57話~喧嘩騒ぎ~
「おい、そこに座っている奴」
「……俺か?」
北垣さんと会話をしていたら、いきなりそんな言葉を放つ人がいた。振り返り、自分がどうかを尋ねる。
あまり整えられていない髭を生やした二十代後半の男の人だ。髭の整えが悪いのはわざと無造作にしてあるのかもな。似合ってるし。
「当たり前だ。俺はお前のこと知ってるぜ」
なんだこの人いきなり? 俺は知らないんだけど。
「お前、確かF級だったよな? 俺は雑魚の顔は覚えてる。間違いない」
うん、正解。でも俺の方は知らないんだよな〜。雑魚の顔を覚えてるのは、弱いのと組むのが嫌だって理由とか?
「それで、なんの用?」
なんかこいつ初対面なのに失礼だし、敬語とか良いや、と思いながら不機嫌そうに尋ねる。だってせっかく3人で楽しく会話してたのに邪魔しやがって!
「なんでお前みたいな雑魚がここにいて、俺の知り合いのE級が落とされんだ? ふざけてんのか? 不正か?」
「違う。実力だ」
本当はコネなんだけどな。言ったら翔馬とかに迷惑がかかるしそれはやめておこう。多分今の俺の実力はC級上位、もしくはB級下位ぐらいだと予想してるから、大丈夫なはず……。
「F級のくせに何言ってやがるっ? だったらその実力をみせてもらおうじゃねぇか!」
男が急に殴りかかってきた。結構速い、C級のパワー系か? でも、本気で殴るつもりはなさそうだ。おそらくこちらの実力を見ようとしているのだろう。
なら、俺も彼を納得させられるだけの実力を、E級以上の動きをしなければな。
そう考えて俺は男から放たれるパンチの軌道を予測し、ギリギリ避けられる位置に移動を開始する。だが、その行動は無意味に終わった。
「ねぇ、暴れないでくれる?」
小さく……しかし鋭く透き通る綺麗な声が聞こえた
次の瞬間、彼の拳が丸ごと凍らされた。
「なっ!?」
俺と、腕を凍らされた男の方も一斉に声のする方へと目をやる。そこにいたのは、一言で言い表すなら美少女が最適だろう。
薄い青色、水色といった方がわかりやすいか。その特徴的な髪色を肩にかからない程度に伸ばしたショートヘア。琴香さんのツーサイドアップと同じぐらいだ。
それにエフィーと同じぐらい透き通るような純白の肌。見た目は……高校生。でもさすがにそれはないだろうから、俺と同じ19歳だろうか?
「いきなり何する!」
男が少し間を空けてから怒鳴る。
「別に……うるさかったから。それに、試験を受ける前に、そんなことをしたら落ちると思う。むしろ、感謝してほしい」
彼女は男とは対照的に小さく呟くように喋る。しかしその声ははっきりと聞こえた。
「ちっ……ふっ!」
男は舌打ちをしてから凍らされた腕に力を加える。すると氷はボールをぶつけられたガラスのように粉々に砕け落ちた。
「お前、試験であったら覚えておけよ」
男は氷魔法を使った女の子を睨みつけてそう言った。
「それとお前、さっきの不正って言ったことは悪かった。だが、試験で見つけたら俺がぶっ倒してやる!」
男は俺にもそう宣言をして去っていった。……ふぅ、彼も全体的に悪い人ではないのだろう。普通に考えて俺のようなF級がここに来れるわけはないのだ。
そして知り合いが落ちていたら、俺に対して当たりたくなるのも理解はできる。まぁ、顔を知られているとは思いもしなかったから、こんなことになったんだけど。それよりも……。
「おいおい、あれってもしかして、今年の新人探索者でA級になった、綾辻氷花じゃないか?」
「マジでっ!? 確か三大大型組合の一つ、蒼龍組合に所属するS級探索者、綾辻烈火の妹じゃん!」
俺たちの騒ぎを止めたことで、あまり目立っていなかった彼女に注目が集まってしまった。それよりも彼女、現在日本で4人しかいないS級探索者の一人の妹なのか。
「あの、綾辻さん……さっきは止めてくれてありがとう」
ひとまず彼女に近づきお礼を告げる。
「別に……」
彼女はプイッと俺から顔を逸らして小さく呟く。あれ? もしかして俺って嫌われてる?
「それよりもごめんね。こんな騒ぎになっちゃって。綾辻さんも迷惑だよね」
「……別に、構わない。慣れてる……から」
彼女は諦めた表情で周りの野次馬を冷たい視線で見渡す。
「こんな風にしちゃった俺が言うのもあれだけど、やっぱり色眼鏡で見られるのって大変だね」
「……え?」
彼女が意外そうな顔をして、こちらの方をじっと見てくる。やばいぞ、自分の兄をバカにしてるの? って怒られるかも……。
「あ、ごめん。人を待たせてるから俺はこれで。それと、本当にありがとう!」
「あ……うん」
俺はそう切り抜けて二人の元へと戻っていった。




