九話:戦闘チュートリアル
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外に出ると、ロアや信乃と歳が近いと思われる男女が二人立っていた。
「あ、来ましたね~。おはようございますロア、信乃」
「おうゆっくりじゃないか! 朝からだらしがないんじゃないか!?」
うっ、また陽キャっぽいのが増えた……と信乃はひるんでしまった。
一人は栗色の長い髪を、後ろで纏めた一本のおさげが似合うほんわかとした雰囲気の少女。
もう一人は赤い短髪の、ザ・スポーツマンといった爽やかオーラ全開の少年。
「ごめんね、信乃の支度に手間がかかってしまって。紹介するわ信乃。こっちの彼女がキノ。彼がカイン。こう見えて結構強いから、頼りにしてくれていいわよ」
「キノです~。よろしくお願いします信乃」
まずはキノが手を出してきて、女の子と手を繋ぐとか小学生以来ではとかどきどきしながら握り返す童貞。
「しし信乃っす。よ、よろしくお願いします」
「緊張しなくても大丈夫ですよ~。昨日もちょっと話したじゃないですか~」
(ああそう言えば、昨日の村人ラッシュの中にもこの二人はいたような。半分もみくちゃになっていたようなものだったからあんまり覚えてないなぁ……)
その会話を思い出そうとして、しかしばんばんと背中を叩かれる衝撃で思考が遮られてしまう。
「改めてよろしくな信乃のにいちゃん! カインだ! あんたやっぱひ弱そうだな。だが安心しな、俺が守ってやるからよ!」
「ちょ……はい、いや、痛いって……!」
「こらカイン、ちょっかいかけないの。信乃困ってるじゃない」
「おおっとやり過ぎたか。景気付けのつもりだったんだがな。ま、仲良くやろうぜ!」
ロアに注意されて笑うカインの顔には清々しいほどに嫌味はない。対人関係とか絶対困らない人種だろうな羨ましい、と思う信乃。
この二人が、昨日ロアが言っていた信乃をノルン遺跡まで連れて行ってくれる同行者なのだろう。キノは狙撃銃の魔器、カインは大きな剣銃の魔器を装備している。確かに頼りになりそうだ。
「まあ、後は道中でゆっくり話しましょう。三人とも準備は大丈夫?」
「もちろんです~!」
「いつでも大丈夫だぞ!」
「大丈夫。……ロアが全部準備してくれたから」
辺りには、朝早くだと言うのに村人達も集まってきていた。これから出発する若者達を激励しに来てくれたのだろう。
「頑張れ勇者様ー!」
「最初の冒険、必ず成功させるのじゃよー!」
「気を付けてねー!」
そう声を掛けられて、多少は不安もあった信乃の心に勇気が灯る。人と接するのは苦手だが、こういうのは悪くない。
手を振り上げて、精一杯の声と笑顔で答えた。
「行ってきます!」
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「前方に『オーク』三体! 警戒態勢!」
道中の草原で、ロアの鋭い声が響く。
信乃一向の前には、棍棒を持った二足歩行のイノシシ達が立ちふさがっている。まさにファンタジーの魔物である。
「ブギィ!!」
オーク一体の魔器でもないただの棍棒に魔法陣が浮かび上がって光り、それを振り下ろしてくる。
「オークが持つ打撃系魔法……『メガロ・インパクト』ね! 来るわよ! 気を付けて!」
ロアが叫ぶと、そのオークの前にカインが出てくる。
「おらぁ! 力比べなら負けないぜ! 『メガロ・ボルトスラッシュ』!」
棍棒と剣銃――ブレード・ガンドの刀身がぶつかると同時に、辺りの地面がえぐれていた。魔法同士の衝突の余波なのだろう。
すると早速、先程ロアからもらった「ラタトスク・アイ」が作動したらしい。両者の魔法の上にウインドウのようなものが浮かび上がり、それぞれにこう書かれていた。
〝メガロ・インパクト
魔法攻撃力:52
威力階級メガロ:×2
無属性補正:×0.8
インパクト補正:×1.2
魔法威力:99.8〟
〝メガロ・ボルトスラッシュ
魔法攻撃力50
威力階級メガロ:×2
魔法威力:100〟
(うん、よく分からん)
そう思考放棄しかけた信乃だったが、近くにいたキノが咄嗟にアドバイスをくれる。
「まあ、とりあえず最後の魔法威力っていう数値だけ見ておけばいいですよ~。これだと両者の数値にほぼ差が無いので、相殺と言ったところでしょうか」
そんな彼女の言葉通り、お互いの魔法は消えどちらにもダメージはなかった。
「無属性相手に相打ちか。やっぱ魔物の魔法威力は高えな……。攻撃範囲が狭いとはいえ、独自の補正がかかる『インパクト』系ってのも厄介だ。……だが、ブロックしたぞ! ロア!」
「了解!」
手慣れたような掛け声を交わし、ロアが素早く抑えられているオークに接近し、二丁のガンドを構える。
「『バースト』!!」
〝バースト
魔法攻撃力:54
無属性補正:×0.8
二丁持ち補正:×1.2
魔法威力:51.8〟
詠唱の直後、オークの身体に穴が二つ空く。その銃口から出ているのでは鉛玉などではなく、力の塊のような何かだ。これが魔器の放つ魔法なのだろうか、確かに現実世界の拳銃とは違う。
貫かれた箇所から血を吹き出し、オークは絶命した。
「上出来だぜロアの姐さん」
「ありがと」
顔を合わせてそう軽口を交わす二人だが、そこに別のオークが向かって来ている。
「危な……」
「『フレイムレーザー』!!」
〝フレイムレーザー
魔法攻撃力:50
魔法威力:50〟
信乃の声と隣で聞こえた銃声はほぼ同時だった。狙撃銃――『スナイプ・ガンド』の銃口に浮かんだ魔法陣から熱線が迸る。それにオークは一瞬で身体を貫かれ、倒れる。
「も~ロアにカイン、よそ見はいけませんよ。私が撃たなかったら危なかったじゃないですか~」
今その苛烈な魔法を撃った者とは思えないおっとりとした口調で、キノが注意する。
「よそ見していたんじゃないわよ、あなたに譲っただけ。キノだって信乃にいい所見せたいかなって思ったのよ」
「そうそう! こんな連中、俺達前衛二人がその気になれば後衛のお前は何もせずに終わっちまうって!」
「ええ!? そうだったんですか!? それはありがとうです~! 私も活躍出来ました~!」
そう和気藹々と話す三人を見て、信乃は戦慄する。
「つ、強い……!」
一人一人が昨日会った兵士と同等、あるいはそれ以上だ。しかも、連携もしっかりと取れている。確かに、これなら道中も安心だ。
「ブー!」
最後の一体が「怒った」という顔をし、真っすぐにキノと信乃の方へ突進してくる。
「あらら~自分からやられに来ましたか豚さん? 『メガロ・フレイムレーザー』!」
〝メガロ・フレイムレーザー
魔法攻撃力50
威力階級メガロ:×2
魔法威力:100〟
キノはさっきよりも更に強い熱線を放つ。
しかし、直後にロアが慌てて声を上げていた。
「待って! そいつ他のオークと色が違う! 水色……水属性のオーク、『アクアオーク』よ!」
「ええ!?」
「ブッヒブッヒ!!」
そのオークは棍棒に水流を纏わせて振るい、簡単に熱線をはじいてしまった。
〝メガロ・アクアインパクト
魔法攻撃力:52
威力階級メガロ:×2
インパクト補正:×1.2
属性相性有利:×2
魔法威力:250〟
今までの中では一番高い魔法威力の数字が出ている。何やら「属性相性有利」という新たな項目が出ていた。
「ひ~! 相性不利なんて聞いてませんよ~!」
「く、来るぞ!?」
そのままオークは接近し、パニックになるキノと信乃。
「おうこら。よそ見すんな豚畜生。『メガロ・ボルトスラッシュ』!!」
「ブ、ブー!?」
しかし、咄嗟のアクアオークの突進に反応していたカインがその背後に追い付く。
ブレード・ガンドの刃に電撃を纏わせた斬撃。アクアオークはまた棍棒に水流を纏わせて防ぐものの、今度は彼の魔法の方が撃ち負け、そのまま棍棒ごと身体を真っ二つにされてしまった。
〝メガロ・アクアインパクト
魔法攻撃力:52
威力階級メガロ:×2
インパクト補正:×1.2
魔法威力:125〟
〝メガロ・ボルトスラッシュ
魔法攻撃力:50
威力階級メガロ:×2
属性相性有利:×2
魔法威力:200〟
「うわ~ん! 助かりましたカイン~!」
「はいはい無事で良かったぜキノ。信乃のあんちゃんも大丈夫かい?」
「あ、ああ。ありがとう」
抱きついてくるキノをあやしつつ、信乃の心配をしてくるデキる男。それに答えつつ、安心した信乃は別のことにも感心していた。
(水属性と雷属性の衝突……そうか、これが魔法の相性有利。どうやら威力が二倍になるってことだよな? こんなに違ってくるんだな……)
その様子を見て、ロアも安堵のため息をつく。
「……さて、この調子でどんどん行くわよ!」