162話~ファン(ストーカー)~
お兄ちゃんがS級探索者となり、約1年が過ぎた。あれからお兄ちゃんは高校に通いつつも、探索者としてしっかりと働いている。
家にもお金を入れて、少ない時間のほとんどを私に費やしてくれていた。親は金銭感覚がおかしくなるからと、お兄ちゃんの稼いだお金は全てお兄ちゃんの銀行口座に収められている。
ちゃんと通帳で使っていないことも見せてもらったこともあるし、私たちのことを真剣に考えてくれる親なんだと、子供ながらにそう思った。
「氷花、お風呂湧いたってよ」
「へ、部屋勝手に開けないでよ!」
「……はい」
最近もこんな風に、中学校に上がってもずっと変わらず接してくる。でも私だって思春期なんだからそれぐらい察してよ!
でも、この対応を嫌だと思ったことない……あんまり。だって私はお兄ちゃんが好きだから! 私もそんなお兄ちゃんに追いつけるようにならないと……!
***
私の環境が変わったのは、中学2年生に上がった頃……。
「ねぇ、あなたってS級探索者、綾辻烈火の妹なんでしょ?」
新学期が始まってすぐ、元気そうな女の子が私に話しかけてきた。確か自己紹介で苗字が……そう、森田さんだ。
探索者達の個人情報自体は探索者組合から伏せられている。だから彼女が知っている理由はおそらく、同じ小学校時代の同学年の人から聞いたとかだろう。
「そうだよ?」
「ねぇ、写真とか無い。私、大ファンでさ!」
「あるよ。見せるぐらいなら……」
そう言ってスマホで撮った写真を見せると、森田さんは目をキラキラと輝かせてそれを覗き込む。ちょっと……怖いぐらい。でも、悪い気はしなかった。
「ふぅ、ありがとうね! えっと、綾辻さん!」
満足いくまで堪能したような息を漏らしつつ、森田さんはお礼を告げてくる。別にお兄ちゃんのファンが居ることに悪い気はしない。
けれど普段は私と一緒にいるお兄ちゃんが、クラスの人からこんな風に思われていることに若干モヤッとした感情は持ってしまうのは別に普通のことだろう。この事を接点に、私と森田さんは友達となった。
「ねぇ、綾辻さんのお家に遊びに行ってもいい?」
「え? 悪いんだけど、さすがにそれはダメだよ」
ある日、森田さんがそんなお願いをしてきた。最初から気づいていたが、彼女の目的は私ではなくお兄ちゃんだった。私も今じゃ友達にとは思っていない。
私を利用して、お兄ちゃんに近づこうとしているんだ。身近に身内がいて、そんな風に考えてしまうのも無理はないと思う。だからと言って、こちら側としてもそこまでする義理は無い。
「えぇ、なんで? 私たち友達でしょ!?」
「友達だからって、ダメなものはダメだよ」
「森田さん、綾辻さんも困ってるし諦めたら?」
私の発言に、森田さんとは別の友達の擁護の声が届く。ありがたい……。
「……っ、ごめん」
「いいよ別に」
悔しそうに諦めて謝罪をした森田さんは、大人しく引き下がりどこかに戻って行った。
「お疲れ様。大変だったね」
「うん。あの人、私じゃなくてお兄ちゃんの事ばっか聞いてくるもん。私はお兄ちゃんの情報屋じゃないってのに」
「だよね~」
そんな会話をしていると休み時間が終わり、再び授業が始まった。そして学校からの帰宅途中……。
「……?」
後ろを誰かがついてきているような感覚を覚えて振り返る。しかしそこには誰もいない。そんな感覚を何度か体験し、不安に感じやならそのまま急ぎ足で家に帰宅した。
自分の勘違いかもしれないし……そう思い、今日は早めに寝ることにする。しかし次の日もまたつけられていると感じ取った私は、ちょうど角を曲がった所で待ち伏せをする。
少しすると人影が現れる。そこにいたのは森田さんだった。
「森田さんだったの……」
「え? な、なんの事?」
「とぼけないでよ。昨日も今日も、家を突き止めるために私の後をつけたんでしょ!?」
「違うわよ! ちょっと用事があっただけ。勝手にそんな妄想で被害者ヅラしないでくれない」
森田さんは無表情に淡々と私の言い分を否定する。確かにそう言われては証拠も何も無いのだ。私はキッと睨みつけながらも、再び歩き出した。
「……ねぇ、ついてこないで」
「ついてってないよ。ただ歩く道が同じってだけ」
「じゃあお先にどうぞ」
「遠慮しておく」
イタチごっこのような終わらない会話を続けながら、私は自宅とは違う家の門を潜る。わざと「ただいまー」と声を出しながら。
そうすることで、森田さんの尾行をまこうとしたのだ。しばらくして他の家の敷地内から出て、本当の自宅へ帰宅する。
「へぇ、綾辻さんの家ってここだったんだ」
「っ!? え、なんで、うそ……!?」
そんな声が聞こえて後ろを振り向くと、そこにはまいたと思っていた森田さんがいた。
「酷いな~、家くらい教えてくれても良いじゃん!」
「やっぱりつけてたじゃん! なんでこんなことするのっ!」
私は森田さんの行動に恐怖を感じながらも問い詰める。
「なんでって、あなたのお兄ちゃん……烈火様のファンだからに決まってるじゃん。一緒に暮らしてるんだよね? なんて羨ましいんだろ。それなのにあなたはいつも烈火様を貶めるような言葉ばかり。烈火様の妹には私がなるべきだったの。そうすればずっと一緒にいれるのに。私がたくさん尽くしてあげられるのに。なんであなたなの? なんであなたみたいなのが妹で、私はその友達にしかなれないのっ? そんなの不公平だよ。私は烈火様の事がこんなに好きなのに……ねぇ、私を烈火様に紹介してよ。自分の友達だって。最初は妹の友達って立場から始めるから、あなたは邪魔しないで2人っきりの状況をセッティングしてくれれば良いよ。だからお願い」
森田さんの圧力に、勢いよく問い詰めた私の方が逆に蛇に睨まれたような感覚に陥る。森田さんのドス黒い憎悪と行き過ぎた愛を孕んだ瞳と、それにふさわしいほどに感情の込められた言葉が原因だ。
理解できない恐怖で震えが止まらなかった。呼吸も安定せず、上手く息が吸えない……。
「あれ、氷花ただいま。それと……お友達?」
そこに偶然現れたのは、ちょうど高校から帰ってきたお兄ちゃんだった。事情を知らないお兄ちゃんは、家の前にいる私と森田さんを見てそう判断する。
「れれれれ烈火様っっ!?!?!?」
「烈火様?」
「わわ、わたわた私、森田って言います! 綾辻さんの友達で、烈火様の大ファンなんです!!!」
「ファン? ありがとう」
「あひゃ~~!?」
お兄ちゃんは勢いよく詰めかける森田さんに少し戸惑いつつも、自分のファンと言われて笑顔でお礼を告げていた。
「……氷花、どうかしたのか?」
お兄ちゃんは何も言わない私の異変に気づき、森田さんを通り過ぎて私の方に近づいてくる。
「お兄、ちゃん……」
「……君か?」
「え……? なにかです?」
何が気づく理由になったかは分からないが、お兄ちゃんの目と雰囲気からいつもの優しい感じが無くなった。そして森田さんの方へと振り向き尋ねる。
「氷花、この子は友達か?」
「わ、私たちは友だ──」
「君には聞いていない。氷花、どうなんだ?」
森田さんがなにか言おうとしたが、それをお兄ちゃんが遮る。
「──じゃない。友達なんかじゃない!」
その行動を見て安心した私は、大声でそう叫んだ。
「そうか……。そこの君、今日はさっさと帰りたまえ」
「そんなっ、私はただ烈火様を一目見たくて──」
「良いから失せろ……!」
「ひっ……!?」
食い下がる森田さんだったが、お兄ちゃんの探索者としての圧に脅えたのか、私の家から走り去って言った。
その姿が見えなくなると同時に足の力が抜けて、地面に膝から崩れ落ちる。……怖かった。純粋な恐怖が頭を支配するようになった。




