151話~一香の苦悩と思い~
「なぁ悠斗、聞いてくれよ~! 空がさ~!」
私は口論の後、お互いに無言で重たい空気の中、空を家に送り届けた。その後すぐに白虎組合へと戻り、悠斗や他にも数人を無理やり捕まえてヤケ酒を浴びるように飲んでいた。
あ、車の運転はしないぞ? ちゃんとタクシー手配済み! 車の方は組合の方に置きっぱで良いよ! 面倒くさいし!
「はいはい、それで、どうして喧嘩になったんです?」
私が3杯目のお酒を飲んだ所で、悠斗以外の奴らは帰ってしまった。薄情な奴らだ。確か「あとは悠斗に任せるわ笑」とか言ってた気がする。
悠斗がそんな~! と嘆いていたが、私は気にせず飲み続けて悠斗にもお酒を注ぎ始める。それを見た悠斗の奴は慌てて本題に入ってきやがった。
こいつ、私の酒が飲めないのかっ!!! まぁ良いや! 早速愚痴るか!
「空の奴、白虎組合に入らないって言いやがったんだ! んで探索者組合に入るって! だから私がここに入れって命令した! ほら、私悪くないよなっ?」
「いえ、説明を聞く限り全面的に一香さんが悪いかと」
「んだとてめぇ、マスターの私を裏切る気かこのぉっ!」
「うぐっ、それとこれとは話が別ですよ」
お酒の入った私とは違い、まだ一口も飲んでない悠斗が冷静に返してくる。無性に腹が立ったのでチョークスリーパーをした。タップしてくるので離す。
「はぁ……なんで空は断った? 私と一緒に居れて、給金も弾む。何が不満なんだよ……」
「…………一香さん、ハッキリ言います。空君では白虎組合には力不足です」
「あぁ、だから魔力を増やしてやるって言ったら怒られたぞ?」
「……そりゃあ、そうでしょう」
悠斗の奴、私を信じられないものでも見たかのような目を向けてきやがった。ふっ、私と色香に惚れたか? ……いや、冗談だからな?
「一香さん、あなたにとって空君はなんです?」
「今の私の生きがい、宝物、弟みたいな奴」
空は今の私の存在理由だ。迷宮崩壊から守った人々も、救えなかった人々を体現したかのような、戒めとも呼べる存在。空を見ると、今度は絶対に失敗しないぞ! って気持ちになれるんだ。
「そうでしょうね。ですが、空君だってもう自立しようとしてるんですよ。いつまで経っても甘やかされてちゃダメなんだって気づいてるんですよ」
「私は死ぬまで甘やかす!」
悠斗がなんか言ってるが知るか!!! 空が可愛いんだからしょうがない! 仕方がない!
「それがいけないんですよ。親としての愛情を与えたいのは境遇を聞けば良く分かります。ですがそれももう潮時です。彼は自ら選択するぐらいには回復してますよ」
「だ、だがまだ中学生だ!」
私の中じゃ、あいつは私のせいで両親を亡くした子供なんだ。だから空の道は私が作る。それが、私の贖罪なんだ。
「もう、中学生ですよ。彼は1度絶望に打ちひしがれたりもしたんですよね?」
「あぁ……時々、妹の名前を呼んだり、私の事を母さんと呼び間違えたりしたりもしていた」
あいつ、最初は寝てる時もうなされたりしてたんだよな。気になってベッドに潜って抱きしめたりもしたのは懐かしい。まぁ、そのまま一緒に寝て起きた空に怒られたのもいい思い出だ。
「でももう、そんな事は無くなった。つまり乗り越えたんですよ。少なくとも、表面上は」
「表面上だけじゃ意味が無い!」
「一香さん、誰にだって大小問わず、心の傷はあります。目に見えて違和感がないなら、もうここからは本人次第ですよ」
「でも……私は、空のために何かをしてやりたい……!」
確かに最初は自分の罪悪感を紛らわすという目的もあった。何かをしなくちゃいけないと言う義務のような感覚だった。
でも今は違う。空に何かをするのは義務などとは一切関係なく、当然と言うか当たり前と言うか、そんな気持ちなんだ。
「なら、空君だってきっと同じ想いですよ? 助けてくれた一香さんへ恩返しがしたい。何でもかんでも助けてもらうのは気が引ける……大方そんな感じじゃないですか?」
「…………」
「……あぁ、そう言った趣旨の言葉、もう既に言われたんですね?」
悠斗の言葉を聞き、図星だった私は黙りこくった。すると全てを察したかのような声のトーンでさらに問いかけてくる。私は黙って首を縦に振る。
「なら、本格的に親離れの時期なんじゃないです? 一香さんの方が子離れ出来てなさそうですけど笑」
「うるせぇ悠斗てめぇ調子乗んな!」
「あ、ごめんなさいからかいすぎました冗談です!」
親代わりになろうとした自分の方が子供だったと指摘され、全くもって反論が出来ないので手を出してなんとかその口を塞ぐことに成功した。
「と、とにかく……お酒抜いて明日にはちゃんと話し合いはした方が良いですよ。向こうも色々と考えてると思いますし」
「……そう、だな! 二日酔いになんねぇためにも今からタクシーで帰るわ! 話付き合ってくれた礼だ! 今までの分は奢ってやる!」
「え? ゴチになります? ……俺まだなんも頼んでない(小声)」
私が気前よく告げると、悠斗は何言ってんだこいつ? みたいな顔をしてきた。ふっふっふっ、私は器が広いからな! ではさらばだ!
「悠斗……ありがとな」
「えぇ、マスターの方こそ頑張ってくださいね」
お金を悠斗の前に置いて、私はタクシーで自宅へと帰宅した。




