二十四話:セクハラメイドの奇行
叫びながら離れていくザンボスにもうヨルムは目もくれず、次に含みのある笑顔を向けていたのは信乃だった。
「へえ……あなたが、彼を殴って撃退してくれたんですか? 三日前にアルヴ王国のギルド協会にもいらっしゃいましたよね。『只者ではなさそう、是非この作戦に参加して欲しいな』と何となく覚えておりました。実際に来ていただき、ありがとうございます。お名前は?」
「……アルマ、ただの冒険家だ。まさか覚えていてもらえるとは光栄だ」
これ以上目を付けられないように心にもないことを言っておく。色々手遅れな気もするが。
「俺があいつを殴ったことは間違いない。俺も、分隊を移動か? 構わないが、出来ればそこのシラと一緒に移動させて欲しい」
「いえいえーそんなことしませんよ。分隊の仲間を守ってくれたんですよね、素晴らしいことです☆ アルマさんには、是非そのシラさんと一緒にこの分隊で戦ってもらいます!」
「それは助かるが……ならばまだ何か?」
不問としてくれた言葉とは裏腹に、彼女は何故か怪しく目を輝かせながら信乃に顔を見つめ続けている。
もしや正体がばれたのではと少し身構えたが、彼女から出た言葉はそれとは全然違うものだった。
「……ふんふん。マスクで結構隠れてて分かりにくいですが、私の感ではまあそこそこ。イケメンではないですが、私好みに寄った及第点のいい男と見ました。さっきの男に魔法がぶつけられた痕跡もなかったことから、一応は冒険家の中でも強かっただろう彼に、素手で勝ってしまったんですね。実力も上々、男の強さは純粋に素晴らしきポイントアップ要素です……ふふっ」
「……あんた、何を言っている? これは俺を試すための尋問か何かなのか?」
急に褒められた意図が分からず質問を返すと、ヨルムは不服そうに口を尖らせた。
「もう、見目麗しいレディからの賛美は素直に受け取るものですよ。さてはあなた、女の子の気持ちに鈍感なタイプですね? これは、男心をぐっと掴むアプローチを交えたお願いが必要なようです☆ ……ねえアルマ君。か弱いお姉ちゃんを、守って♡」
「……は?」
色っぽい目で顔を更に近づけた彼女がますます何を言いたいのか分からず困惑していると、その間に割って入ったのは何故かシラだった。
「……だ、だめっ! ……そういうのはちょっと、や、やめて……ほしい」
「シラ?」
「おやおや、あなたがシラさん? どうかなさいましたか?」
信乃とヨルムは同時に怪訝そうな目を向けるも、シラは何故かこちらを見なかった。何故か赤い顔で俯き、珍しく歯切れの悪い口調で呟く。
「……えっと、だって。アルマは、私が守る。でも、アルマが守るのは……その、えっと……あうあう……」
「……?」
シラもまた何が言いたいのか分からず信乃は首を傾げたが、ヨルムは何かを察したように呟く。
「……ああ、なるほどそういう。いや本当に、致命的な鈍さの困ったさんなのですねぇ。ヨルムちゃん的には勿論ばっちり減点ポイントではありますが……しかしこれはこれでまた、素晴らしいおもちゃを……。ならば、ふふっ。ここは少しお節介をば」
少し悪い笑顔をした彼女は目を光らせ、動く。
「えいっ☆」
「!?」
一瞬でシラの背後に回ると、その両脇の下に自身の両腕を通して、あろうことか彼女の胸を鷲掴みにしてしまった。
「「「!?!?」」」
「こ、こら! 見るな男共!! ちょっと、何しているのヨルム中将さん!?」
目の前で突如行われた奇行から取り巻きの男性陣は目を逸らし、女性冒険家が更に両腕を伸ばして小学生みたいなやり取りで彼らの視界を遮る。
「ふ、ふええっ!?」
シラが赤い顔のまま、今まで出したことのないような狼狽した可愛らしい声を漏らす。彼女がここまで慌てた様子を見せたのは初めてだ。
だが構わず、ヨルムはそのまま何回か揉みしだいた。
蠢くようなその手の動きに合わせ、装備越しにでも分かる柔らかそうな程よい大きさの双丘がふにふにと揺れる様を目の当たりにしてしまい、信乃も思わず顔を逸らす。
「……ふんふん、ああ〜〜良いですね。大きさ、柔らかさ共に絶妙にそこそこ。大丈夫です。私よりはまだ少し小さいですが、ちゃんと男を魅了できるだけの大きさと断定いたしましょう。心配せずともまだまだこれからですよシラさん、頑張ってください。ふふっ、そして知ってました? ……好きな人に揉んでもらうと、もっと大きくなるんですよ☆」
「……ッ!?」
シラは何とかそのセクハラの魔の手を突き飛ばして脱出。すぐに赤いガンドをヨルムに向ける。
「ヨルム、嫌い。ふーっ(威嚇)!」
「おい、その怒った猫のような全くお前らしくもない反応も分からなくもないが、撃つのはやめておけよシラ。一応味方だ」
シラはちょっと涙目になっている。彼女にこんな顔をさせるとは、やはり末恐ろしい女なのだと信乃も痛感した。
そしてシラにガンドを下ろすよう指示するも、今度は信乃の方を恨めしそうな目で見てくる。
「……アルマ、見たの?」
「……なんのことだ」
「……どうして、少し目を逸らしているの?」
「……いや、まあ。うん……」
これまた彼女にしては珍しい視線に、信乃はそんなあやふやな言葉しか返せない。嘘を言ってもどうせばれるのだろうが、我ながら情けない反応だと思った。
するとシラは赤い顔のままそっぽを向き、「……その反応は……少し嬉しいから、困る……」と小さく何かを呟いたが、それは信乃にはよく聞こえなかった。