とかいう恐ろしい化け物だ。あの三人だって子供のように弄ばれている。そんな相手に、無力な俺が出し抜けるのか?)
――自分は、無能の臆病者だから。何もしてこなかった、何も出来なかった人間だから。
(怖い。あの炎に全身を焼かれてしまったら、あの刃にずたずたに切り裂かれてしまったら。いやそもそも、石碑にたどり着けたとしても何も起きなかったら……!)
勝手に増え続けてしまう嫌な考えを、しかし信乃は頭を振って無理矢理抑え込んだ。
「……ああ、そうだよ。何迷ってんだ有麻信乃。これじゃあっちの世界といた時と何も変わらない。どの道ここで何もしなかったら、三人とも死んで俺も死ぬんだぞ。覚悟を決めろ……お前は、戦いに満ち溢れた、異世界に来たんだろうが……!!」
信乃は、意を決して走り出す。
「おや、無能さんは何を動いているので? そんなに死に急ぎたいのですかな?」
案の定魔人はすぐに信乃の動きに気付き、風の刃の一部を彼の元にも差し向けてくる。
だが刃達は信乃の前に現れた光の膜に弾かれてしまった。
「……っ、信乃には、傷一つ負わせない。行って、信乃……!!」
ロアが、炎も刃も何とか躱しながらこちらに魔法をかけてくれている。彼女も信乃の魂胆に気付いてくれたようだ。
「ロア……! おおおおおおおおっ!! 『バースト』!!」
信乃は自身に迫って来た炎にガンドを向け、撃つ。霧散した炎の先に出来た道を一気に駆け抜け、石碑に迫る。
「……ちぃ、どいつもこいつも。しかし何かと思えば、その祭壇が目的か! 誰が悪戯で文字を掘ったか知らんが、そこには何もないことはもう調べがついている! それに近づいたところでお前に何が……!」
「……っ、頼むぞ。ここで何も起きなくて、何がファンタジーだ!!」
苛立った魔人の声を無視し、信乃は石碑に触れた。
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『そう、私は選ばれたのですね』
声が、聞こえる。
『分かりました。こんな命で良ければ、お役立て下さい。よろしくお願いしますね、リーブ』
青い瞳。長い銀髪。たおやかな笑顔で、その少女はこちらを見ている。
これは、記憶なのだろうか?
『また、今日も魔の手から沢山の命を救えました。あなたのおかげですよ』
少女だってきっと夢見ていた。誰かの役に立つことを。主人公となって、物語の中心に立つことを。
そんな少女の願いは、きっと叶ったのだ。
『救えなかった……! 間に合わなかった……! ああ、どうして。どうしてまた、私は……!!』
それなのに、どうして。
『さようなら。今度は私の番みたいですね。……これも、あなたの力なのでしょうか? 何となく、これから私がどうなるか分かってしまうのです。……ねえ、教えてください。それでも、私は私の望みを叶えることが出来ますか……?』
どうして彼女は、そんなに悲しそうに泣いていたのだろう?
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その場にいる全ての者が、息を呑んでいた。
信乃が触れた瞬間に石碑は眩い光を放ち、粉々に砕け散ったのだ。
その中から神々しい光と共に、一つの杖が姿を現す。
それは、あの村でみた銀像と同じ姿をしていた。
樹木を連想させる、うねりながら伸びる暗い黄赤の柄。幾つかの細枝に分かれて短く螺旋を描く先端。
そして、その中に収められた大きな碧の宝珠。
この杖からは、魔器と同じような見えない力の奔流を感じる。だが、その強さは魔器の比ではない。こうして立っているだけでも、その輝きと得体の知れなさに呑み込まれてしまいそうになる。
――これが、原典。この世界の神秘そのものの体現。
「神……器……!」
信乃はゆっくりと手を伸ばし、それを掴む。凄い力を放っているにも関わらず、拒絶されることもなく案外簡単に手に馴染んでしまった。
「馬鹿な……『継世杖リーブ』だと!? ついぞ我々でも見つけられなかった神器が、なぜここに!? まさか貴様、本当に『銀麗の巫女』の後継者――神杖の勇者だとでも言うのか!?」
「信乃……あなたは……!」
魔人ケルベロスとロアの声が、どこか遠くに聞こえる。杖を手にした途端、信乃の頭の中に詠唱が流れ込んできたからだ。
瞬時に、それを唱えていた。
「神杖よ、勇者の名の元に神秘をここに具現し、かの者達の傷を癒せ――『ディヴァイン・ヒール』!!」