第6章 お揃い
-コンコンッ
優しいノックの音が病室の扉から聞こえた。
「どうぞー。」
海馬はノートに向かいながら適当に答えた。
「海馬お兄ちゃん。調子、どうかな?」
手にはお菓子や飲み物が入った袋がある。
どれも高級そうなものばかりだ。
「あ、朱夏ちゃんだったのか。いつもお見舞いありがとう。」
海馬は慌てて顔を上げた。
心なしかうっすらと汗をかいている。
朱夏は食べ物を冷蔵庫に入れると近くの椅子に座った。
「勉強?」
ノートにはぎっしり数学の問題が解かれていた。
「ああ。来月の模試では流石に成績上げておかないとね。特に生物と数学。」
「そう・・・ですよね。」
「?」
いつもはしっかりとした受け答えをする朱夏にしてはぼーっとした答えが返ってくる。
海馬はその異変をすぐに察知する。
「どうした?」
「い、いえ!私も頑張らなきゃいけませんね!」
「・・・はぁ?」
慌てて手をグーにしてやる気を見せる朱夏に海馬はさらに違和感を覚えた。
「私だって受験生ですもの!この夏が勝負です。」
よく見ると、朱夏の目にはクマができている。
いつも健康なお嬢様には見合わなかった。
「・・・朱夏ちゃんもしかして・・・寝不足?」
「ふぇ!?」
慌てた様子の朱夏に海馬は目を細める。
「・・・図星だね?」
「す、少し夜更かしをしただけです。」
そうはいうものの、明らかに朱夏の瞼は重かった。
今すぐにでも眠ってしまいそうな雰囲気に海馬は少しベッドからずれた位置に座りなおす。
「少し寝ていくかい?ベッド貸してあげるよ?」
見かねた海馬は自分のいるベットをポンポンたたいた。
海馬からすると朱夏は小学生から一緒で、昼寝なんかも一緒にするのは珍しい事ではなかった。
けれど、高校生になった朱夏は一瞬だけ海馬の横で寝ることを想像して顔を赤らめた。
「い、いえ!まだ帰ったらやることがたくさんあるので!」
朱夏はベッドから目線を逸らす。
海馬はそんな朱夏の様子に少し心配になってくる。
「何をそんなに夜遅くまで頑張っているんだい?」
「昨日は・・・勉強と・・・少し調べごとを。」
「調べごと?」
海馬は首を傾げた。
「昨日の話・・・。色々と気になったことがあったので。」
「エリちゃんとか、組織とか?」
確かに昨日はいろいろと話をした。
特に、エリの話をみんなでじっくり聞いたのは大きかったように思える。
「あ、いえ。その話も気になっているんですが、全く別の事です。」
けれどもそれさえ違うようだった。
海馬はますます首を傾げた。
エリの話以上に重要な調べごとが海馬には思いつかなかったからだ。
朱夏も話したがっていないので、とりあえず詮索はしない事にする。
「うーん、全然話が見えないんだけど。あんまり無茶しないでね?」
「えへへ。大丈夫です!今日はもうそろそろ行きますね!」
朱夏はいつも通り笑って見せるのだった。
「ああ。気を付けてね。」
そういうと、朱夏は丁寧に椅子を片付けると部屋の出口に向かう。
けれども、出口付近に立つとその雰囲気は一変した。
「・・・それと、お兄ちゃん?」
「ん?なんだい?」
振り向いて朱夏は海馬をまっすぐ見る。
ゆっくりと振り向いた朱夏はとても寂しい表情をしている。
とても綺麗な目に海馬はドキッとした。
「お兄ちゃんこそ・・・体調悪いならちゃんと言うんだよ?」
「・・・え・・・?」
海馬は目を見開いた。
「・・・今日は早めに帰るからゆっくり休んでね?」
朱夏は少し早口でそう言った。
その切ない表情に海馬は焦った。
海馬は「いつも通り」だった。
そう、「いつも通りのふるまいをしていた」はずだった。
けれども実際はとても体が重くて、めまいがひどい。
体を起こしているだけでもしんどかった。
(医者の両親でさえ気づかなかったのに・・・。)
まさか、朱夏に気づかれるとは思っていなくて海馬は動揺した。
「・・・気づいてたの?」
「もちろんです。海馬お兄ちゃんの事よく見てるんだよ?」
朱夏は目を伏せる。
「それに・・・」
「・・・それに?」
「・・・ちゃんと言ってくれないと、私だって寂しいんだよ?」
寂しそうな顔はどこか美しく、海馬の胸は痛んだ。
「あ・・・。そんなつもりじゃ・・・!!」
慌てて手を伸ばす。
「それでは。また明日!」
しかし、海馬が弁明しようとした時にはいつもの朱夏の笑顔に戻っていた。
ぱたんと扉が閉まる。
「・・・なんで・・・朱夏には解っちゃうんだろうな。」
1人になった海馬は伸ばした手を戻す。
そして、眉をひそめて布団にもぐった。
「本当、ダメなやつだなぁ僕って・・・。」
自分が情けなくて海馬は唇をかみしめるのだった。
◇◇
「・・・。」
朱夏は朱夏でひどい寝不足だった。
「流石に徹夜はしんどいですね・・・。」
公園に誰もいない事を確認するとベンチに座り込んだ。
夏の日差しが照り付ける。
寝不足と照り付ける太陽で、朱夏は軽くめまいを覚えた。
「でも・・・いい資料が手に入りました。きっと・・・いい方法が見つかるはずです。」
朱夏はふわふわした目でぼーっと公園を眺めた。
するとそこに、見知った顔の男の子が走ってきた。
「五芒星レッド!参上!」
「あら、連覇君。それに・・・」
後ろからはエリが走ってくる。
「エリも。あら?今日はお二人で遊びに行くと聞いていたのですが・・・。」
ここは公園だ。
小学生2人が遊びに来る場所とはここの事だったのだ。
「ここで集合でしたか。」
朱夏は納得して笑う。
「朱夏!みてみて!連覇ね、ブレスレットくれた!」
朱夏に見て欲しくてエリが袋に入ったブレスレットを見せてくる。
その腕輪には五芒星ブルーが書かれていた。
「昨日ね!家族で五芒星レンジャーショーを見に行ったの!これはお土産だよ!」
おそろいのラバーブレスレットを連覇も見せてくれた。
連覇のはもちろん五芒星レッドだ。
「開けて開けて!」
エリが朱夏にせがむ。
「ふふっ。ちょっと待ってくださいね。」
朱夏は切り口がない袋を左右に引っ張って開けてあげる。
「ありがとう!!」
エリは早速腕に五芒星ブルーの腕輪を付けた。
「エリの目と同じ青にしたの!」
連覇は良い笑顔だ。
「素敵なプレゼントですね。エリ、大事にするんですよ?」
「うん!!」
エリがブレスレットを手に取った瞬間ひらひらと袋から説明書が落ちてきた。
何気なしに手に取って読んでみる。
「えっと・・・へぇ。ラバーブレスレット・・・これ静電気を除去してくれるブレスレットなんですって。」
「ふーん!」
「へー!」
声に出して読んであげるも、2人からは乾いた返事が返ってくる。
「興味ないですよね・・・さぁさ、遊んでいらっしゃい?」
「うん!!」
「五芒星レッド!赤く輝く炎の星!!」
「五芒星ブルー!!キラリ煌めく水の星!!」
二人がレンジャーレッドとブルーのポーズを決めてくれる。
「ふふっ。二人とも、素敵ですよ。さて、私は帰りますね?」
「はぁい!」
「またね、朱夏おねえちゃん!」
ちびっこ二人組に軽く手を振り、朱夏は真夏の太陽の元を歩き始めるのだった。