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256話~また逢う日まで~

 あれから1日、ヴォルフが作り笑顔で俺にお礼を告げてくる。母親の惨い姿を見て取り乱した父親とヴォルフの2人をガノーさんとルプスちゃんが諌めた様子は今でも頭で思い出せるな。



『ソラの兄貴、今までありがとうございました』


「あ……あぁ」



 見送りはヴォルフだけだった。ヴォルフの父親は妻であるヴォルフの母親に付きっきりで過ごしているし、ルプスちゃんは……昨日、ちょっと色々あって気まずいからだろうか、顔を見せてくれない。


 正確にはヴォルフの父親とも1悶着あったんだけど、あれは思い出したくもない酷い記憶だ。消したい過去だ。つまり……一生、語ることは無い!


 エフィーも昨日、何かあったようでハズクと同様に大人しい。いつも騒がしい2人が黙っていると、なんか居心地が悪いな……。



『俺はまだ、誰かを助けるような力はないっす。この集落を出るまで、何となく自分は何かを成せるような気がしてたっすけど酷い勘違いだったすよ。俺もソラの兄貴みたいに強い男になってみせるっす』



 止めてくれ、強くない。俺はちっとも強くない。強くなったのは肉体だけで、精神はいつまで経っても成長しないんだ。


 エルフの里で頑張って全員を救えるような男になる、だなんて格好つけておきながら、強くなっても倫理観とか道徳とか、また自分ひとりじゃどうしようもない壁にぶち当たって動揺する一般人なんだよ、俺も。



『……ソラの兄貴の事は忘れないっす。ちゃんと俺の末代まで語り継いでいくっすよ。だから……しばらくのお別れっすけど、また会えると信じたいっす。1人前になれたと思ったその時にまた……会いたいっすよっ』



 2人の別れをそんな風に締めくくるヴォルフになんと返事をすれば良いのだろうか? ……会うとか、そんな事が簡単に出来るとは思ってない。ただ、行けたら行くとかそんな軽い感じの定型文だろう。



「あぁ、俺も……ヴォルフに会えたら良いなと思うよ」


『~~っ、ソラの兄貴! いつか、追いつくっす! ソラの兄貴の隣に立てるような漢に俺はなるっす!』



 そう言ってヴォルフが手を差し出してくる。俺にこの手を握る資格は……彼が差し出してきてるんだ。握らない方が失礼にあたるか。


 しっかりと握り返した。お、出会った頃より少しだけゴツくなっている気がする。修行の成果が何か出ているのだろうか?


 その時、ヴォルフの顔もしっかりと視界に入り込んだ。おぉ、今のヴォルフの顔ってこんな男前だったっけ? 覚悟が決まって凄い凛々しく見える。



「ヴォルフ、君はいずれ長になれる。いや、なるよ」


『ほ、本当っすか!?』


「あぁ。ただ……長として生きるとしても、家族の事はちゃんと見てやれよ?」


『え? ……どういう事っすか?』


「怒りに呑まれて目を離したらいけない所まで目が行き届かない、なんて可哀想なことは避けたいって意味」


『???』



 あはは、難しく言いすぎたのかな? でも、あれに気づかないようじゃまだまだだよ。まぁ俺も気づいたは良いけど最近まで放置してたしお互い様だよね。……いつか、時間が解決してくれると良いなぁ。



「ヴォルフ、俺は1人前なんかじゃないよ。ただ少しだけ君より大人なように見えるだけ。人は成長することを止めた途端に人としての成長はそこで終わる。俺もまだまだ半人前さ……ルプスちゃんのこと、頼んだよ」


『はいっす!』



 手を振りヴォルフと別れる。……あっという間と言うか、呆気なかったと言うべきか……。短くとも濃い時間を過ごした気がするな。


 ……解決は、してない。豚人族が攻めてくることはしばらく無いだろう。むしろ攻められるんじゃないだろうか? 俺たちが助けた人達は真実を話すだろう。


 そしたらまた……豚人族と言うだけで忌避される扱いにまでされるかもしれない。黒狼族もヴォルフの母親は植物状態のようになってしまったし、ハッピーエンドなんて迎えられてない。


 悔しいな。俺は何度思い直しても上手くできない。エルフの里を含めて、これで何度目なんだろうか? 規模は違うが、恐らく何回も似たような失敗を繰り返してる。



「主、気に病む必要ないのじゃ。……助けられる命には数があるからの」


「分かってるさ……でも、止められたかもしれないんだ。全員を無理やりにでも押さえつけて強制的に帰らせる。それで少しだけでも、豚人族が生き残る時間は伸びるし……それでも、解決なんてしないけど」


「そうじゃな……」


「バッ、撫でるなよ……」


「我は主に重い……とっても重い決意をさせてしまったようじゃからな。分かってはいても、辛いのじゃ。もしもの時は我が何をしたとしても助ける。苦しくても、悲しくても、必ず我がいる。じゃから……世界を救うまでは隣にいてほしいのじゃ」


「エフィー……」



 俺と契約したことを悔やんでいるのだろうか? 少なくとも俺はそんな事思っていない。第1、エフィーが居なければ俺は死んでいた。皆と出会うことも出来なかった……だから、エフィー自身に契約したことを後悔して欲しくない。


 そのことを伝えると何故か泣かれた。そんなにっ!? そんなに思い詰めてたのエフィー!? 今度からもっと構うからねっ? 俺の方がむしろ甘やかしてやるよ!



『はぁ、なぁんなのこの空気。ハズクの存在感皆無なの。裏でこっそり2人でやって欲しいの』



 ちっさい鳥がなんか言ってるか知るもんか!



『ソラお兄様っ!』


「っ!? ちょ、ルプスちゃん!?」



 竜車に乗り込んできたルプスちゃんに驚く。だって見られたらちょっとどころじゃなくヤバい雰囲気だったじゃん? 居ることよりも見られたことに驚いたもん。


 エフィーとハズクが(片方は名残惜しそうに)俺たちから離れる。ルプスちゃんはチラリと俺の方を見て、両手を前でギュッと握りしめ、覚悟を決めたのか顔を真っ直ぐ上げた。



『き、昨日の、返事……まだ、伝えられてないから来たの。ソラお兄様、私ね……──』



 ブワッと風が吹いた。ルプスちゃんの答えは多分、俺にしか聞こえなかったと思う。むしろそうであって欲しい。その言葉を聞いて思わず口元が緩んでしまった。


 彼女も恥ずかしそうに、でもちゃんと俺に笑顔を見せてくれる。完全に吹っ切れたわけではないだろう。だが……小さいけれど、区切りはつけられたようで安心した。



『ありがとう~ソラお兄様ぁ! 大好きだよぉ!』



 俺は大きく手を振って見送る彼女に対して手を振り返しながら黒狼族の集落を後にする。……何故だろうな? 傷心中の女の子に手を出したクズ野郎と呼ばれても咄嗟に反論できる気がしない。



「主、ナニがあったか当然話してくれるんじゃろうな?」


「これはいくらエフィーでも秘密だよ」


「主が珍しく反抗期じゃっ!?」



 悪いなエフィー。彼女と接した昨日の記憶は誰にも話さない。俺の胸の中で閉まっておこう。……あんなにも笑顔だったんだ、それで良いじゃないか。


 さぁ帰ろう! 目指すは故郷、地球の日本っ!



『いや、ワシのこと忘れてないかっ!?』



 そう言って次に駆けてきたのは知らないドワーフのおっさん……ではなく知り合いのドワーフのおっさん、ミルドさんだった。



「わわわわ忘れてたなんてそそそそんな馬鹿な事、ああああある訳ないですよっっっ???」


「記憶の奥底に封印してただけなのじゃ!」


『そうなの。ちょっとうっかりしてただけなの』


『揃いも揃って酷すぎる扱いっ!?』



 良かった。俺以外も忘れていたようだ。ミルドさん本人が走ってこなきゃ普通に出発してた気がする、絶対。そんなこんなで俺たち4人は進む。


 目指すはゲート。そして故郷! ……あのゲートってちゃんと最後に皆と別れた東京に出るのだろうか? それだけが不安だ……。

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