プロローグ:殺戮のヒーラー
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「……」
炎の中を、十代半ばの背丈をしたその少女は進んでいた。
大きな黒くねじ曲がった双角の下にある、所々赤交じりの長い銀髪に、火の粉の光にも引けを取らない輝きを放ち。
黒と灰色の冒険家らしき装備に身を包み。その手に持った、赤い結晶で形作られた剣銃を構え。
所々道端に転がっている人間の焼死体を、赤い宝石のような瞳に憂いを湛えて見つめ。
――少女は、燃え盛る村を突き進む。
その先の広場だったところに、複数の異形がいた。
「く……くそ! なんなんだ、なんなんだお前達は!? 複数で村を侵略しに来た我々を、こうも簡単に……!?」
白い軍服を着た人型。しかしその所々は魔物の部位を持っている。
ある者は毛むくじゃらの手を持ち、ある者はトカゲの顔をしていて、ある者は大きな蝙蝠の羽を持っている。
そしてその手には一様に、拳銃や剣銃のような造形の武器を持っている。
そんな怪物達は既にぼろぼろで、怯えた目で少女を睨みつけている。
「……は、はは。だが手遅れだったな! この村ももう滅びる! お前達には、何も救えやしない! 全ては我らが帝国の新たなる神、『アウン』様の意のままに!」
その周りにも、彼らに襲われた多くの人が倒れている。
皆、所々から血を流し、意識もないまま呻き声をあげている。
まだ生きてはいるものの、死ぬのは時間の問題だった。
「そう、私はあなた達と同じ怪物。私には、壊すことしか出来ない。私だけでは、この世界を救えない」
少女は凛とした声でそう呟き、一瞬だけ俯く。
しかし再び顔を上げ、彼らの後方を見据えていた。
「だからこそ、あなたと共に戦うと決めた。……お願い、シノブ」
「――神杖よ、勇者の名の元に神秘をここに具現し、かの者達の傷を癒せ――『ディヴァイン・ヒール』!!」
赤く燃える世界に、緑光が溢れ出た。
魔力が渦を巻き、神の御業に相応しき魔法はその空間を支配し。
あっという間に、倒れていた人達の怪我を完治させてしまった。
「な、なんだと!?」
怪物達が驚いて振り返る先――そこには、一人の男が立っていた。
全身を、黒ずくめの装備で包んでいる。顔は、フードとマスクに覆われていてよく分からない。
暗殺者、死神。
そんな言葉が当てはまってしまうような見た目をした男の左手には、しかし全く不釣り合いの、この世のものとは思えない美しき華のような造形をした杖が握られている。
「き……さま……。まさか……指名手配中の、『有麻信乃』!? おのれええええええええええええ!!」
怪物達は人をまんまと助けられて頭に血が上る。一斉に、その男の元へと飛びかかる。
「――馬鹿か、てめえらは。何の策もなしに突っ込むかよ。それとも、俺をただの杖使いだと侮ったか?」
そんな男の言葉の直後、その手前の地面が爆散した。
一つだけではない。その爆発は連続して起こり、向かって来ていた怪物達の体を尽くばらばらにする。
「が……ばか……な。『神杖の勇者』は、伝説では……攻撃魔法に、乏しい……」
「……そうだ。俺は『神杖の勇者』だ」
まだ辛うじて生き残っていた怪物一体に、男は右手のそれを向ける。
拳銃の様相をした「魔器」。
男は躊躇うことなく、その引き金を引く。
「――そして俺は、てめえらアース帝国の魔人を殺し尽くす『魔人殺し』だ」
再び起こった爆発と共に、今度こそ全ての怪物が屠られた。
「……シノブ。彼らの言う通り、本当はあなたは後衛。私が前に出るから、危険だから、あなたはあまり前に出ないで」
少女は心配して男にそう声をかける。だが彼は背を向けてしまうばかりで、頷いてはくれない。
「関係ない。俺は戦わなければならない。俺は、全ての魔人を殺し尽くさなければならないのだからな」
そのフードの下の瞳にははっきりとした憎しみの色を映し、周囲の状況を確認する為に立ち去ってしまう。
「……それでも。あなたはあの日、私を救い出してくれた」
少女は俯き、彼に届くことは無い小さな声で呟くのだった。
「大丈夫。あなたがどれだけ深い地獄に沈んで行こうとも、私はあなたについて行く。あなたは絶対に、私が守るからね」
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『ここは戦いと死に溢れた酷い世界よ。平和なんてものとは程遠いし、明日の命も分からない。そんなこの世界を、あなたは好き? あなたは自分の命を賭してでも、この世界を救いたいって……そう思える?』
血の惨劇を思い出す。
これは救済だ。
彼は使命を帯びた。
『お前達には、今日俺を逃がしてしまったことを深く後悔させてやる!! 覚悟していろ! お前達が見くびった俺は、必ずお前達を滅ぼしに行くぞ!!』
絶望の淵で立ち上がる。
これは復讐だ。
彼は殺戮を願った。
だから思えばこれは、最初から歪な物語だ。
世界はとっくに救われて、そして壊れていた。
彼も決して勇者などではない。ただ、その栄光にしがみ付いただけの偽物だ。
だから、それは決して勇猛果敢な冒険譚ではありえない。
それはただ、誰かの思惑で歪み切ったこの世界への、長い長い反逆の物語。
――この世界に向けて、引き金を引く物語。
読んでいただきありがとうございます!
本物語の趣旨は「王道ながらも歪なファンタジー」となっています。ナーロッパの世界観に上手く邪道要素を取り込んでいきたいです。
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既に上げているお話は、今後誤字や言い回しの改稿、「魔法威力数値」の微調整等する場合もあるのでご了承ください。大きくストーリーを変えるような改稿をしようとは思いません(万が一読み返しが必要なレベルの改稿をする場合はアナウンスします)。
あと、想像以上に反響をいただいた完結済みの前作小説「終末のココロギフト~世界、どうやら滅んじゃったみたいです~」もご興味があれば作者ページより読んでもらえたら嬉しいです!
以上、長めのご挨拶でした。お楽しみいただければ幸いです!\(^o^)/