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第5章 異変

翌日目が覚めると鷲一は自室にいた。

「・・・なんだ?・・・体が・・・だるい・・・。」

珍しく、布団から起き上がれない。

「鷲一?起きているのかい?」

「あ、親父。起きてる。」

ゆっくりと体を起こす。

鷲一の父さんは喪服姿で鷲一の部屋に入ってきた。

「え?・・・親父、その恰好・・・。」

「・・・ああ。和弘が・・・お前の叔父が昨晩息を引き取った。」

「!?」

鷲一は昨日の幽体離脱を思い出す。

(まさか・・・本当に死神!?)

驚きを隠せずにいると鷲一の父さんは話をつづけた。

「今晩、実家の方で葬儀が執り行われる。」

「・・・わかった。」

多くは語らない。

二人とも線香なんて上げたくない相手だ。

けれどもけじめとして葬儀を執り行うのだろう。

鷲一は布団から立ち上がった・・・しかし・・・。

立ち上がろうとすると部屋の景色がぐにゃっと歪んだ。

「ぐっ!!」

鷲一はバランスを取れないままその場で倒れてしまった。

「鷲一!?」

「わりぃ・・・今日・・・体調が悪くて・・・。」

体がだるいだけではなかった。

頭がくらくらしてまともに立てない。

「大丈夫かい?」

「少し休んでから動くわ・・・喪服クローゼットか?」

その様子を見て、鷲一のお父さんは首を横に振った。

「鷲一、やっぱりお前は来なくていい。僕だけ行くことにするよ。」

「・・・わりぃ・・・。」

鷲一はくらくらする頭を抱えながら謝った。

「昨日退院したばかりだ。無理はしちゃいけない。」

「休んでる・・・。めまいが・・・酷い。」

「わかった。・・・僕がいなくても大丈夫かい?」

心配そうな面持ちで聞いてくる。

「ああ。何かあったら心琴に連絡する。」

「そうかそうか。心琴さんに出会えて本当良かったね。」

それを聞いて安心したのか穏やかな笑顔になる。

死んだ叔父と同じ顔なのに似ても似つかない表情に鷲一も安堵する。

「・・・ああ。」

鷲一も軽く笑って見せた。

「じゃぁ、僕は実家の方に行くから多分3日くらい戻ってこない。何かあったら連絡してね。」

「わかった。気を付けていってらっしゃい。」

そういうと、鷲一のお父さんは支度をして家から出て行った。

1人になった鷲一は早速スマホを取り出す。

【鷲一:心琴、わりぃ・・・。具合が悪くて・・・。家に来てくれないか?】

最近はだいぶ使いこなせるようになったLIVEのアプリで心琴に連絡を入れた。

【KOKOTO:えええええ!!大丈夫!?すぐ行くよ!!!】

3秒後には返信が返ってきた。


◇◇


-ピンポーン

チャイムが鳴った。

「鷲一!大丈夫?」

心琴の手には、飲み物だの食べ物だのを買ったビニール袋が下げられていた。

「朝よりはましだな・・・朝・・・めまいがひどくて。立てなかったんだ。」

弱弱しい声だ。

心琴はますます心配になる。

「昨日、少しはしゃぎすぎちゃったかな?」

「そうなのかな?まだ体力回復してなかったのかもな・・・。まぁ、上がって。」

「あ、うん。お邪魔します!」

心琴は靴を脱ぎ、いそいそと昨日もお邪魔した部屋に入った。

入るなり心琴は元気に振り向く。

「鷲一!今度こそ何食べたい!?」

目が輝いている。

昨日の料理の件を心琴は諦めていなかった。

「・・・あー・・・食欲ないんだが・・・。」

「食べなきゃだめだよ!!」

今回もやんわり断ろうとするが、今日の心琴は真剣な眼差しだ。

絶対に料理して見せる!という気概を感じてならない。

「・・・お・・おかゆ?」

鷲一はその様子に気圧されて心琴でも作れそうな無難な料理を選んだ。

「おっけ!ちょっと台所借りるね!!鷲一は横になっててね!」

心琴は鼻歌まじりに台所へ進んでいった。

「い・・・嫌な予感しかしねぇ。」

そして、その嫌な予感は見事に的中するのだった。


数分後。

「うわわぁ!!」

しばらく布団で横になっていると台所から悲鳴が聞こえてきた。

「なっ!?どうした!?」

飛び起きて台所へ急ぐ。

台所は吹きこぼれたおかゆでドロドロになっていた。

心琴は慌てた様子で右往左往している。

「ご・・・ごめん!私すぐに片付けるから!!!!」

「ま、まて!!おい!!!」

鷲一の制止も聞かず、心琴はキッチンペーパーでこぼれたおかゆを拭き取ろうとする。

「あちっ!!!!!」

吹きこぼれたおかゆは勿論沸騰している。

ドロッとしたおかゆが心琴の指にくっついて離れない。

一瞬でひとさし指と中指は真っ赤に腫れた。

「おい!!大丈夫か!?」

「な・・・なんでもない・・・。」

心琴は赤くなった指先を鷲一に見せないように隠した。

「だから言わんこっちゃない・・・。」

ふうっとため息をつくと隠された心琴の腕を握り、洗面台の蛇口をひねる。

冷たい水が流れ、手についたおかゆは流れていった。

「流水で冷やしとけ。今氷持ってくる。」

「・・・ごめん。」

しょぼくれる心琴の背中を見てまた鷲一はため息をこぼすのだった。

「ほら、保冷剤。あっちに行って座ってて。」

「うん・・・。」

心琴は膝を抱えてソファに座る。

その様子を見かねた鷲一もその隣へ座った。

2人が狭いソファーで寄り添う。

「なぁ、心琴?」

なるべく優しい声で呼びかける。

「何?」

暗い声が返ってくる。

「無理、してないか?」

昨日からなにかと心琴の様子が変だ。

すぐに拗ねるし、出来もしない料理を作ろうとしてみたのもその一つだった。

「・・・わかんない。」

「え?」

「私さ、「彼女」って向いてないのかも・・・。」

心琴はボソッとそういった。

きっとそれが心琴の本心なのだろう。

「心琴?」

「料理できないし、看病しにきたのに逆に看病されてるし・・・。私、「彼女」ってどうしたらいいかわかんないの。」

心琴は顔を膝にうずめた。

隣の彼女は悩んで一生懸命に「彼女」をしようとしていた。

「なんだ。そんなことで悩んでんのか。」

「そんなことじゃないもん・・・。」

鷲一は心琴の肩を抱いた。

二人が付き合い始めて1週間。

しかも、昨日まで鷲一は病院にいた。

「カップル」や「付き合う」「彼女」言い方はいろいろあるけど、結局何をすればいいのかわからない。

心琴なりにいろいろ考えた結果がこれだったのだろう。

そう思うと鷲一は心琴が愛おしくてたまらなくなった。

「なぁ、心琴?俺、別に料理してほしくて心琴と付き合い始めたわけじゃないよな?」

「・・・うん。」

「心琴はさ、ありのままでいいんだぞ。変に気を使われても疲れるだけだ。」

心琴はまだ膝に顔をうずめている。

困った顔をしていると心琴からこんな質問が飛んできた。

「鷲一はさ?私にしてほしい事とかない?」

「いや、たくさんあるっちゃある。」

反射的につい欲望が出てしまう。

「何!?」

心琴は顔をがばっと上げた。

口に出すのは憚られる内容ばかりだと言うことに気づき鷲一は困った顔をした。

期待に満ちた心琴に鷲一は目を逸らす。

「・・・言えねぇ!!」

「何それ!!」

鷲一の耳が赤い。

心琴はそんな鷲一の様子がおかしくて仕方ない。

「・・・あはは。・・・何想像したのさぁ?」

解りやすい鷲一を見て心琴はついつい笑ってしまう。

「だから言えねぇって言ってんだろ。おかゆ片付けてくる。心琴は指冷やしとけ。」

「はぁい。」

照れた鷲一はそそくさとソファから逃げるように去っていった。

鷲一のぬくもりが空気に霧散していく。

(・・・もう少し隣に座ってたかったな。)

心琴は赤くはれた指先を見ながらそう思うのだった。


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