アンデットに生命保険?
あの様子だと、スライムを説得して入院させるのは難しいかもしれない。
さらには契約書を私が代わりに書くことになれば……ため息が出る。指にタコができるくらいの枚数を一人で書かなくてはならない。ガントレットでペンは握りにくいのだ。
魔王城を出てのどかな田畑のあぜ道を歩いた。そもそも、こんな平和な状況で怪我をして入院することなんてありえるのだろうか。
緑色のホースの先っちょを摘まんで蛇口をひねり、畑に水やりを始める。冬だから手は冷たいのだが、これだけで農作物を作っている優越感に浸れるのが清々しい。畑からは何の葉っぱか分からないが色々と生えている。ネギだけは分かる。
「早く大きくなるのだぞ」
すると急に畑の地面が盛り上がり、地面の下からグールとゾンビとスケルトンがはい上がってきて囲まれてしまった。
……なぜアンデットは地面の中に埋まっているのだ。ひょっとして野菜と同じように土の養分を吸収して大きくなろうとしているのだろうか。
「なんだ、デュラハン様か」
なんだとはなんだ。言わないけど。
「野菜泥棒かと思った」
「なに? 魔族しかいないのこの地にも野菜泥棒がいるのか」
嘆かわしいぞ。見つけ出してデコピンしてやろうか。
ガントレットのデコピンは……想像以上に痛いのだぞ。
「鹿とか熊とか」
「なんだ動物のことか」
それで畑に潜って見張っていたのか……。暇人めとは言わない。言えばたぶん怒られる。
「デュラハン様、水をやり過ぎるとせっかく育てている大根が根腐れするから気を付けてください」
蛇口をキュッと閉められてしまった。緑のホースの先から出ていた水は勢いを無くしポタポタと雫を落とす。
「暇なのは分かりますが、水のやり過ぎはいけません」
「……」
せっかく毎日の日課と思って頑張っていたのに。シクシク。
「ところでデュラハン様。ちょっと小耳に挟んだのですが、保険に入ったら俺達はどうなるんだ」
なんで保険のことを知っているのだ――あまりにも情報が早過ぎるぞ。土の中にいたくせに?
「そうそう。俺達アンデットモンスターはもう死んでいるんだぞ」
生き生きした目を輝かせて言わないで欲しい。お前はすでに死んでいる……か。冷や汗が出る、古過ぎて。
「ちゃんと保険金貰えるのかなあ。保険会社はちゃんと払ってくれるのかなあ」
アンデット特約とかは……難しいかもしれない。
「俺なんか腕が腐って落ちたから、ハンダでくっ付けたのさ」
――ハンダ付け! 腐った腕がハンダ付けでくっ付くのか! ヤニ入りハンダ?
「俺なんて骨だけだから骨折以外の怪我や病気はできないぞ」
「骨折で入院すればよいではないか」
「……骨折って一度もしたことないんだ。痛そうだなあ……」
スケルトンの骨はカルシウムが豊富そうだ。真っ白だ。私も骨折はしたことがない。全身金属製鎧だから……。冷や汗が出る。なんか同士のようで。
さらに土の底から現れたのは、全身に包帯を巻いたミイラ男だった。今までミイラ女は……見たことがない。
「この間、包帯を替えて貰いに病院へ行ったんだけどさあ……」
包帯くらい自分で替えろと言いたい。それって服みたいなものだろう。土で汚れてしまい白い包帯がまっ茶色になっているではないか――。
「病院でスライムなんて一度も見たことがないぞ」
「なに」
「あいつらプニプニだから、切られても赤チン塗っておけば治るんじゃないのか」
赤チンーー下ネタではない。赤いヨードチンキは魔製薬会社では生産終了だぞ。冷や汗が出る。古過ぎて。
「だったら入院なんて必要ないよな」
「入院保険、貰えないんじゃないのか」
「それな」
……入院させてもらえなければ、当然だが五千円は貰えない。魔王城から魔商店街を通り抜けたところにある「魔病院」には、入院できる病床数は……たしか一つか二つだったはずだ。
魔病院……ネーミングが怪し過ぎる。先生もやぶ医者で有名だ。そもそも、剣と魔法の世界に病院が必要なのだろうか……冷や汗が出る。
やはり魔族に生命保険を掛けるのはいかがなものだろう。乗り気だった魔王様に保険を断念させるのは心苦しいが……致し方ない。もう少し敵の素性を知れなければ安易に行動するのは軽薄だ。つまり、魔王様だ。
玉座の間へ戻ると……魔王様の姿はなかった。さらにはパンフレットも見当たらないことに……冷や汗がポタリと大理石の床へ落ちた。
読んでいただきありがとうございます!
ブクマ、感想、お星様ポチっと、などよろしくお願いします!