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138話

水葉をお姫様抱っこで運びながらも、一切歩く速度が衰えない空の後ろを、少し離れた状態で琴香さんがついて行く。



「あの……わ、私は初芝、です」


「そう……」


「ね、ねぇ……私たち、どこに向かって、るんですか?」



 会話も何もせずにたんたんと歩き続けることに飽きたのか、人の死体を見て不安になったからか、琴香さんが空に話しかける。



「……病院?」


「? なんで、疑問形なんです?」


「さぁ? ……あぁ、水葉を……守らなきゃ……」


「???」



 琴香さんは空のおかしな受け答えに疑問符を頭に浮かべる。当の俺もその1人だ。俺、こんな受け答えになっていたんだな……。


 いや、あんな出来事があればむしろ当然かもしれない。俺も同じ光景は見たが、今回で2度目だった。だからかな? ……俺も、ただひたすらに心が虚無なんだ。



「もしかして……道が、分からないんですか?」


「……いや、たしか……この先に……5キロ、ぐらい?」


「……なるほど。その子をお医者さんに見せるんですね」



 琴香さんは水葉を見て納得した様子を見せる。



「っ!」


「ひっ!」



 すると一転、いきなり空が水葉を片手で自分の体に抱き寄せて、空いた方の手で琴香さんの腕を無理やり引っ張る。琴香さんは明らかに怯えた表情を見せた。


 そのまま嫌がる琴香さんを引っばり、裏路地へと引きづり込んだ。暴れる琴香さんを、空は発現者としての力を使い押さえつける。


 次の瞬間、空は口元に人差し指を立てて当てる。そしてその指を先程までいた場所を指さす。そこにはありのモンスターがいた。


 正式名称は緑蟻グリーンアント。B級モンスターだ。しかし基本は何十匹もの群れで生活するため、1匹1匹の力は非常に弱く、1匹だけならC級の中でも下辺り……。


 カチンカチンと歯を鳴らし、その獲物を探すような姿や歩みは見るものを震え上がらせる。今の俺でもいきなり目の前に現れたら大声をあげてビビる自信しかない。


 琴香さんもそれを見て息を飲む。空が引っ張り一緒に隠れなければ、見つかって琴香さん自身も、先程己が吐いた遺体と同じ……普通にそれ以上に酷い肉塊となっていたことは想像にかたくない。


 幸いにして、空たちが隠れていることには気づかなかったようで、普通に空たちを通り過ぎる。少ししてから空は琴香さんの口から手を離した。



「は、な、あれ、は……? え、モンスター?」



 琴香さんは怯えた表情でモンスターの存在を理解しようと試みる。この様子だと、琴香さんは迷宮崩壊が起こったことを知らなかったのかもしれないな。



「……行くぞ」



 いつの間にか水葉のお姫様抱っこをし直した空が、一言そう告げる。琴香さんは震えながらも、その言葉に頷きついて行く。しかし……。


 カツンッ、と音が鳴り響いた。琴香さんが恐る恐る自らの足元を見る。誰かが置き捨てた空き缶のゴミを蹴飛ばしたのだ。そして……。


 キシャーーッ!!! 変な鳴き声を上げる緑蟻が、再び現れた。空き缶の倒れる音が届いたのだろう。そこからの展開は速かった。



「わっ!?」


「預ける。守れ」



 水葉を優しく琴香さんに押し付け、空き缶を手に持って空は表通りに出る。腕を最大限に振るい、空き缶を壁にぶつけた。


 空き缶の音が鳴り、迷宮崩壊の衝撃波で脆くなっていた塀が崩れ、先程とは比べ物にならないくらいに激しい音が鳴り響く。緑蟻が空の投げた空き缶に反応して、進む道の方向を変更する。


 緑蟻が即座に動く。高速道路を走る車並みの速さで高速に足を動かし、空へと迫った。空は崩れた壁から塀の中へと入り込み、体の大きな緑蟻を少しでも撹乱させようとする。


 だが、緑蟻は塀ごと、まるで障子のように簡単に無理やり突き破った。空が焦った様子で地面を蹴り、軽く飛んで逃げ出した。だが、それも一瞬で差が埋まる。



「っ!」



 鋭く、赤く汚れた牙が空の腹部を掠める。その傷は奇しくも、母さんと同じ箇所の傷だ。激しい痛みを必死に耐え、空は緑蟻から遠ざかる。


 そんな抵抗など虚しく、緑蟻が再び牙を伸ばした次の瞬間、何かが空から降ってくた。それによる発生した激しい風で土埃が舞い上がり、空が軽く吹き飛ぶ。


 視線を緑蟻の方へ向けると、そこから一人の女性が出てくる。師匠だった。緑蟻の硬そうな外殻がガラスのように粉々に割れ、緑色の体液が撒き散らされている。土埃と共に現れた師匠が、一撃で緑蟻を屠ったのだ。



「生きているか、少年……?」



 心配そうな表情で緑蟻を倒した師匠が……いや、S級探索者の江部一香さんが手を差し伸べた。



「……生き、てま──」



 空の言葉はそこで途切れた。意識を失ったからだ。理由は出血過多と推測される。慌てる江部一香さんと走って近づく琴香さんの姿を、空は薄れゆく意識の中で視界に捉えた。

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