魔王様を追え
魔王様はどこへ行かれた――。
パンフレットを拾ったのはたしか……聖王がいた宮殿の城下町とおっしゃっていた。いや、宮殿だから宮下町? どっちでもいいが、恐らくは一人で瞬間移動を使って行ったに違いない――!
置いていかれたことに嫉妬する。いや、魔王様お一人様で人間界に出掛けるなど危険過ぎる――! 魔王様をお守りする騎士として、四天王の筆頭、宵闇のデュラハンとして看過できぬ――!
コンコココンコ、コンコン。
私は瞬間移動の魔法が使えないから仕方なくソーサラモナーの個室をノックし、扉を開けた。
「という訳で、聖王がいた宮殿へ一緒に行ってくれないか、ソーサラモナーよ」
部屋の中には入らない。
「……めんどくさいなあ。魔王様なら大丈夫さ。無限の魔力バリアーがあるだろ」
プレ☆ステ4のコントローラーを放しもせず……18インチのステレオブラウン管テレビから目も放さずにソーサラモナーが答える。18インチのテレビって……小さ過ぎるぞ。
ベッドに敷きっぱなしの布団のシーツは茶色い。元々白色だったシーツがあんなにもブラウンになる物なのか……目を伏せる。その上でソーサラモナーはあぐらをかいてテレビゲームをしている。
嘆かわしい。勤務時間中なのだぞ――。
ソーサラモナーの狭い個室は独特な匂いがする。なんの匂いだろう……湿った洗濯物の匂いよりもっと酷い。……給食でこぼした牛乳を雑巾で拭き、そのまま掃除ロッカーに入れ放置した匂いとそっくりだ。
さらにはソーサラモナーの茶色の分厚いローブも埃臭い。分厚いローブは乾きにくいから殆ど洗濯しないそうだが、それは違うと言いたい。……言っているけどソーサラモナーは聞かない。だから臭い。クシャミが出る。女子が遠ざかる。
それに比べ、魔王様はいつも良い香りがするのだ――。
「変態だな」
「違う! 毎日私が魔王様のローブを洗濯して天日干しをしているのだ。せめてこっちを向いて喋れ」
まったく。
魔王様のローブは私が自ら絶妙な配分で調合した柔軟剤……名付けて「レノ・アハミングソ・フランダウ・ニーフレア・サラサ☆デュラハン」を惜しみなく使っているのだ――! 柔軟剤で洗濯しているのだ――。
……洗濯機の水の色は魔界の入り口のようなヌルヌル色で、蓋を開ければ芳しいフレグランス! ――三分も嗅いでいれば鼻が麻痺して気絶するような香り立つ芳香! その効果で魔王様本来の体臭は一切感じ取れない。まさに魔王様の匂い。――魔臭!
「だから魔王様はいつも良い香りなのだ」
「……それは使い方が違うのでは」
「安心しろ。私には鼻が無いのだ」
「……」
顔が無い全身金属製鎧のモンスターなのだ。
「仕方ない。魔王様のためというのなら、一緒に聖王の宮殿へと向かおうではないか」
「助かる」
ソーサラモナーはプレ☆ステ4を中断して立ち上がった。ソーサラモナーの重い腰を上げるために千円払ったのは内緒だ。
「瞬間移動――!」
「ソーサラモナーよ、歯も磨かずに出掛けるのか!」
「ああ。いつものことさ」
だめだこりゃ。冷や汗が出る。古過ぎる。
聖王の宮殿がある砂漠へと降り立った。
宮殿の外の堀の水は……相変わらず汚い。聖王の力が失われたというのに宮殿外の城下町は活気に溢れている。これまで宮殿内にいるイケメン聖王に送り込まれていた金銀財宝や食料物資が効率よく循環しだしたからなのか。
「いらっしゃい。さあさあ、城下町へどうぞどうぞ」
いらっしゃいって……。城門の兵士達も皆にこやかだ。顔が無い魔族まで受け入れるとは、なんという気前の良さ。
保険会社の建物は……他のどの建物よりも豪華絢爛だった。大きく「宮殿生命保険会社」と看板が掲げてある。これほど大きな建物なら安心できるだろう。
店の中を覗くと、ちょうど魔王様が店員と話をしているところだった。
「ちょうどよかったぞよ。保険の契約がやっと終わったぞよ」
「――もう契約されたのですか!」
「うん」
……うんって。
「いったいどうやって保険料を支払うおつもりですか」
スライムが一億匹ってことは……最初の支払いは……冷や汗が出る。億の上の桁って……怖ろしくて口に出来ない。ブルル。
「案ずるな。個人負担だ。魔経費は一円たりとも使わない」
――個人負担!
「個人負担って……月額一万円は、スライムなどには到底支払いできる額ではございませぬ」
スライムの所持金は2円です。
「案ずるな」
う~ん! そればっかり~! 聞いていて腹立ちます。
「スライムは無理ですう。数が多過ぎ」
黒縁眼鏡を掛けた保険のお姉さんが軽い感じで答えた。
ペンをクルクルと回すなと言いたい。さらにはミニスカートなのが……腹立たしい。魔王様の無限の魔力バリアーもまったく効果なしだ――! プンプン!
「案ずるなデュラハンよ」
「案ずるよ!」
「今回、生命保険には魔王様と四天王様の合わせて五名様に加入して頂きましたぁ~。ありがとうございますぅ」
ホッ。安心したぞ。それなら大丈夫だ。
「――ってえ!」
「なんだって!」
勝手に契約されちゃったりしちゃっている――!
「本当に大丈夫なのですか!」
魔族は寿命が長いのです。ざっと数百年は生きます。一年間で十二万円支払うとすれば……百年で千二百万円か……。それまでに死亡保険を貰わなければ大損してしまう。
……リアルなデッドラインが引かれたようで冷や汗が出る。
「さらには受取人が魔王様になっていることに冷や汗が出ます」
魔経費に補填されてしまいそうで。
「サイクロプトロールにしておいた方がよかったか」
「「もっと駄目――!」」
すべてプロテイン代に消えてしまいマッスル。
「……」
「それに、もし魔王様が死ねば受取人は誰なのですか」
そこはやはり四天王最強の騎士である私、宵闇のデュラハンが受け取るのが妥当だと思います。
保険のお姉さんが身を乗り出してきた。
「ご安心ください。わたしが代わりに受けとりま~す」
――待てやコラ! と、ここまで……ここまで出かけたぞ――! 紳士な騎士が使う言葉ではない。
「お待ちなさいお嬢さん。そこはやはりこのデュラハンこそ相応しい」
「いえいえ、それならばこのソーサラモナーが相応しい」
「えー。だって、魔王様がそれでいいよって契約してくれたもん」
「待てやコラ!」
思わず襟首を掴んで引っ張り上げる。魔王様のではない。保険のお姉さんでもない。……ソーサラモナーの襟首だ。
「おい、くっ、苦しいぞデュラハン。俺はお前と違って首があるんだぞ」
「グヌヌヌヌ……」
行き場のない怒りをソーサラモナーにぶつけてしまった。いやあ、ソーサラモナーがいてくれて良かった。本当に良かった。ごめん。
「保険料はみなさんの口座引き落としになりますからぁ。ありがとうございますです~」
「……」
開いた口が塞がらない。口座引き落としって……なんだ。本人のハンコとかサインとかって必要ないのだろうか。
「年末調整でちょびっと戻ってきますからお楽しみに~」
年末調整ってなんだ……楽しみにしていいのか……それを。
次のお客さんが入って来たから、渋々泣く泣く席を立った。
「まあそう怒るでないデュラハンよ。何事も試してみなければ真実は見えてこぬのだ」
「試すですと」
「その通りだ。巷では風の噂やSNS上の呟きやNH✕の世論調査などで物事を決めてしまう風潮があるが、何事も自らの目で見て声を聞き、体感して判断せねばならぬ。この星が丸いなど、自分で確かめたこともなかったであろう」
「……」
それって、遠回しに魔王城を浮かばせて世界一周した言い訳?
「保険証券は後日、簡易書留で郵送してくれるそうだ」
「……冷や汗が出ます」
ガチリアル過ぎて……。
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