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127話~認識のズレから起こる人間関係のもつれ~

「それで琴香さん、話ってなんです?」



 俺と琴香さんは大部屋から場所を変えてから尋ねる。ちなみにエフィーはこの場には居ない。琴香さんがお願いしたからだ。一体何を言われるんだろうか……?



「空君……私の事、抱いてくれませんか?」


「ぇ……?」



 ……はい? 俺は琴香さんからの突然の言葉が理解できなかった。もちろん意味は理解できる。だからこそ、琴香さんがそう言ってきた事が理解できなかったのだ。



「いや、そんないきなり……」


「明日、私達は死ぬかもしれないじゃないですか。だから……後悔は先に済ませておいた方が良いです」


「死なせませんよ……。だから、そう言うのはまたいつかでお願いします……」



 琴香さんが近づいてきて、上目遣いで再度お願いしてくる。俺はそれに対して、理性を保ちそう言うのが限界だった。



「っ……あはは、そうですね。いきなりですみませんっ!」



 琴香さんは悲しげな表情を浮かべ、しかしそれを見せないようにとわざと明るく振る舞った。



「……空君は悩みがありますよね? ……いえ、あった、の方が正しいでしょうか」



 琴香さんは俺とは目を合わせず、少しだけ夜空を眺めるように言った。普通なら見える月のような星は、今は雲に隠れていて見えないな。それよりもいきなり、何が言いたいんだ……?



「えぇ……ありましたよ。……あの、それが何か?」


「……私は、そんなに頼りないですか? どうして頼ってくれないんですか!?」


「え?」



 頼りない? 琴香さんが? いや、琴香さんはすごく頼りになるんだけど。だってA級だし貴重な回復系だし……。



「私はずっと……多分、一番最初に空君の様子がおかしい事に気づいた自信があります。でも……私は敢えて声をかけたりしませんでした。だって……空君は私の事を信頼してませんよね?」


「え……いや……そんな、ことは……」



 意味が分からない。確かに精神的に参ってた事が琴香さんにもバレていた事は驚きだが、氷花さんも気付いていた以上、親しい人なら誰でも想定内だ。


 だが、琴香さんはそれを分かっていて声をかけなかったと言った。確かにエフィーと氷花さんが気づいていて、琴香さんが気づかないのはあり得ないだろう。こう言った場合には、すごく敏感だからな。


 それよりも声をかけなかった理由だ。面倒だから、みたいな理由なら分かる。俺も面倒くさい性格だとは理解している。


 でも……その理由が、琴香さんを信頼していないから……なんて理由は想定外だ。どうやったらそんな結論になる?


 そう思っていても、俺はとっさに違う! と声を上げる事ができなかった。



「空君は人と意図的に距離を取ろうとしますよね? 人が嫌いじゃない事は分かってます。でも……必要以上には関わらない、浅い関係を望んでいる……そうですね?」



 ……的確、本当にその通りだった。俺は積極的に人と関わろうとはしなかった。親しい仲になりたくなかったからだ。



「きっと、空君の気持ちの変化を治したのはエフィーちゃんですよね?」



 ゆっくりと、軽く頷いた。



「空君が信頼している人は2人。翔馬さんとエフィーちゃんです。残念ながら私はされてませんね。私は空君が信頼する人の条件を考えました。実力なのか……出会ってからの日数なのか……残念ながら、答えは憶測程度にしか出ませんでした……」



 悲しげな表情で琴香さんが語っていく。



「そうそう、名前も一つの理由です。……2人以外の名前を……名前だけを呼んだことってありますか? 私も氷花さんも最上さんも……自分から名前を聞きに行ったり、呼びに行ったりしたことありますか? ないですよね……?」



 ない。翔馬とエフィー以外は全員さん付けなどをしている。それに俺は都合が悪い時など以外は、自分から名前を尋ねるような事はしなかった。琴香さんの名前も彼女自身から名乗ってきたからだったし……。



「ヘレスちゃんやアムラスさんを呼び捨てにするのはエルフだから……人じゃないから、なんて理由ではなく、ただ1ヶ月だけの関係だからですよね?」



 ぐっ、めちゃくちゃ言い当ててくる。



「あと抱きしめてくれなかったのもそうですね」



 あれもカウントされてるのかよ!? まぁ、それも合ってるけど……。



「琴香さん……一体、何が言いたいんですか?」



 俺は俺自身の考えをスラスラと語る琴香さんを止めるために尋ねた。だが、頼りないですか? などの発言がイマイチ頭の中で繋がらなかったのは本当だ。



「分からないですか……。では、最後に一つ質問です。5年前の出来事を、覚えていますか?」



 5年前……その単語を聞いた途端、俺の心臓が激しく脈を打つ。ブワリと冷や汗が出るのも忘れない。



「な、なんで……琴香さんから、その言葉が出てくるんです?」



 軽く口を震わせながら、頭の中にある光景を思い出しながら尋ねた。



「なんでって……この地域に住んでいた人達なら誰でも知ってるじゃないですか? でも、私が聞いてるのは私と空君の、5年前の出来事ですよっ?」



 確かに5年前にこの地域に住んでた生き残りなら知っているだろう。最初はその言葉に安堵した。だが、琴香さんが後半に不可解な一言を投げかけてきた。


 俺と琴香さんの、五年前の出来事だと……? 全くもって身に覚えがない。一体琴香さんの目的はなんなんだ? さっきから見せる笑みすらも、恐怖を感じてしまう……。



「やっぱり、覚えてないんですね……。まぁ、大牙狼の出たE級迷宮に潜った際の確認で、その3ヶ月前の探索者組合での傘の一件すら忘れていたようですし、別に驚きはしませんが……」



 サラッとそう言う琴香さんだったが、その体は震えて、目は微かに潤んでいた。強がりだと、一目で分かった……。


 それよりも、琴香さんが言っていたのは迷宮で話してくれた琴香さんとの出会いの話だろう。だが……彼女の話だと、俺と琴香さんは5年前に出会っている事になる。



「覚えていないなら……構いません。でも、私はずっと……空君を助けるためなら、この命を失っても良いと思ってましたよ……。実際、一度は失いましたし……」



 『ずっと』……その言葉が重くのしかかる。おそらく、5年前からなのだろう。それほどの重みがあった。そして納得した。彼女が何故俺にこんなにも尽くしてくれるのか……。


 その5年前の出来事が何かは思い出せないが、そうさせるだけの何かがあったのだろう。そのお陰で、俺は琴香さんの人間としての命を代価として生き残った。



「そう思えるほどに想った空君の、友達以上恋人未満……そんな関係になっても、空君は私を信頼してくれません。……私じゃ、空君の心を癒す事はできないんです。……悔しかった……ずっと、とっても……。空君にとって、私が大してどうでも良い存在なのは分かっています」


「っ! そんな事は──」


「良いです。……私じゃあ今の空君のそばにはいられないって……理解、してますから」



 その時に雲が晴れ、隠れていた星から光が刺す。その光は琴香さんが笑いながら涙を流す顔がはっきりと見えるように照らした。



「琴香さん……」



 なんて言って良いのか分からない。ただ、名前を呼んだ……。そうしないと、今にも琴香さんが目の前から消えてしまいそうな気がして……。



「ごめんなさい空君。明日は大事な1日なのに、急にこんな事を言ってしまって……。もう寝ませんか? 明日には……この支離滅裂で、グチャグチャな感情を、整理しますから……」


「待っ──……わかり、ました。その、お先にどうぞ……」



 琴香さんからの一方的な話は、琴香さんからのいきなりの発言で幕を閉じた。だが、俺たち2人の心の中には、大きなしこりが残ったままだった……。

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