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178話~姉妹~

 あれからまた数年が経ったわ。普通のエルフ達とは違う色は畏怖の対象になる。それに闇の大精霊様の力を暴走させかねないララノアは地下室に隔離された。


 水や食料、着替えや最低限の生活を送れるようにはなっている。それに遊び道具は地下室にあるわ。でも……薄暗い中、5歳の女の子が1人でいてまともに育つはずがない。



「あ、お姉ちゃん見てみて!」



 無邪気な笑みを浮かべ、ララノアがあたしに何かを見せてくる。それは昨日の食べた果物の芯だった。



「……ちゃんと綺麗に食べれてえらいわねララノア」


「えへへ、でしょ~!」



 このやり取りを、あたしは既に5回している。母上もおらず、数年前から始めた独り生活はララノアを少しだけ狂わせていた。


 食べ物を綺麗に食べる。その事で褒めて欲しいと言ってくる。1度目なら良い。けど……ララノアは何度も何度も言ってくるのよ。


 あたし以外の誰にも相手にされない。その気持ちを紛らわすために、たいしてどうでも良いことにも目をつけて、同じことで何回も褒めてもらうの。


 そうすればあたしとより多く会話が出来ると、この子は理解したから……。エルフ達が、ううん、あたしが母上との約束を守れなかったせいで、ララノアはおかしくなってしまった。


 本来なら里の皆にも愛されて、褒められて、健やかに育つはずだったのに。今じゃあたしという存在に完全に依存してしまっている。



「……母上、あたし、どうしたら良いの……?」



*****



 視界がブレた。すぐに焦点を合わせて周りを見渡す。何も無い、変な空間。真っ暗なのに、変に明るい……謎の場所。



「ここは……? ううん、それよりもララノアが……っ。そうよ……あれは、あたしの記憶。あ、あたしは……あたしは、助けられなかった。口が滑ることも、飛び出したララノアが酷い扱いを受けることも全部、分かっていたのに……!」



 自分への怒りからか、拳を握って自らの太ももに打ちつける。何度も、何度も……。その後悔を少しでも薄れさせようと、こうした自傷行為に走ってしまった。



「ねぇねぇお姉ちゃん、気は済んだ?」


「っ!? ララノア……?」



 突然声をかけられて振り返ると、そこにいたのはララノアだった。……ううん、ちょっと違うわね。



「あなた、誰?」


「……えへへ、お姉ちゃんにはやっぱり分かるんだ。そうだよ、ララノアはララノアの姿をしているだけの別の存在。でもでも、ちゃ~んと記憶はあるなら上手く演じられてるよね?」



 ララノアではない別の存在が、ララノアの声や喋り方、仕草などを真似して話しかけてくる。それが本物ではないと分かっているので凄い違和感があるわね。



「一瞬で見分けられたくせに、上手く出来ただなんておかしな話だわ」


「えへへ、それもそっか。でも~、そんな事まで分かるぐらい私のことを見てくれてたのに、私を怒鳴りつけたり、酷い扱いから救ってはくれなかったんだよね~」


「っ……」


「あれ、お姉ちゃんもしかして図星だったの? ララノアが指摘したらダメだったかなっ? ご、ごめんねお姉ちゃん。ララノアがこんなのだから、あんな扱いを受けるのも仕方がないんだよね……」


「やめて! ……やめて……っ」



 先程まではしかと感じていた本物のララノアとの違和感などどうでも良くなるぐらい、目の前のララノア’はあたしの心を嫌というほど抉ってきた。


 あたしが後悔してきた全てを、ララノア’が呟く。ララノアは何も言ってこなかった。むしろあたしに対しては喜びの感情しか見せない。


 だからだろう。ララノアに対して謝罪の気持ちはあっても、あたし自身が自己嫌悪に陥るほどにまで、誰も責めてはこなかった……。


 でも、目の前のララノア’は違う。容赦なく、あたしが思っていた事を全てぶちまけるようにして投げかけてくるのだ。


 可愛くて優しい声色が、まるで鋭利な刃物のように……逃げ続けた現実を、唐突に心に突きつけられる。ララノアじゃ絶対に言ってこない、あたしの後悔を全て……。



「や~だよっ。ララノアを助けてくれなかったお姉ちゃんの言うことなんて聞かないもんっ!」



 助けてくれなかった……その言葉一つ一つが心に突き刺さる。ララノアの姿をした何かの前なのに、悲しくて涙が溢れそうになった。それでも我慢してぐっと堪えた。



「……なぁにその目? 文句でもあるのっ? また母上の話をした時みたいにララノアをぶつんでしょ? 口じゃ勝てないからってすぐに手を出すもんね、お姉ちゃんはっ!」


「ぁ……っ」



 でも、それを見たララノア’がキッと目を細めてあたしを睨みつけながら言葉で追撃してきた。


 その言葉は、ララノアが母上が居ないのは自分のせいだと責め立てた際に、とっさに出てしまったビンタの事を指していたわ。



「ぁ、あぁ……やめ、て」



 あたしが今までで唯一ララノアに対して手をあげて、人生で一番後悔してきた事を指摘される。



「もう、やだ……っ。いやっ、いやぁ……っ!」



 後悔の念に押しつぶされたあたしは頭を抱えて、何度も何度も嫌と呟く。涙も鼻水もお構い無しに垂れ流し、この現実から目を背けようとした。心が、完全に折れていた。


 虚ろな瞳は明後日の方向を向いていたけど、ほとんど何も見えてはいない。頭の中でララノアの泣いたり悲しんだりしている顔が、何度もリピートされる。


 ……それがしばらく続いていたわ。ララノア’は何故か黙ったままだったのが救いね。こうして時間が経つと、少しだけだけど冷静になれるの。


 でも、ずっとララノアの事で自分を責め続けるのは一緒だから、大した意味はないのかもしれないけど……。


 …………あれ、なんだろう、手が温かい……。誰かが握ってくれているの? 虚ろな瞳でじんわりと熱を感じとっていた手を見るも、そこには何も無い。


 けれど、確かに感じる……この温もりは、誰かがあたしの手を握ってるんだと。それと同時に頭の中を、ひとつの思い出が駆け巡る。


 それはララノアと仲良く手を繋いだ時の思い出。何気ない日常の1ページ。でもその1ページが今、あたしの感情を揺さぶっていた。


 きっかけは手を握られていると感じただけ。そんな単純なものだった。その思い出が起点となって、ララノアの悲しむ顔のリピートにララノアの微笑む顔が紛れ込む。


 その比率は繰り返す事に増えていって、最後にはララノアの喜ぶ顔でいっぱいになっていたわ。


 ……ぁ、でも1枚だけ……ソラが作ったアクセサリーを貰った時に、ララノアが密かに微笑していた横にちょっとだけ、ほんのちょびっとだけなんだけど、ソラが入り込んでいるわね。


 ララノアが、あたし以外の人に笑みを見せているのはちょっと妬けるわ。……ふん、あんたならまぁ、1枚だけだし許してあげるわ。



「……そうね。……うん、帰ら、なきゃ」


「……え? 今なんて言ったのお姉ちゃん? 帰るって聞こえたけど……ララノアの聞き間違いだよね? だってお姉ちゃん、ララノアに会わせる顔ないでしょっ?」



 思わず漏れた呟きにララノア’が反応する。無邪気な笑顔から出てくる傷を抉る一撃は、ついさっきまでのあたしなら傷ついていたでしょうね……。



「えぇ、あたしはララノアに会わせる顔がないわね。……だからあたしは、会わせられる顔になるために会いに行くの。会って色々と謝って……そしたら仕切り直してまた、ちゃんとした生活を再開するの」


「何、言ってるの……? 意味分かんないよ、そんなの……」



 困惑した表情のララノア’が近づいてきて、あたしの腰あたりにしがみついて疑問を口に出す。



「過ぎた過去は消せないわ。なら今のあたしがすることは、過去を後悔して罪悪感に潰れることじゃない。ララノアとまた、一緒に暮らすようにすることよ。ぶったこと、独りにさせちゃったこと、色々あるわね……それらをララノアに謝って、またやり直すの」


「許すわけ、ないじゃん……お姉ちゃんがぬくぬく森で暮らしていた間、ララノアがどんな暮らししてたか本当に理解してるのっ? 虫が這ったり土で汚れたりしてた部屋で、陽の光も浴びないままずっと独りだったんだよっ? それなのに……お願い、今までのことは許してね、また一緒にやり直しましょう……なんて、ララノア納得できないもんっ! ララノアだけなんでっ……なんであんな目に……っ!」



 開き直ったあたしの考えに、ララノア’が真に迫る勢いで不満をぶちまける。その悲痛な叫びがおたしの胸を揺さぶった。


 ……ここにいるララノア’は本物じゃない。ただ悪夢があたしの記憶から作り出した虚像……でも!



「……ごめんねララノア。あたしの力が足りなくて……ずっとあなたを独りにさせちゃって……だから、今からもう一度、あたしにチャンスをくれないかしら? 今度は一緒に居られなかった時間以上に、一緒にいる時間を増やすわ……。あたしに許しをください。そしてもう一度、本当の意味であなたにお姉ちゃんって呼ばれたいから……!」



 しがみついていたララノア’の両手を取り、しゃがみこんでララノア’を抱きしめる。己の懺悔を告げながら……。



「~~っ! ずる、いよ……そんなの、ずるいよっ。ララノア、お姉ちゃんのこと大好きなんだもんっ。そんなの言われたら、ララノア、断れないじゃん。嫌って言えないじゃん……っ! はっ、ひっぐ……ふわ、あぁ……ぁっ……うわぁぁぁぁん!!! お姉ちゃんの馬鹿ぁぁぁ~っ……」



 服の布を掴んでいたララノア’の声が震え出す。絞り出すような本音が、ゆっくりとだが溢れ出した。それと同時に上手く言葉に出来ない感情が暴発して、涙としても溢れ出す。


 手は服の布を掴む体勢から、あたしと同様に抱きしめる体勢に変わっていた。それでもちょっと苦しいぐらいにキツく抱きしめてくるのはせめてもの抵抗かしら?


 ……ううん。ただ、あたしと同じで、お互いの存在を肌で感じたいだけね……。



「よしよし……。ごめんね、ララノア……本当にごめんね。……あたしはララノアに謝るために、帰らなきゃいけないの。だから……帰して。お願い」



 背中に回していた手をララノア’の頭に添えて、優しく撫でた。何度も謝る言葉を告げて……最後に、今抱きしめているララノア’への別れの挨拶も済ませる。


 しばらくして泣き止んだララノア’がコクンと首を縦に振る。次の瞬間、目の前から光が迫ってきた。その光に飲み込まれる。人の温もりのように温かかった……。


 そういえば、あの時に誰が手を握ってくれたのかは分からない。……まず、握ってくれていたってのもあたしの想像だしね。


 多分ララノアだと思うのだけど。だってあたしの手を握ってくれるのなんてララノア以外いないしね。


 でも、それにしては大きくてゴツゴツしていたような……まぁ良いわ。……ありがとう、あたしが変われるきっかけをくれて。

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