十九話:戦闘前の贈り物
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【11:00】
「……ちっ、人がうぜえ。手、離すなよシラ」
「……は、はい……」
中は想像以上に入り組んでいて、人も多かった。
人の波に吞まれないようシラの手はしっかりと握っている。恥ずかしいのか顔が赤くなっているが(信乃も少し恥ずかしい)、はぐれてしまうよりはましだ。彼女は入る前はあちこちを見て回りたそうに張り切っていたので、その手を振りほどいて勝手にどこかへ行ってしまうことも危惧したが、何故か急に大人しくなってしまったので助かってはいる。
ここはヴァーナ連邦軍も利用しているためか亜人が多い。ローブを外していても彼女の角が目立たないことは有難かった。
人混みをかき分けながらテントを物色していると、確かに商業用テントが幾つもあった。
「おお……冒険家の方。私は『スカジ教』の司祭。もしも帝国を攻めている途中で傷を負ったのなら、この拠点にお戻りになって下さい。私が誠心誠意回復をさせていただきます。これも全て、女神スカジ様の恩恵があってこそでございますよ」
「いえいえ! 回復なら『フリッグ教』司祭である私めにお任せ下さい! スカジ教徒などくそくらえ。女神フリッグ様こそが我ら人類に真の御加護を与えしお方ですぞ!」
「てめっ、やんのかこらぁ!?」
「おおんやったるわぁ!」
「……ああ、大丈夫。そういうのいいから」
声をかけてきたおっさん二人が睨み合う場から、シラの手を引いて即座に離れる。
この世界にも、ファンタジーらしくちゃんと色々と宗教が存在する。
どうにも神の加護はあるらしい。信者となることで、まれに後天的に回復の杖の使用適正を得ることが出来るようだ。そういった者達が更に神を信じ、聖職者となって様々な国にある教会に籠る。
それでも時折は金銭稼ぎの為に、そして布教活動の為にこうして国や個人からの依頼に応じる場合もあるようだ。今回はこのクエストで出るであろう怪我人の回復役を買って出たのだろう。
彼らよりもはるかに強力な回復魔法を使える信乃には、関係のないことだが。
「おうそこの男女冒険家! 作戦前にデートか、いいねぇ! 俺はポーション屋だ! なんか買ってってくれよ」
「こいつはただの連れだ。ひやかすなら買ってやらんぞ」
「……デ、デート……っ(ぼっ)」
シラは、信乃にとって手のかかる妹のようなものだ。大切な存在になっているのは確かだが、断じてそのような関係ではないと思っているし、シラもそんな風に思われるのは嫌だろう。何とかたどり着いたポーション屋の男に、少しきつめの口調で言ってやった。
「お、おう……そうかい? それは……すまなかったな?」
なぜかシラの方をちらちらと見ながら、男は困惑したように謝った。
ポーションやマジックポーションを補充してから、今度は屋台によって二人で昼食をとり、更に日持ちする携帯食料も買う。
「ポーション系も、食料も大体揃えた。後は……」
「冒険家の皆さんー! ここはアクセサリーショップですよー! 皆様の生存帰還、そんな思いを精一杯込めて作りました! これから危険なクエストに向かう前に、お守りとしてどうでしょうかー?」
声のした方を見ると、様々な色の綺麗な石が埋め込まれたペンダントが並んでいる机の後ろで、女性が手を振っていた。実用性のあるポーションでも食料でもない、言ってしまえばただのお土産屋だ。
しかしシラは、興味深そうにそちらの方をじっと見ている。
「……」
信乃も、止まってしまう。
まるでここは、お祭り会場だった。とてもこれからかつてない死地に向かう直前だとは、到底思えない。
しかし、その時間はもう確実にすぐそこまで迫っている。
その事実は、無意識に信乃の心を不安にさせていたのだろうか。
(……別に魔器のように特殊な効果があるわけでもない。こういったジンクスは信じないたちだが……)
本当に、らしくないと自分でも思う。
彼女にその場から動かないように命じてから信乃はその店に行き、赤い石が埋め込まれたペンダントを手に取る。光に当てると、その表面で少しだけ虹色の光彩も帯びていた。
「似合わなければ別の商品と交換してもいいか?」
「もちろんです!」
「じゃあこいつをくれ」
「ありがとうございます! 三千ゴールドになります!」
購入し、シラの元に戻ると、それを彼女の首にかけてやった。
「……シノブ?」
「ただの願掛けだ。それに考えてもみれば、今までお前にはろくな労いもしてやれていなかった気がするからな。……血が似合うってわけじゃなくて、純粋にこの色がお前に似合うと思ってな。どうにも純粋な赤というわけでもないが、それも存外しっくりくるな」
「……プレゼント。シノブ……からの……」
シラは、呆然とそのペンダントを手に取って眺めている。
信乃は急に気恥ずかしくなって、目をそらして頬を搔いていた。
「……気に食わなかったら、別の奴に取り換えてくる。そもそも要らなかったなら返品してくるし……」
そう言うと、途端にシラは慌てた顔でそのペンダントを両手で抱えて胸の前に手繰り寄せ、ぶんぶんと首を振る。
「そんなこと、ない……! 凄く、凄く嬉しい! シノブが選んでくれた、これがいい……!」
彼女にしては珍しく、表情目まぐるしく。
今までしたこともないような、まるで泣き出しそうにすらも見える程のとびきりの笑顔を、こちらに見せてくるのだった。
「ありがとう、シノブ! 大事にする……!」