魔王様、魔族が生命保険に加入するのはいかがなものかと
「なぜだ。いざという時の備えは必要ではないか」
玉座に座る魔王様から圧倒的な威圧を感じる。朝はまだ床の大理石は冷たく、窓からは冷たい風が流れ込み床をさらに冷やす。窓を閉めてカーテンも閉めっ放しにしたい。
暖冬といえどもやっぱり冬は寒い。温かくはない。殻の無いカニ食べたい。
「そもそも魔王様、……保険ってなんですか」
「保険も知らぬのに反論とは……いい度胸だ」
「恐縮でございます」
「……」
「保健体育のことでしょうか。であれば得意科目でした」
特に……男女の体の仕組みについては……。とは言わない。
「卿は最近、変態チックじゃのう」
「――変態チックではございません! 知らないことを教えて頂ける義務教育は、素晴らしきものだと言いたいのでございます!」
義務教育こそ神です! 教科書こそ聖書です――!
大人の保健体育は魔です! 魔の王様は……魔王様です~!
「予を保健体育スペシャリストと一緒にするではないわい」
保険体育スペシャリスト……いい響きだ。
「御意。では保健体育と保険は違うのですね。いったいどんな代物なのですか、保険って」
得体の知れない物には注意しなくてはいけません。
「いや、じつは予もよく分からぬのだ」
ほほーう。魔王様も詳しくはご存知ないのか。ちょっと安心したぞ。
「知らない間に幾つも入っているのが保険なのだ」
「……冷や汗が出ます」
「ちょっとこのパンフレットを見るがいい」
魔王様はカラフルなパンフレットをローブの袖から取り出した。玉座へ近づけと手招きをする。
「保険は今、人間界で流行している制度らしい」
流行っているですと――。
「若者を中心に保険が流行っているのでございますか」
「そうだ」
……聞いたことがなかったそ。くっ、魔王軍四天王で流行の最先端をゆくこの私が人間界のトレンドに出遅れているなんて――まあいいかとも思う。
「どこでこのパンフレットを入手されたのですか」
魔王城近辺では見かけない。人里離れたこの地で人間界の広告なんて手に入る筈もない。
「ほら、前に聖王の宮殿へ行った時、古紙回収の新聞に紛れて捨ててあったのをこっそり拾ったのだ」
拾うな。こっそり。
「魔王様のやることではないです」
エッチな雑誌でも探していたのでしょう。
「予を卿と一緒にするでないわい! このチンバカ!」
――チンバカ? バカチンの対義語か!
「よく『敵を知り己を知れば百戦危うからず』というであろう。こうやって地道な情報収集を怠らないからこそ今の魔王軍があるのだ――!」
「――申し訳ございません!」
「さらには己を知る事が大切なのだ。『自分の体のことは自分が一番よく知っている』なんて、あかん!」
あかんって……おかんのことだろうか……。
「病院が怖いから行きたくない子供な大人の言い訳だ――!」
「――!」
病院は……たしかに怖いぞ。できることなら行きたくない。注射されると……泣くぞ。金属製鎧に針が刺さらずお医者さんに迷惑を掛けてしまうから……。
「だが重要なのはこの部分だ。この保険というのに入っているだけで……入院すればなんと! ――一日五千円も貰えるのだぞ」
――入院一日五千円――!
ゴクリ……。
なんですと? だったら病院が……好きになりそうです。
「いや、入院したいです。一日五千円も貰えるのであれば、今すぐ入院したいッス――!」
魔王城の掃除もせず、魔王様のお相手をすることもなく、入院しているだけで一日五千円も貰えるのなら――病院大好キッス――!
「しかも、掛け捨てではないのだ」
「掛け捨てって……」
掛け湯のことだろうか。魔王様は普段から掛け湯せずにお風呂に浸かる。服を脱いだらそのまま大浴場に浸かる派だ。そのくせ他のモンスターには「掛け湯しろ」と命令するのが……さすが魔王様だ。腹立つ。
「さらには! 無事故だとボーナスも出るのだぞよ――!」
「ボーナスまで貰えるのですか!」
太っ腹――! 言い換えればデブ!
「入院したら五千円、無事故でボーナス、掛け湯は捨てずに湯船にリサイクルだなんて――笑いが止まりませぬ――! アーッハッハッハ!」
「ハーッハッハッハ! 人間どもめ、いったいいかにしてこのような制度をあみだしたのか……」
「あなどれませぬ」
「これを機に、魔族も生命保険とやらに加入しようと思う」
「おお――名案にございます!」
「全員!」
「全員?」
レベル1のスライムもだろうか。であれば……把握できていないが、世界中にざっくり1億匹くらいはいるのだろうが……。
「これで魔王軍は金銭面の不安から永遠に救われるのだ。耐震補強工事も思いのままだ」
「さすが魔王様! 古紙回収を意地汚くゴソゴソ調べた賜物でございます!」
「意地汚くゴソゴソとはなんだ! これ以上予を褒めるでない! このゴーマースーリ!」
「テヘペロでございます~!」
玉座の間は笑いの渦で包まれていた。
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