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228話~ロリコンは死ぬじゃ~

「ヴォルフ、妹の眼は大丈夫、なのか?」



 この砂漠がかつては広大な森パキステラの成れの果てと言う事実を知ったエフィーの放っている不穏な雰囲気の中、俺はずっと気になっていたことを尋ねる。


 聞くに聞けなかった質問だ。ルプスちゃん自身のトラウマを抉るかもしれない。奴らにされた恐怖を思い出させるかもしれない。それでも聞かずにはいられなかった。



『……獣人は他の亜人に比べて痛みに鈍感なんす。それでも、痛いことは痛いでしょうが……今は我慢してもらうしかないっす』


『……(コクン)』



 ヴォルフが辛そうに、だが取り繕って答える。しかし俺には、どうすることも出来ない、ヴォルフの己の無力を嘆く悲痛な叫びが耳に届いた気がした。



「……少し試したいことがあるんだが、良いか?」


『な、何をするつもりっすか?』



 俺の言葉を聞いた途端にヴォルフのケモ耳と尻尾がピンと立つ。警戒しているようだ。まぁそれも当然だが。



「治せるとは言わん。だが痛みを和らげることぐらいはできるかもしれん」


『ほ、本当っすか!?』



 ヴォルフが俺の体目掛けて食い気味に問いかけてくる。サンドリザードが勝手にウルガルスの街まで行ってなかったら事故だったぞ。



「あぁ。ただ……」


『に、兄様……』



 俺が軽く視線を向けるとそれを敏感に感じ取ったのか、幼い少女は体を震わせ萎縮したようになってしまう。ヴォルフの事を呼び、掴んでいた彼の服がより強く握られた。


 見ての通り……ルプスちゃんはヴォルフ以外の人、特に男の人が苦手を通り越してトラウマになっている節が見える。《回復》は手を近づける必要があるんだが……大丈夫だろうか?



「あー、ルプスちゃんて呼ぶね?」


『……ぁ……はい』



 か細く、今にも潰されそうな声量。吐息でも消えるロウソクの火みたいだ。



「……まずは、俺の指から慣れてみない?」


『……?』


「今から近づけるよ……どう?」



 獣人は感覚が鋭いのだろう。俺がゆっくりと手を伸ばし、少し手前で止めた。だがルプスちゃんはビクンと体を震わせてヴォルフの背中に隠れてしまった。



『ルプス、俺も着いてるっす』


『兄様……う、うん』



 ヴォルフの言葉で荒い呼吸になっていたルプスちゃんも一旦落ち着きを取り戻す。目の見えない彼女がヴォルフに手を引かれて、俺の指と指を触れ合わせた。


 ほんのりとした淡い感覚。でも確かに触れられている。急に前の恐怖がフラッシュバックを起こして激しい発作や過呼吸になることもない。



「……」


『……』



 無言で人差し指同士が少しずつ動く。軽く撫でるように、お互いの存在を指で感じていく。おっかなびっくりの感情が彼女の指先からヒシヒシと伝わってきた。


 それから数分を掛けてお互いの人差し指を絡められるようにまで俺にも慣れてくれたらしい。ひとまず良かったよ……。



「ルプスちゃん」


『は、はい……』


「手、握っても良い?」



 恋愛なら多少強引に行くことも大事だが、こう言ったトラウマは引き際が大事だ。壊れてしまい余計に悪化させてしまう可能性もある。だからこそ全てを彼女の意思に任せる。


 するとどうだろうか、今度はルプスちゃんの方からたどたどしく、けれど懸命に指を絡めだしてきた。最初は人差し指だけだったはずが中指も、それを皮切りに全ての指が絡み合った。



『……温かい』


「ありがとう」



 じんわりと伝わってくる、ルプスちゃんが生きてることを示す体温。そして若干早い鼓動を感じながら俺はお礼を告げる。……うん、心拍数に急激な変化は見られない。



『……』



 無言だったが、ルプスちゃんは俺と手のひらも合わせてきた。つまり手を恋人繋ぎのように握りあったりしているのだ。もちろんずっとそうしている訳ではなく、固くなりながらも絡めたり離れたりを繰り返していた。



『……も、もう』


「……大丈夫?」


『……(コクン)』



 その瞳は開かなくても、意を決した表情を見せたルプスちゃんの意志を俺は尊重する。握りあっていた手を離し、その手を彼女の顔へと近づける。



『っ……!』


『大丈夫っすよ。ほら、俺がついてるっす』



 ヴォルフの優しい言葉に導かれるようにるブスちゃんはあどけなさの残る顔を引き締める。ちゃんと覚悟は整ったようだ。

 


「……《回復》」



 薄い水色の光が発せられ、ルプスちゃんの無惨にも斬り裂かれた瞳へ吸収されていく。ヴォルフの奴はそれをじっと見ていた。



『……痛く、ない。兄様、痛くないわ』


『ルプスゥゥゥゥ! よがっだ! よがったよぉぉぉ』


『兄様……苦しいわ』



 ルプスちゃんの傷ついた瞳の怪我は治っていた。ただそれは見た目上だけだ。二度と光を見ることは出来ない。失われた瞳は元には戻らない。それでも僅かに痛みを引かせることはできた。



『ソラの兄貴、ありがとうっす! 俺、一生ソラの兄貴に着いていきます』



 ただそれだけでヴォルフは俺に忠誠とか、そんな感じの思いを抱いたようだ。ドバァと表現するのが相応しいほどに泣きじゃくるヴォルフの頭をルプスが撫でる。



『…… ぁ、の……』


「どうしたの?」



 しばらくすると、ルプスちゃんが俺の方を向いて口を開く。パクパクと何度か唇を震わせて、声を発しようとしているのが見て分かる。



『あり、がとうね……その、ソラお兄様』


「ごフッ……」



 ルプスちゃんから初めて俺に向けられた言葉のインパクトに、俺はそのあまりの愛おしさに心臓を握り潰れる感覚に陥ってしまった。



『ソラの兄貴なら、お兄様と呼ばれるのも悪くはないっす』


『ソラお兄様……だめ、ですか?』


「全然嫌じゃないです」



 こうして俺は、黒狼族の2人の兄弟から兄として慕われるようになった。なお……。



「ロリコン! ロリコンは死ぬのじゃ! 主は幼女趣味の変態なのじゃ!」


「うるさいぞロリ!」


『ハズクもさすがに軽蔑したの』


「ぐぬぬぬぬっ!」



 仲間と思っていた2人から裏切られたことは言うまでもあるまい。

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