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十一話:立ち塞がる怪物

 □■□



 虚無が、静かにそこを支配していた。


 天井、壁、床へ無骨に敷き詰められた粗い石材が続く長い通路は、かなり前に造られたものなのだということは容易に分かる。灯りはなく、そこを闇が突き抜けている。石材の隙間からびっしりと生える苔についた水滴が落ちる音が、はっきりと響き渡る。


 そんな無窮の静寂が破られたのは、果たしていつぶりなのだろうか。複数の松明の灯りと共に、複数の足音がそこを通り過ぎていく。


 信乃達がノルン遺跡に入って、どのくらい経つのか。この長い通路の終わりは分からないが、何となくあと少しだという予感が四人にはあった。


「いよいよね。この奥に、神器が……」

「ああ、(本当にあるのなら)そうだな……」


 信乃と、それ以外の三人では全然違う意味での緊張を孕みながら、いよいよ冒険は佳境を迎えようとしている。


「おい、あれ! 向こうに光が見えるぞ!」


 カインが前を指す。確かに、微かに小さい光が見える。


「よし、出るわよ! みんな急いで!」

「ちょっとロア~慌てないで下さいよ~!」


 四人の足は速くなる。

 目の前の白い小さな点はどんどん大きくなり、出口のシルエットに変わり――大きな部屋に出た。


「ここ……は?」


 信乃は、辺りを見渡しながら声を上げる。

 古びた石の柱がいくつも途中で壊れ、低く立っている。倒れた柱が、それらの砕けた瓦礫が、まっさらであっただろう広い床を埋めている。

 上でも、高い天井が半分以上壊れて外の光を取り込んでいる。真っ暗だった通路とは一転、まばらに注ぐ日の光が内部の埃に反射し、いくつもの白い粒子が浮かぶ。それは、神秘的ですらある光景だった。


「なに……あれ」


 今度は、ロアが指さしながら呆然と声を発する。

 その先の、部屋の中央――一段だけ高くなっている祭壇のような部分に、ここにいる自分達全員が縦に並んでも届かなそうな程に、巨大な石碑がそびえ立っていた。


「なんか、書いてあるな」


 その石碑の真ん中に何やら文字が掘られている。

 それを、目のいいロアが読み上げた。


「えーっと……『我、ミシェル・カナートの名の元に。次の勇者の訪れるその時まで、ここに継世杖けいせいじょうリーブを封印する』。ミシェル・カナート!? それって……二十年前の、神杖の……!」


「そこまでです。侵入者共」


 突然、上から男性の声が降って来る。見上げると、崩れた天井の上に人が立っている。

 だが、それは――


「……え、人……?」


 信乃は、思わずそんな疑問を口に出してしまっていた。

 真っ白な軍服を着たそれは、シルエットこそは人である。だが、顔は狼だ。しかもその両肩にも、それぞれ狼の顔が付いている。その二つも目を動かしてこちらを睨んでいるので、ただの飾りなどではない。


「やれやれ。私をそんな軟弱な生物と一緒にしないで頂きたい」


 人とも魔物ともつかない三つ首の異形は人語を話しながら、軽やかな足取りで降りてくる。


「おい……魔物とは思えない流暢な言葉使い……それに、あの白い軍服」

「はわわ~……そんな、まさか~……」


 猛者であるはずのカインとキノが戦慄していた。

 ロアも忌々しげに顔をしかめ、呟く。


「アース帝国の……『魔人』……!」


「はい、正解でございます。やれやれ、私の監視するテリトリーに弱い人間風情が入り込むとは。早急に排除致します……『地獄の業火』!!」


 三つの狼の口が火を噴く。


「散開!! 各自、あの炎を攪乱!! 隙を見てここから撤退して! あれには……勝てない!」


 信乃はロアに首根っこを掴まれ、引っ張られた。


「ぐえっ……!? な、何が……ッ!?」


 締まる首に苦しんでいる暇など無かった。さっきまでいた場所に降りかかった炎が、そのまま生き物のようにこっちに目掛けて迫ってくるのだ。しかし、特に魔法威力の数値は表示されない。


「逃げるわよ! 早く!」

「な、なんだあれ!?」

「……『地獄の業火』、特殊な部類の火魔法ね。攻撃魔法としての相殺性能はないけど、あの炎は自由自在に広範囲に動き、触れたものを燃やす。あいつの姿と言い、こんなものを使える魔物と言ったら……!」

「まあ『ケルベロス』しかいねえわな!」

「素体からもう上位の小型魔物じゃないですか〜はわ、はわわわわ~……」


 遠くで逃げているカインとキノの元へもその炎が迫って来ている。すでに、広かったはずのこの部屋の半分が炎で埋まっていた。


「それも正解でございます。ええ、ケルベロス。それこそが我が身に宿る魔物にして、我が名にございますれば。あなた達はこの煉獄に焼き殺される運命にあるのです」


 三つの狼頭がニタリと笑う。発している丁寧な言葉と相まって、その姿は一層不気味に感じる。


「おい、なんなんだ! あれも魔物なのか!?」

「……違うわ、信乃。ロストエッダがもたらしたものは武器型魔器の進化だけじゃない。あれは、現在でも帝国のみが秘匿している技術の結晶。帝国の人間達が突如成り代わった怪物。人と魔物の合成生命体――『魔人』よ……!」


 信乃は、昨日からもうずっと驚きっぱなしだった。


「合成生命体!? なんだそのマッドサイエンティスト的要素!? つまり、魔物が混じった人ってことか!? そ、それは魔物とどう違いが……」

「ふふ、知らないのですかそこの人間の方? 我々の存在については結構世界に広まっていると思っていたのですが。――つまり、こういうことですよ」


 信乃とロアの会話を遮り、ガチャリと鈍い音が響く。

 魔人ケルベロスが両手に抱え込んでいたのは、ガトリング砲のようなものだった。


「……っ! 『ローリング・ガンド』!? あんな大型の魔器を……!」

「『ギガント・ウインドマルクバースト』!!」


〝ギガント・ウインドマルクバースト

 魔法攻撃力:110

 威力階級ギガント:×4

 魔法威力:440〟


「な……っ!」


 道中の魔物でも見られなかった数値に信乃は驚愕する。

 複数の銃口は魔法陣を浮かべながら回転し、そこから次々と風の弾が放たれる。その一つ一つにとんでもなく高い威力数値を示しながら、それらは銃弾ではありえない軌道で曲がりながら拡散し、炎で身動きが取りづらくなっているロア達を容赦なく襲う。

 初めて見る、同威力のものを連続で放ち続ける魔法のようだ。何とか避けているようだが、あれだけ高い威力だとかすっただけでもかなりダメージを受けてしまう。


「きゃぁぁぁ!」

「ひぃぃぃぃ〜!」

「ぐあああああ!」

「ぐっ……みんな! なんだよこれ、あの化け物は自分の魔法だけじゃなくて、魔器の魔法まで使えるのか!?」


 三人が襲われる中、信乃だけが狙われずにすんでいた。どう見てもお荷物にしか見えない信乃は、いつでも倒せると思われているのだろう。


「……本当に。上位の小型魔物由来の強力な魔法も使える上、人間並みの高い知能で魔器まで使いこなしてくるとか、反則にも程があるわよ。『風除けの加護』……!!」


 何とか手をかざしたロアの周りに薄い光の膜が展開されて、風の弾が防がれる。魔法威力が表示されなかったので、どうやら攻撃魔法ではない特殊な魔法を使ったようだ。


「やれやれ、あなた達人間が弱すぎるのです。魔人は上位の小型魔物が素体など当たり前、私ですら帝国ではただの一般兵士です。……それにしてもほう、風避けの加護ですか。珍しい魔法をお持ちで。それは魔器ではなく、あなた自前のものですかな。ですがよろしいのですか? 動きが制限され、炎の対策の方が疎かですよ」


 炎が蠢き、ロアを襲う。あの魔法ではこちらは防げないようだ。


「ぐううぅ!!」

「ロアーー!!」


 あれだけ強かったロアが、まるで太刀打ち出来ていない。

 遠くにいる二人の状況も良くなかった。


「ぐ……風魔法の方は属性相性有利な私の火魔法で消せても……相手の炎の方が消しても消しても出てきて……うわわ~!?」

「キノー! しっかりしやがれ!! 俺が助けて……くそ、近づけねえ……!! この炎、魔法威力はないからこっちの低い威力の魔法で一部を消せるが、すぐに再生しやがる! あいつのローリング・ガンドが使っている全体攻撃魔法かなんかでまとめて消すくらいしかないが、そんなものは俺達のガンドじゃ使えねえ……!」

 

 まずい、と信乃は焦る。

 二種の魔法を同時に操る怪人。これが、帝国の尖兵。

 逃げる余裕すらもない。このままでは三人ともやられてしまう。


(ここは……一か八か、俺が動くしか……!)


 信乃は、部屋中央の石碑を見た。

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