四十二話:落とし穴作戦
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【15:15】
「それで、シンジさん……でしたっけ? かつてリーダーとして大ギルドを結成し、超大型魔物を討伐した経験もお有りなのだとか。もちろん我々ヴァルキュリア軍団も、幾度となくその戦闘訓練も実践経験も積んできたつもりですが……何分今回は相手が悪いです。是非、冒険家視点からの戦略をお教え下さい」
――時間を遡って、これは信乃達の分隊が対サイクロプスの前線に合流する少し前の、分隊内での会話だ。
「もちろんさ、ヨルム中将さん。確かにあんたの話を聞く限りでは、まだ的の小さい俺達冒険家の方がやられにくいかもな。まず、一旦あんた達の軍を前線から下げて欲しい。俺達冒険家がサイクロプスの相手をする」
シンジはそう切り出した後に、しかし神妙な顔で溜息を付く。
「……とは言え、どれだけの人数が前線に集まろうが俺達でも精々時間稼ぎだろうね。しかも、本当にぎりぎりの戦いになると予想される。見ている限り結構素早いあんた達ヴァーナの鉄人魔器で避けられない遠距離魔法なら、狙われれば俺達だって避けられない。その前に何か遮蔽物に隠れなければならないから、ほとんどこっちの攻撃機会はないだろう。その間にも相手は一方的にどんどん攻撃してくるだろうし、滅茶苦茶不利な防衛戦だよ。……死者も、覚悟しておいた方がいい」
「死者」と聞いて場の空気が重くなる中、信乃が質問をする。
「サイクロプスの相手と言うが、取り巻きにも大型魔人が何体かいるそうじゃないか。そいつらはどうする?」
「……ふっ。こう言っちゃかっこ悪いが、別格の強さを持つあんた達三人に任せていいかい? アルマ君、シラさん、ヨルム中将さん」
即座に、シンジはそう少し苦しい笑顔で答えた。
「さっきも言った通り、ヴァーナの鉄人達を一旦前線から下げる。すると、サイクロプスの次の狙いは地上にいる俺達になるだろう。そうなれば取り巻きの大型魔人は邪魔になるはずさ。そして、彼らにサイクロプスから離れて行動するように命じる。そこを、俺達の『時間稼ぎ』の間にあんた達で各個撃破して欲しい。……出来るだろうか?」
「……なるほどな。いいだろう」
この男、ちゃんと考えている。伊達に超大型魔物の討伐を成功させた訳では無いのだな、と内心でシンジに賞賛を送りながら、信乃はそれで引き下がった。
以前に信乃達も超大型魔物の討伐をしたことはあったが、ほぼシラの「魔王の力」によるごり押しだ。今回その力を使えない以上、大ギルドなんてものをまとめ上げてみせた彼に作戦立案及び指揮を任せた方が良いだろう(信乃にはそう出来るだけのコミュ力が足りていない)。
「えっと……それで、肝心の超大型魔人の方はどうするの? 時間稼ぎっていうのをした後に、こっちも大型魔物討伐を終えた三人にバトンタッチするの?」
そう質問したのは、カリンだった。
だが、シンジはふるふると首を振る。
「……三人の力を見くびっているわけじゃない。でも、その三人の力を以てしても無理だろうと俺は思う。超大型『魔物』ならまだしも、そのさらに上をいく『魔人』じゃあな……。勿論、最終的には彼らの手も借りることになるさ。でも、倒すのは彼らじゃない――俺達全員さ」
「「……!!」」
その場にいる全員が、息を呑む。
おもむろに、彼は近くにあった道路のコンクリート上にある丸い蓋――マンホールを開けながら述べた。
「気付いたんだ。このどこまでも続く石の道、所々こんな蓋がある。開けると下までハシゴが掛かっていて、その先は川みたいなのが流れている空洞になっているんだ。灯りをつけて何箇所か覗き込んだけど、場所によっては広い地下空間みたいなものまであった」
「……ああそう言えば。以前ヴァーナが攻めた際のデータにも、そんな記述はありましたねぇ」
それは、信乃も気付いていた。
この帝国、信乃のいた世界の現代都市にも近い構造をしている。
道路にはコンクリートが敷き詰められ、その下には下水道や何かの地下施設の用途で使われているような空洞が所々にあるのだ。
「これが『戦略の要』となると俺は踏んだ。これから俺達もその超大型魔人の前線へと飛び込み、時間稼ぎをする。その間に別動隊を派遣。戦場にも近く、なるべく広く深い地下空間を探してもらう。その真上の地上が『目的地』だ。その地点を見つけ次第、時間稼ぎをしていた俺達は超大型魔人をそこにおびき寄せ――」
「……なるほど。落とし穴作戦、ですな。古典的ながら、その効果は大きい」
そうハマジが口を挟むと、シンジはニッと笑った。
「正解さ、ハマジさん。まあ今回は地面を事前に掘って作るそれじゃなくて、標的の立つ地上を壊して地下へ落とすという擬似落とし穴だ。シンプルだが超大型魔物にもよく使われる戦略らしいし、俺も以前使ったよ。俺達人間よりも遥かにやばい相手なら、俺達が一方的に攻撃出来る状況を作る必要がある。となると、相手の動きを確実に一時的に封じられるこのトラップが適任さ。大ギルド規模だったら、その間の一斉攻撃で超大型魔物の体力を結構削れる程度の罠だ。だがこの戦場には、俺達冒険家がそれとは比べ物にならない数でいるんだ。そんな人数で一斉攻撃されようものなら、例え超大型魔人だろうがたまったもんじゃないだろうね」
おおー!! 皆が感嘆の声を上げる中、しかしまたシンジは苦い顔に戻ってしまった。
「……問題は、どうやってその穴を作るかだね。地上から魔法で開けようにも、その前に超大型魔人の遠距離魔法で狙われる。地下から開けようにも、その崩落に巻き込まれてしまう。どうしたものか……」
その彼に、信乃は十数枚のチップを放ってやった。
「ならば、これを使うといい」
「これは……『タイムボンバー』? 高価でまだあまり冒険家達の間でも広まっていないものを、こんなにたくさん……?」
「……ああ、こいつが俺の主要攻撃手段の一つでね。そいつらを、別動隊に目的地へ張り付けてもらえ。さっさと大型魔人達を片付けて戻ってから、あんたの指示で俺が起爆する。地下へ続く薄い壁など、容易く粉砕してやるよ」
今度は、シンジが驚愕する番だった。
「……本当か。ああ、いける。それなら、いけるぞ……!! 流石だよ、素晴らしいぞアルマ君……!! やはり最後はあんたにかかっている、よろしく頼む!!」
「これくらいならお安い御用だ。……だが肝心の問題を聞くぞ。その状況に持ち込めるまで、あんたの言う死人も出るような絶望的戦況で、あんた達は戦えるのか?」
取り巻きの大型魔人撃破と目的地の発見及び「タイムボンバー」の設置までの、超大型魔人の囮及び引き付け。とてもではないが、一筋縄ではいかない役割だ。
だが、シンジはそれに至ってはためらうことなく頷いてみせたのだった。
「当たり前さ。確かに、あんた達やヴァーナ連邦軍よりも俺達は非力だろう。それでも、非力だからこその俺達冒険家の往生際の悪さと根性だけは、侮ってもらっては困るよ。……俺達は死んでも、勝ってやるさ」