強敵――水龍!
「ドラゴンならよいではないか。我ら魔族の一員ぞよ」
「……この水龍に向かって軽口を叩きよる。誰だ貴様は」
水龍と名乗ったドラゴンの声は低く、広い洞窟内に響き渡る。魔王城の大浴場よりも声がよく響く。洞窟の奥の方はまるで地底湖のようだ。鍾乳洞とはちょっと違う。
「予の顔を見忘れたか」
「――!」
魔王様がキリっと決め顔を見せる。あーそれ、私も一度は言ってみたかったセリフだぞ。私には顔が無いから一生言えないけれど。
「知らぬわー!」
言うと同時に水龍の口から大量の水が吐き出された――!
「うおっぷ!」
魔王様とソーサラモナーは二人共魔法で飛べるからいいが、私だけ水圧で押し流されて洞窟内の壁に叩きつけられた……。
「グハッ!」
水龍だけに……凄い水流だ!
「――大丈夫か、デュラハン! 気は確かか」
「イテテ。え、ええ。これくらいは……ヘッチャラです。いつものことです」
私も一緒に魔法で浮かばせる余裕は……無かったのでございますね。無限の魔力があれども……シクシク。
「くそう。魔王様に歯向かうとはいい度胸だ。これでも食らうがいい! 雷系最強呪文! 『濡れ手にコンセント!』」
「「ネーミング!」」
濡れた手で100Vのコンセントを触るのは確かに危険だが、呪文のネーミングとしては……どうだろう。
よく見えないが、パチパチと静電気のような光が水龍の体の表面で見える。
水系のモンスターは雷に弱いなんて誰が最初に言い出したのか。使う側の身の安全を第一に考えろと言いたい。全身金属製鎧だから一緒にビリビリする! よく見るとソーサラモナーは絶縁性に優れた黒いゴムブーツ履いてる~――!
水龍は……平然としとるやないか! 濡れた地面を伝った電気で魔王様の髪もチッリチリになっているのは内緒だ。魔力バリアーはどうしたと突っ込みたい。
「フッフッフ。効かぬなあ……」
「うはあ、自分で『効かぬなあ……』とか言っちゃってるぞよ」
「なんか、眠りを妨げられたのか、じつは閉じ込められてずっとぼっちで寂しかったのか、分からない奴ですね。魔王様を知らないとは、時代錯誤甚だしいです」
「……」
「いや、魔王様もデュラハンも相手を挑発するのはやめましょう。なぜこのソーサラモナーが突っ込み側に回らなくてはならないのですか」
「「――たしかにその通りだ」」
「我に指図したければ、我以上の力を見せてみるがいい。グボワー!」
語尾で口から水を出すなと言いたい!
「どうしてドラゴンって、こうも攻撃パターンが単純なのか」
「人間よりも頭がいいモンスターと思っていたぞよ」
「そう言えば……そうだなあ。モンハンやってても、同じ行動しかしないからなあ」
モンハンって……冷や汗が出るぞ。モウコハンとは別物だぞ。
「……」
「口から水を出してばかりだ。神社のお手洗いか」
――いや、手水舎か!
「おのれ……口には気を付けろ――! ピュー!」
次は水龍の口から水鉄砲のような勢いある水圧が押し寄せる。口に気を付けろって……ひょっとして自分から忠告してくれたのだろうか。
「ぐはっ!」
また私ですか!
「大丈夫か、デュラハン!」
「お前、やられたい放題だぞ」
「フッフッフ。我の水鉄砲は水圧10MPaもあるのだ。一般の家庭用高圧洗浄機並みなのだ。フッフッフ」
「さすがに……これはやばかった。ネーミングも……」
高圧洗浄機から出た直ぐの水は絶対に触ってはならない。水なんて代物ではない。良く切れる葉物だ……。いや、刃物だ! 葉物は鍋に入れたりする……野菜の総称だ!
「これはやばいぞよ。デュラハンがやられてしまえば……」
「さっそく保険金が魔王様に振り込まれます」
……。
「死ねー! デュラハン!」
ひどおい~! 魔王様がおっしゃらないで!
「……。ピュー!」
「イデデデデ!」
「ピュー!」
「イデデデデ!」
「ピュー?」
「イデデデデ?」
「ピュッ!」
「イデ」
「ピュッピュ!」
「イデイデ」
「ピューピュッピュピューピューピューピュッピュピュー!」
「イデ、イデデ、イデーイデー、イデ、イデデデー……」
「何を遊んでいるのだデュラハン! そんなことをしていても、いっこうに文字数は稼げないぞ!」
「――!」
文字数を稼いでいたの――? 冷や汗が出るが水鉄砲で流されて汗なんだか水なんだか分からない。ひょっとすると……水龍のヨダレなのかもしれないと考えると……なんだろう。ダメージが一気に倍増する。
「うわ、汚いじゃん! ばっちいばっちい!」
「ばっちいと連呼すな! このちっぱい好きが!」
――言ってないし!
さらには足元にどんどん溜まっていく水は……ひょっとしてドラゴンのヨダレや汗や……おしっこ――!
「やばいです。魔王様、なんか……見えない力でやられそうです。シクシク」
こう見えても自称潔癖症なのです。手作りバレンタインチョコレートは食べられない派なので市販の物でお願いしたい派なのです。誰にも貰えないのだが……。
「口でシクシクと言うでない。仕方がない。水龍よ――」
「ハア、ハア、なんだ」
水鉄砲で疲れるなと言いたい……。久しぶりに起きて急に動いたから体調でも悪いのかと心配になるだろ。
「予がお前よりも強いことを証明すれば良いのだな」
「ハア、ハア、ハッハッハ! 貴様などにそれができるというのであればな! ハッハッハ、ハア、ハア」
「では貴様ら龍族の王、ドラゴン王を予が召喚して見せようぞ」
「――!」
ドラゴンの王! 魔王様はそのような強者を手名付けていると申されるのか――!
「――シダウソオオトヒルイテレスワラカイナクスウョジウト、シダラャキイイモテクナコテデニウョミビ――」
魔王様が召喚魔法を詠唱される――冷や汗が出る。
「いや、嘘でしょ。冗談はやめて」
「いでよ、クレージードラゴ―ン!」
――それ?
ドラゴンの王って……あの、魔王城の中庭で飼っている、狂乱竜クレージードラゴ―ンのことなのですか――。
「ウンギャ―!」
目の前の空間がグニャリと歪んだかと思うと、体長50mを超えるクレージードラゴ―ンがボトッと落ちてきた。
狂乱竜クレージードラゴ―ンは、物凄く躾の出来ていない……アホドラゴンだ。
「ほ、本当にドラゴンの王を手名付けていらっしゃるとは」
水龍がドン引きしている。顔にちび〇子ちゃんみたいな縦線が表れている。
魔王様はローブの袖からドックフードを一粒取り出した。
狂乱竜クレージードラゴ―ンの目の色が白から赤へ変わり、水龍の顔からは滝のように汗が流れ出す――。
洞窟内の水位がどんどん上がってくる。
「お手!」
「ガブ!」
「痛い! 飼い主を噛むでない! アホドラゴン!」
魔王様は直ぐに手を引っ込めてクレージードラゴ―ンの頭をペシッと叩くのだが、クレージードラゴ―ンは尻尾をブンブン振って舌を出している。まるで反省などしていない。
「……仕方ない」
「お手」も出来ていないのにドックフードを与える魔王様……。これが、いつまで経っても躾がうまくできない理由だ。
たった一粒のドッグフードをクレージードラゴ―ンはヨダレをダラダラ垂らして口の中でレロレロレロレロと弄んでからゴクッと飲み込む……。冷や汗が出る。
本当にこれがドラゴンの王でいいのか――! そんな設定が許されるのか――!
「ウンギャー!」
言葉も喋れないし……。ウンギャ―と叫ぶだけだし……。
「……はい。分かりました。私めも誇り高き龍族。魔族の一員で御座います」
「ウンギャ―」
「……はい。これからは魔王様に絶対の忠誠を誓います。本日はお越しいただきありがとうございました」
「ウンギャ―」
「……」
「じつは、ウンギャ―って言っているだけなのだろ。見え見えだぞ」
「うるさい! ドラゴンにはドラゴンの言葉があり上下関係や年齢や力の差とか……とにかく、ドラゴンにしか分からないことがたくさんあるのだ――!」
水龍、泣いている。よほど悔しいのだろう。何に対してかは分からないが。
「デュラハンよ、あまり突っ込むでない。人であれ魔族であれドラゴンであれ、プライドがあるのだ」
「……御意」
狂乱竜クレージードラゴ―ンはその後、タップリ臭い排泄物を出して魔王城へと帰った。帰ったというか、魔王様が瞬間移動で転送した。
「魔王様、これから水龍をどうするのですか」
魔王城周辺にドラゴンを飼うような広大な土地はありません。あちこちで洪水が起こってもたまりません。ここにまた閉じ込めてしまうのがベストと考えますが。
「……しばらくはここで魔族や人間共を脅かすことなく暮らすがよい。封印の扉は開けておく。出て暴れ回りたいと言うのであれば……それも自由だ」
「……」
魔王様は……寛大でいらっしゃる。
「砂漠のど真ん中にこれほど豊富な水が湧き出るのは、水龍のおかげだったのだな」
……さっき、定食屋さんで水飲んだけど……。
喉が渇いていて美味しかったけれど……。
「あれは我の、おしっこだ――!」
「やめんか!」
ドラゴンの……いや、我々魔族のイメージを下げようとすな!
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