うさん臭さ
いや、どうもおかしい。おかしいと思わない方がおかしい。人間界の生命保険は本当に一日入院するだけで五千円も貰えるのだろうか。
そんなユートピアのような制度があれば、誰も働かなくてすむではないか。みんな保険に入り、わざと怪我をして入院する。入院するためにタンスの角に足の小指をぶつけたり、包丁で鶏肉の皮と間違えて指を切ったり、カップラーメンを強く掴んでお湯が零れて火傷したりして……わざと入院する者が続出するのではないだろうか。
もし皆がそんなことをしだしたら……働く者が徐々にいなくなり、いずれは滅ぶ――。誰も田や畑で野菜を作らなくなってしまう。それとも、後先のことを考えていない不安定な制度なのだろうか。
「魔王様、やはり何か裏があるのではないでしょうか」
「断じてない」
「断じないでください」
うまい話には必ず裏があると聞きます。パンフレットを端から端までくまなく見てみた。字が小さくてよく見えないのだが……。
「この月額の掛け金が……妙に気になります。やはりただでお金が貰える訳ではないのでは」
月々の掛け金って……なんだ。
「……これだけの保証がついて、月々わずか一万円……か。わずかではないぞよ」
「私の場合、毎月の収入が半分は消えてなくなります」
一万円は決して安くはありません。焼き肉が食べられます。
「だが入院すれば一日で五千円じゃぞ。二日で一万円だぞよ」
「――!」
たった二日で支払える額だ……。やはり怖ろしいぞ。保険マジック!
「でも、すべての魔物に保険をかけるとなれば、最初は魔経費がたくさん必要になります」
レベル1のスライムなんて……いったい何匹いるのかすら把握していない。しかも弱い。村人にすら撲殺される。
「スライムの所持金は……2円でございます」
2円って……なにも買えない額だ。なんで持ち歩くのかと逆に聞きたい。2円を持ち歩いているせいで勇者に大量虐殺されるのだ……。「猪木の棒」を買うために何十匹……いや、何百匹倒さなくてはならないことか……。
「だが入院すれば一日で五千円じゃぞ。二日で一万円だぞよ」
「先ほども同じことをおっしゃいました」
計算上、加入するのと同時に全スライムが入院すれば、二日間で支払いが可能になり、それ以降の入院は……。駄目だ、考えただけで鼻血が出そうだ!
「さらには、死亡一時金が二百万円と、その後、百万円が十回払いって……」
総額一千二百万円――。スライム一匹になんと高額な保険金が支払われるのか――! ポタポタと鼻血が出そうだぞ――鼻ないけど。
ブーメランなどで全体攻撃されれば……。スライムAを倒した。スライムBを倒した。スライムCを倒した……。一時金二百万円が支払われた。一時金二百万円が支払われた。一時金二百万円が支払われた。でございますか~――!
「スライムより先に保険会社が倒されます――!」
「そのための保険ぞよ! 耐えるのだ! 根性で耐えるのだ保険会社よ――!」
保険会社を応援するの? スライムが泣くぞ――!
魔王様ひどおい! さすが魔王様と称賛するべきか。
「さらには、死亡時の受取人はどうされるのですか。……ひょっとして、受取人は……魔王様になって……あれですか」
「なんですか」
顔をサッと背けられる。
「なんですか? ってなんですか。こっちが聞いているのです。スライムが勇者たちに倒されれば……魔王様に保険金が支払われるってことですか」
「無論。予の可愛いスライム達なのだ」
スライムAが倒された。魔王様に保険金が支払われた。
スライムBが倒された。魔王様に保険金が支払われた。
スライムCが倒された。魔王様に保険金が支払われた。
勇者が6円を手にする間に、魔王様には死亡一時金六百万円と、三百万円が十回払い……総額三千五百万! ――いや、三千六百万円――!
スライム三匹で……一戸建ての家が建つ。十年ローンで容易く支払いが完了できる――。
それならば、魔王様がスライムのお通夜に参列する気持ちも十分理解できます――! 冷や汗が出る。お通夜でほくそ笑んでいそうで……。
「ひょっとして、以前……私に漬物石をしょわせて空飛ぶ魔王城から地上へ突き落としたのも……保険金目当て……の練習?」
だとすると……カッコいいぞ魔王様! やはり魔王様はそうでなくてはならない。とことん悪者でなければトキメかない~!
「違うぞよ。あれはただのウケ狙いだぞよ」
「……」
……ウケ狙いって……酷い。せめて保険金目当てと嘘はつけないのでしょうか。シクシク。
「この機会を逃す手はない。さっそく予も電話して資料請求するぞよ~」
「お待ちください。やはりここは四天王を集めて魔会議を開くべきです」
あまり意味はないだろうが、嫌な予感がしてならない。それに、魔王様にだけ保険金が支払われるのは……なんか悔しくて怖い。身の危険を感じる。
せめてゴリ押しで四天王も受取人になれないだろうか……。
魔王様は私の言う事に聞く耳を持たず、アンティークな緑色をした電話の受話器を持ち上げてジーコジーコとダイヤルを回す……。冷や汗が出る。受話器とかダイヤルとかが伝わらない若者世代が多そうで……。
「あ、もしもし、私、魔王と申します。はい、はい、いつもお世話になっております」
「……いつもお世話にはなっていないだろう。冷や汗が出るぞ」
魔王様は普段より1オクターブ高い声で受話器のコードを指にクルクル巻き付けながら楽しそうに電話をしている。
頬が赤い。たぶん相手は若い女性なのだろう。
資料請求するくらいなら、いいか。資料が届けばそれを四天王と相談し、多数決でなんとかなるだろう。それに、保険の制度が正しいのであれば魔王軍全員が加入しても構わない。ただし自腹でだな。魔経費にそれほど余裕はない。ボールペン一本でも節約しなくてはならないのだ。フリクションボールペンの替芯でも同様だ。
だが、他のモンスターの意見も一応は聞いておく必要がありそうだ。魔王様と四天王とだけで物事を決定すると、あとあとチクチク嫌味を言われたりして厄介なのだ。
立ち上がると、電話を続けている魔王様を一人残して玉座の間を出た。
大理石の廊下をコツコツと音を立てて歩き、階段を下りようとしたときレベル1のスライム達と出会った。
今日も楽しそうに魔王城内で鬼ごっこしている。いや、色鬼か?
「あ! デュラハン、おはよう」
「デュラハン様と呼べ。挨拶は『おはようございます』だ。これでも四天王なのだぞ」
「これでもとはなんだ! まったく」
四天王の私をコレ呼ばわりするでない!
ため息が出る。スライム達には上下関係もなにもない。いや、レベル2のスライムの方が四天王よりも上だと錯覚している。
「それよりもスライム達よ。今までに入院したことはあるか」
「ないよ」
「あるわけねーだろ」
……それもそうだな。この安全な魔王城内で毎日遊んで暮らしているのだから。
もし保険に入ればスライム達も入院一日で五千円貰えるのだが……。
「入院したいか」
にっこり笑顔で聞いてみた。顔が無いので表情まで伝わるかは分からないのだが。
「「――!」」
急にブルブル震えて涙目になっている? スライムの顔色が青い。元から青い。半分青いとは違う。
「ご、ごめんなさい」
「デュラハン様、怖いよ~!」
「病院送りにされるよ~!」
「いや、そういう意味ではないのだ。これはただの……冗談だ。いや、意見集約だ」
「ピエーン!」
「ピエーン越えてパオ~ン!」
「パワハラ満載だよ~! コンプライアンス窓口に通報してやる~!」
それはやめて――! そんな窓口、魔王城内にはありませんから――! そんな窓口があるのなら……真っ先に私が通報したいですから――! 魔王様がらみで。
スライム達はみんな逃げていってしまった。「スライムは逃げ出した」……か。
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