143話~見ら、れた~
「着いたぞ」
車に揺られてしばらく時間が経った頃、一香さんの言葉と共に、車が地下の駐車場に停止する。
「ありがとうございました」
「だから堅苦しいのは抜きって言ったろ? まぁ良いや、慣れろよ?」
乗せてもらったお礼を告げるも、一香さんは不満げな表情でそう言ってくる。一香さんの自宅はマンションの一室だ。エレベーターを使い、305号室……一香さんの部屋へと上がり込んだ。
入口はオートロック付き、玄関から上がって部屋がいくつかあり、キッチンには冷蔵庫などの家電。シャワーとトイレは別。テーブルやベッドなど、どこにでもある家具が1式……。
「なんというか……もっと、豪華な生活をしてると思ってました」
「がっかりしたか? 悪いが私はお金をあまり使わないんでな。勘弁してくれ」
「いえ、がっかりしたとか、催促したわけじゃ無いです。ただ、もっと豪遊していると思っていただけで……むしろ、こっちの方が落ち着くんで良かったです」
最低でも年収10億は稼いでると思われるS級探索者の実態が、こんなに庶民的だとは思いもしなかった。やはり同じ人間なんだと納得したというか、安心したというか…そんな気持ちだった。
「とりあえず空、お前風呂入れ。色々臭うぞ」
「っ!? すみません! すぐ入ります!」
一香さんに鼻を摘むポーズでそう言われたので急いで風呂に入る。確かに病院にいてあまり気づかなかったが、元々人やモンスターの血や死臭などもこびり付いていただろう。思い出せば一香さん、車内で窓も開けてた気が……ショックゥゥゥッ!!!
「はぁ……翔馬と変な別れ方しちゃった……いやでも、僕は本当に知らないんだからしょうがないでしょ。誰だよ穂乃果って……いっつ!?」
頭と体を念の為2度洗いしてから湯船に浸かり、一番最初に思い浮かんだ事はそれだった。愚痴るように呟くと、頭と胸に痛みを覚える。……なんなんだよ、これ……。
「………はっ、危ない今泣きそうになってた! 僕は水葉を守るんだ。だから……泣かない。弱音もできる限り吐かない。父さんと母さんの事は絶対に忘れない。……また流しかけた」
お風呂に浸かるって、色々なことを整理するのに向いてるな。悲しい記憶も思い出しやすいから、その度にお湯に顔を突っ込んでリフレッシュさせてる。
「過去を引きずるな僕。でも忘れるのとは違うぞ僕。……あぁ、めちゃくちゃ独り言喋るようになってる。自分で自分を慰めないとやってられないからかな?」
ペラペラと口が動き続ける。そうしないと嫌なことばかりを思い出すから……。
「そう、過去よりも未来を考えよう! とりあえず……一香さんって大学生だよな? 女子大学生と同居ってヤバくね? 事案?」
現実から目を背け、また別の現実を見つめ直した僕がそう呟く。……べ、別に問題は無いはずだ! 年上の女性と一緒というシチュエーションには緊張するが……何も起こらないことを祈ろう!
「ぁ……服、無いじゃん……。でも着る物を取りに帰るのは……やっぱり無理だ」
決して湯冷めした訳では無い手の震えを抑え、そう結論づけた。それが分かったところで服の問題が解決する訳では無いが……。
「とりあえずバスタオルを体に巻いて出るか」
最後にシャワーを少しだけ浴びてガラッと扉を開ける。そして手前にあったバスタオルを取ろうとして、目の前にいる人物に気づいた。
「ぁ、いや……そういや服ないからこれ置いとこうって思って……すまん」
洗濯カゴから僕の脱ぎ捨てた服を漁り、しょうがないだろうが女性ものの服を着替えとして用意しようとした一香さんがいた。彼女は動揺して言い訳を述べ出す。
「覗きはダメですよ?」
急いでバスタオルを手に取り、腰に巻き付けて何も無かったかのように忠告する。一香さんは苦笑いを浮かべてそそくさと出ていった。
「………見ら、れた」
シンと静まり返った脱衣所で、僕は手のひらと両膝を着いた体勢から、羞恥心にまみれた表情で呟いた。ノォォォオオオオッッッ!!!
僕はシクシクと涙を流しながら一香さんの用意した服に着替えた。もう泣かないって決めたのに……(泣)。
「おぉ、予想以上に似合ってるじゃねぇか!」
「とっても不謹慎ですけど、ほんと、死んだ方がマシって感じです」
用意された服に着替えて一番最初に言われた言葉が似合っているだった。僕が着替えた服は女性物の服にスカートだぞ? ちなみに下着は……言いたくない!
「他に服、無いんですか?」
「無い。明日にでもメンズ用の服買ってきてやるから今日は我慢してくれ」
「………」
ショックだ……ショックだよ。僕は男なんだ! 似合ってるは1番言っちゃいけない言葉なんだよっ!
「なぁ、写真撮っていいか?」
「嫌です!」
「ちぇっ、ネットにあげたら変態共がワラワラ湧くレベルなのに……」
「いやぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」
僕は頭を抱えて叫んだ。……近所迷惑だったらごめんなさい。
「よし、飯にしようか! 今日は私が作ろう!」
「りょ、料理、できるんですか?」
意外だ。失礼だが、絶対出来なさそうな風貌なのに……。
「あ? カップ麺に決まってんだろ?」
「僕の感動を返してください」
その3分後、ズズーっと麺をすする音が部屋に響いた。




