十話:初めての魔法
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魔物を倒しながら、時には雑談をしながら信乃一行はノルン遺跡への道中を進んでいく。
どうやら山に入ったらしい。先程のだだっ広い草原とは一転、あちこちで木々が生い茂って視界が悪い。
「結局俺、本当に何もしてないじゃん……」
がっくりと信乃は肩を落とした。
この三人が、強すぎるのだ。道中の魔物を何の苦戦もなく倒している。信乃は魔物を倒すどころか、戦いに参加することすらなく終わっている。
「まあまあ。私達が強くなきゃ付いてくる意味がありませんから~。それともさっさとやられてしまうか弱い護衛がお望みですか? 魔物に美味しく食べられたいという願望でもない限りおすすめはしませんがー……」
「いえそんな希望は一切ございませんので、皆様には深く感謝しております」
隣を歩くキノに変な諭され方をされてしまう。やっぱり人食べるんだ魔物と、信乃もまた変な感心をした。
カインと共に前を歩いていたロアもこちらにやってきて会話に加わる。
「もう、キノ。私達がまだそれほど強い魔物と遭遇していないから、っていうのもあるでしょ? ちゃんと倒せるレベルばかりで助かってるわ」
「あ、やっぱ魔物にも強さがあるのか?」
「そりゃあるわよ。大きく分けて、小型魔物、大型魔物、超大型魔物の三種類ね。超大型に至っては、私達も一瞬で全滅させられるくらいには強いわよ。小型魔物もピンからキリまでで、さっきまで戦っていた魔物達みたいな雑魚敵から、私達三人がかりでも苦戦する程強い奴までいるわ……」
「上位の小型魔物、なんて呼び方もありますよね〜。下手したら属性相性の有利な魔法使っても相殺される、なんてよくありますよ〜……。さっきの『ラタトスク・アイ』の表示を見てもらって分かったと思いますが、魔法同士が衝突した際どっちが勝つかの要因も結構複雑なんですよ。属性相性だけの単純なじゃんけんではないのです~。まず魔法に込められる魔力量――いわゆる魔法攻撃力ってやつですね。魔物はこれが高いんですよ〜。それに加えて威力階級、属性そのものの補正値、魔法形態による補正なんてものが次々と加わって最終的な魔法威力が決まってきて……そして属性相性で更に数値が変動して……うう、言ってるだけで頭が痛くなります〜……」
「そこら辺の詳しい話は今は止めておきましょう、信乃の頭もパンクしちゃうわ。……しかしそう考えると、信乃も全く戦闘しないというのもまずいわよね。いつどこで私達が本気でかかっていかなきゃならない程の強い魔物が現れて、信乃が自衛を強いられる時が来るか分からない。魔法の仕組みも徐々に覚えて欲しいし。そうだ、今魔器の使い方を教えてあげる」
ずっと右手に持っているガンドを近くの木へ向けるように指示される。信乃はその手のみを前に上げて構えた。
「こうか?」
「ちょっと、素人が片手持ちはだめよ。反動で狙いはずれるし、下手したら腕だって折れちゃうわ。ちゃんとこうやって両手で……」
「ひょあっ!?」
ロアに後ろから抱き付かれるような形で両腕を持たれ、ガンドを両手で持たされる。その際に女性らしい柔らかな部分が信乃の背中に伝わって変な声が出てしまった。これは童貞には致命的な刺激だ。
「どうしたの、変な声だして。ちゃんと集中してよね」
「しゅしゅ集中ですか? この状況で? せせ精一杯頑張らせていただくですですスーハースーハー」
テンパり過ぎて、落ち着くための深呼吸すらも荒くなってしまっていた。
「あらら~。ロア、こういうのわりと無頓着ですからね~」
キノはにやにやしながら小声で呟くばかりで、この状況をどうにかしてくれる気は毛頭なさそうだ。
「そう……意識をガンドに集中させて。武器型魔器は、普通のアイテム系魔器とは違って使用者の魔力を取り込んで魔法を放つわ。だからあなたの身体に流れている魔力を、そのガンドに加えるイメージをして。後はきちんと狙いを定めて、特定の魔法詠唱を唱えながら引き金を引いて……」
「……」
本当に、自分の中に流れていた「何か」が魔器へ流れ込んで行くような感覚がある。それに伴い、魔器が心なしか熱を持つ。
言われた通りに何とか気を張りつめ、あらかじめ教えられていた詠唱を唱えながら、信乃は引き金を引いた。
「『バースト』!!」
途端に、目に見えない力の奔流がガンドに集中し、銃口に魔法陣が現れる。そして前から押されたような衝撃を受けて倒れそうになったが、ロアが支えてくれた。
思わず閉じてしまっていた目を開けると、太い幹に大きな穴が空いている。
〝バースト
魔法攻撃力:20
無属性補正:×0.8
魔法威力:16〟
「成功! 初めてにしてはやるじゃない、信乃!」
「すごい~! 初めての魔法、お疲れ様なのですよ~ぱちぱち」
「おお……これを、俺が……!」
「うんうん、これで魔法は大丈夫ね。さっきも言った通り、武器型魔器はあなたの体内に宿った魔力を消費して魔法を放つわ。だから、あなたが魔力切れになってしまえば自然回復するまではもう撃てない、ってことになっちゃうから。そこだけ気を付けてね。これであなたも、立派な魔法使いよ!」
「なるほど、ちゃんと弾切れならぬ魔力切れ、みたいな概念があるのね。了解、気を付けるよ。ありがとな!」
ロアとキノが嬉しそうな様子で褒めてくれる。信乃も、本当に自分でもこんなに凄い魔法を撃ててしまったのかと、胸の内から湧き上がる喜びと興奮を抑え切れずにいた。
しかし、少し考えてすぐに冷めてしまう。
ゲーム好きの信乃にも何となく理解できることがある。どうやら「ラタトスク・アイ」によってウインドウに出てくる数値の中で、「魔法攻撃力」という項目のものがいわゆる信乃のステータスというやつなのだろう。そして今出たその数値だが――
「――あれ、俺の魔法攻撃力……50はあったお前らと比べてゴミじゃね?」
「「……(気まずそうに目を逸らす二人)」」
「おいい否定してくれよー!? 馬鹿な、異世界転移した勇者の実力が、こんなはずでは……!!」
彼女達から見ても信乃は弱かったという事実に彼は項垂れるが、二人は必死にフォローしてくる。
「ま、まあ! この魔法攻撃力は確かに重要だけど、敵を倒すなり特訓するなりで魔法を使い続けていれば、少しずつある程度は伸ばせるわ。私達だって数年鍛えてやっとあれなんだから。信乃はまだまだこれからよ!」
「そうですよ〜! しかも信乃が神器を手に入れれば、こんなガンドよりもよっぽど強力な魔法が撃てるはずですよ〜! 魔法攻撃力が低くても、そこらの敵をばったばったなぎ倒せるようになるはずです〜!」
「く……っ、なるほどな。見てろよ、その神器も手に入れて、この魔法攻撃力とやらも滅茶苦茶に伸ばして、チート系主人公みたいな強さを手に入れてやる……!」
そんな会話を続けていると、やがて彼らに気を利かせて少し先の様子を一人で見に行ってくれていたカインが戻って来た。
「おう! 盛り上がっているところ申し訳ないが、見えたぜ! 遺跡の入り口だ!」