160話~俺が見たいのは……そして生きるのは……~
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視界が途切れ、真っ暗闇が広がる。今ので、俺の過去を見せる悪夢は終わったって事か? はっ、予想していた分、別にどうってことは無かった……いや、それは強がりだな。
2度も母さんと父さんが死ぬ羽目になった。2度も一香さんを死地へと笑顔で送り出してしまった……。助けられなかった……止められなかった……!
「なぁ空、今どんな気持ちだ?」
「っ!?」
聞き覚えのある声が聞こえた。慌てて振り向くとそこには一香さんが立っていた。
「一香さん……?」
一香さんは死んだはずだ。目の前にいるのは一香さんであるはずがない。でも、さっきの声は、その姿は……一香さんそのものだった。
「あぁ、そうだよ……お前に元気よく笑顔で死んで来いって言われた一香さんだぜ!」
「……やめろ。一香さんの声で、姿で、口を開くな!」
「おぉ、こえ~。なぁ、何も知らずに私を迷宮に行かせた時の気持ち、教えてくれよ」
いつの間にか僕の元まで近づき、一香さんの姿をした何かが耳元で囁く。
「黙れ……!」
「黙らねぇよ! 空、2度目はお前が止めてくれたら私は多分、S級迷宮だろうとバックれたぜ? なんで止めてくれなかったんだ? 様子がおかしいこと、気づいてたんだろ?」
「うるせぇ……」
「あんだけお前は恩を返して妹を助けられるぐらい強くなりたい、って言ってたくせに、お前は誰も助けられてない。助けて貰ってばっかりで、いくじなしで臆病で、無理に強がって、大切な人の思い出を忘れて……お前に期待した父親と母親とこの一香って奴も皆等しく馬鹿野郎だな!」
「口を閉じろッ! その姿と声を変えろッ!! 俺を馬鹿にするのは良い。でも、俺の大切な人たちを、こんな俺に期待してくれた人たちを馬鹿にするのだけはやめろ!」
僕は一香さんの姿をした何かの胸ぐらを掴み脅した。フー、フーッと息が荒くなっている。それを見た一香さんの顔が、見たこともないぐらいに歪んだ。
「無理だよ……だってこれは悪夢だから。お前への悪口は全て、お前自身が1度はそう思った事があるんだ。ダメな自分を正当化するために、周りの見る目が間違っていたんだと、お前は思ったことがあるはずだ!」
「や、めろ……」
「壊れろよ、お前が行動すればするほどお前のその大切な人たちは死んじまうぞ? 私が前例だ! お前が親しく接すればするほど、失った時の痛みは大きいからな! ほら、早く壊れちまえよぉ! それが1番周りのためになる!」
一香さんの姿をした何か……いや、違う。一香さんの姿じゃない。……俺’だ。もう1人の俺’が、俺を責め立てる。足の力が抜けて、膝から崩れ落ちた。やめてくれ……。
俺が……俺が関わった大切だと思った人間は、全員不幸になる……? その通りだよ、嫌なんだ……! 大切な人を失うのが。
俺が大切に思った人だけが死んでいく! 両親も、穂乃果も、師匠も! ……大切な人が俺の腕の中で、温もりが抜けて冷たくなっていくのが怖いんだ……!!!
琴香さんだって1度は死んだ! 運良くエフィーに生き返らせてもらったけど、またいつ失うかも分からない。……もう俺に、関わらないでくれよ。
『……私は、そんなに頼りないですか? どうして頼ってくれないんですか!?』
ぇ? 今、のは……琴香さんの、声……? それよりも、頼るって……? いや、そうだ……。
そうだったんだ。あの時に……ここに来る前日に琴香さんが言いたいことは、こんな単純な事だったんだ。
「……一香さんの皮を被った俺’が言いたいことは分かった。俺は力も何も無い雑魚なんだから、何度時間を繰り返しても誰も救うことが出来ない、それどころか、余計なことしかしないって言いたいんだろ?」
足に力が戻り、スッと立ち上がって問いかける。
「お? あぁ、大体そうだぜ! お前はゴミだ。何をやっても上手くいかない。皆を不幸にするだけだ。生きるのもやめた方が良いと思うぞ? いっそ死んじまえ! その方が良いさ!」
俺の反応に一瞬だけ眉をひそめた俺’だったが、気にする様子もなく再び息をするように悪口を繰り出し始めた。
「確かに、誰一人として助けられなかったさ。忘れちゃダメな人も忘れるような馬鹿もその通りだし、みんなに迷惑をかけて生きてきた自信もある」
「ぉ、自覚できた? ならさっさと死んじまえよ!」
親指で俺の首を切り、そのまま指先を下に向ける行為をした俺’が、貶めるように大声で叫ぶ。
「自覚はしたさ……でもそれがどうした!!! 俺はこれから独りよがりじゃなく、知り合いに頼って、助けて貰って、困っていたら手を差し伸べる。そんな風に、助け合って生きていくんだ!」
「っ!?」
「……それは、人間として当たり前のことだ。当たり前のことが出来なかった俺だけど、こんな俺を見て、頼りにして欲しいと言ってくれた女性がいる!」
そう、俺ははっきりと開き直る。きっかけは前日の琴香さんの言葉だった。
「こんな僕を育ててくれて、命をかけて、妹を守れと遺言を残してくれた人がいる! 大事な宝物と呼んで、愛してくれた人がいる!」
父さんと、母さんの言葉だ。
「大切な人を忘れた僕を、親友だと言ってくれた友がいる!」
これは翔馬の……。
「こんな僕と家族になって、大好きだと言ってくれた人がいる!」
これは一香さんで……。
「俺がこれからもよろしくと言ったら、当然じゃろ、と返してくれた子がいる!」
これが、エフィーからの言葉だ。
「は、いやいや、何開き直っちゃってんの? 意味分かんねぇんだけど!?」
「うるせぇ! 皆が皆、ダメな僕や俺を見て関わってきたんだ。これが俺だ! 俺なんだッ!!! だから俺は今まで通りの俺を突き通す! 皆の思いを俺’が……俺’が俺を阻んでんじゃねぇぇぇ!!!」
「なん、だよそれ……」
俺の開き直りっぷりに呆れたのか、はたまた久しぶりに出した叫び声に俺’自身もビビったのか、足が1歩後退する。
「さっさと俺を起こせ! 俺は向こうの世界に帰らなきゃ行けないんだ。悪夢? 所詮は俺が1度通った道しゃねぇか! 俺が見たいのは未来だ! 何が起こるか分からない未来に俺は生きてるんだ。過去ごときが、俺の邪魔をするなっ!」
逃がしてたまるか! と思い、俺は離れようとする俺’の肩を捕まえる。
「か、過去もお前だろうが! 不幸にした人達に申し訳ないと思わないのか!?」
「思うかバカ! みんな不幸だと思いながら死んで逝った訳じゃねぇ! 俺に幸せを掴んで欲しいと、そう思って逝ったんだ! それを俺’が勝手に不幸だとか決めつけてんじゃねぇ!」
「お前はずっと悩んでたじゃねぇか! 急に思考放棄とか有り得ねぇ!」
「悩んで出した結論がこれだ! 勝手にヤケクソだとか決めつけんな!!!」
「お、お前、エフィーと出会って他人の力で強くなって態度がデカくなってねぇか? 借り物の力でイキってんじゃねぇよ!」
「エフィーと俺は対等に契約を交わしてあるわ! お互いに利益を得ようとした結果で、エフィーが変えようと思えばいくらでも変えてやるぞ!」
「っ……!?」
さすがの俺’も言う言葉がなくなったのだろう。当然だ、開き直ったんだからな! 何を言っても言い返せる自信が今の俺にはある。
「……あの人たちは俺を信じてくれたんだ。その期待に応えるためにも早く帰らせろ! 皆が待ってるんだ。穂乃果の墓参りも、ララノアちゃんや水葉の病気も治して、琴香さんに謝罪もしなきゃ行けないし、やらなきゃ行けないことも、たっくさん残してる! さっさとこんな夢なんて、覚めちまえーーーっ!」
次の瞬間、俺の視界が切り替わった。
受験のため一時更新を停止します。詳細は明日投稿する次話をお読みください。




