第32章 後日談
幽体離脱事件から2週間余りが経過した。
海馬は、ようやく7月7日に負った大怪我が塞がり退院したのだ。
今日は久々の予備校が終わり、放課後に駅の広場で待ち合わせをして朱夏と遊ぶ予定だ。
海馬は少しだけ早く駅の広場に到着した。
最初の脱線事故から3週間が経過していた。
見渡してみると駅の復興がほとんど終わっている。
新しく設置されたベンチに海馬は腰を下ろした。
「ふふっ。パフェかぁ楽しみだな。」
実は大の甘党の海馬は以前、丸尾が教えてくれたパフェの美味しい喫茶店に行きたくて仕方がなかった。
「・・・朱夏、喜ぶかな?」
ちょっと不安になりながらも朱夏を待つ。
「あら!海馬君、早いですね!」
朱夏は思った以上に早く来た。
制服のまま、まっすぐにこちらへ向かってきたようだ。
「いや、朱夏ちゃんこそ早くない?」
「ふふっ、今日学校の修了式だったんで!」
「おお。明日から夏休みかぁ!良い響きだね!」
もう、久しく聞いていない夏休みという響きに海馬は胸を躍らせる。
「まぁ、学校で夏休み講習を受ける予定なんですけどね。」
「受験生・・・夏休みが勝負だもんね・・・。」
けれども一瞬で現実に引き戻された。
二人は大学進学を希望している受験生の身だ。
「ねぇ、海馬君?今度、もしよければ一緒に勉強しない?」
朱夏ちゃんが海馬をちょっと照れた様子で誘う。
「もちろん、良いよ?・・・僕の家来る?」
ちょっと意地悪な顔をして海馬は肩をすくめて見せた。
海馬は半分、断られると思ってこの発言をしている。
朱夏は生粋のお嬢様。
簡単に男の家になんて行くはずないと思っていたのに・・・。
「いいの!?行きたい!」
二の返事でその誘いを受ける朱夏。
「え・・・むしろ良いの?」
疑いも何もない朱夏に逆に海馬は戸惑ってしまった。
「え?どうしてですか?」
「いやだって・・・僕だってそれなりに男なわけで・・・危ないとか思わないの?」
警戒心の薄いお嬢様に海馬は少し心配になる。
事件の夜も気が付いたら自分と同じベッドに朱夏が寝ていて起きた時は本気で焦った。
そんな心配をよそに朱夏は笑顔で笑った。
「思ってないですよ?海馬君がそこら辺の狼のような人と同じ訳ありませんから。」
絶大な信頼なのか、お嬢様の世間知らずなのか、どの道、手を出しちゃいけない事だけは解った。
「アハハ・・・アリガトウ。」
嬉しいような悲しいような気持ちで海馬は片言で返事をした。
「まぁいいや!さて、商店街に向かおうか。」
「はい!」
そう言うと駅の広場を出た。
二人は並んで慣れ親しんでる道を歩く。
「・・・。」
「・・・。」
静かな沈黙が続いた。
心地よい沈黙だった。
「私ね、海馬君に言ってないことがあるんです。」
そう切り出したのは朱夏だった。
「・・・え?なんだい?」
こんなに一緒にいるのに聞いていない事に心当たりがない。
「その・・・。大したことじゃないんですけどね?」
「?」
照れた様子で顎に手を当てる朱夏を海馬はじっと見つめた。
「・・・私、海馬君と同じ大学を受験することにしましたから!」
「え・・・?」
「ふふっ!ようやく言えました!」
「ちょ・・・ちょっと!?大したことじゃないか!!」
海馬と同じ大学、それすなわち・・・
「医学部目指すの!?」
「はい!!」
朱夏がいい笑顔で海馬に言う。
その笑顔に一点の迷いもない。
「あそこ・・・かなり点数必要だよ?」
海馬が2浪しているのは両親に反抗してグレていただけが理由ではない。
本当にレベルの高い大学を目指しているからだった。
「ふふっ・・・うふふっ!!」
朱夏ちゃんがいつになく嬉しそうに鞄から何かを取り出す。
「今回の模試の成績です!」
「・・・・え・・・!?」
そこには志望校の医学部がどうどうと書かれている。
「判定が・・・Aランク!?もう合格圏内じゃないか!!」
朱夏の成績はどれもトップレベルだった。
「今回ばかりは頑張ったんです。」
海馬は最近の朱夏が常に寝不足そうだったのを思い出す。
(そっか・・・ずっと勉強してたんだ・・・。)
「あ・・・だから・・・?寝てなかったからだね!」
海馬があることに気づいて声を上げた。
「え?」
朱夏がキョトンとした顔で海馬を見る。
「ほら、僕と鷲一が幽体離脱をしてデジャヴ・ドリームに入れなかったとき・・・朱夏もデジャヴ・ドリームに入れなかったってエリが言ってただろ?ずっと気になってたんだ。・・・もしかしてあの日、徹夜だったの?」
「あ・・・。えへへ。実は・・・そうです!」
朱夏の目の下のクマが努力を物語っている。
「やっべ・・・。僕ぬかされたかも。」
口を押えて目を合わせられない。
2浪して、現役の朱夏だけ受かる未来を想像した。
「・・・勉強・・・頑張ろう・・・。マジデ。」
「うふふっ!がんばりましょう!!」
まさかの事態に海馬はだいぶプレッシャーを感じる。
「それにしても・・・どうして医学部を?それに、ここじゃなくても別の医学部だってあるし・・・。」
「・・・わからないんですか?」
少し口をとがらせて朱夏が言う。
「いや・・・その・・・。」
一瞬しどろもどろしてしまう。
海馬だって理由は解っている。
わざわざ自分と同じ医学部を・・・しかもかなり努力をしてくれたうえでこの成績表を出してきてくれた。
でも、海馬は一階咳払いをしてこう言った。
「コホン!わからないなぁ。ハッキリ言ってくれないと!」
「あ!!!その反応!!・・・もう、いじわる!!」
朱夏が口をさらにとがらせる。
「ごめんね、朱夏?たまには僕も・・・朱夏の口から言ってもらいたいのさ。」
「・・・。」
二人の会話は腹の探り合いが多い。
しっかりした言葉が聞きたくて海馬は意地悪を言った。
朱夏はそう言われて顔を赤くした。
少し困った顔をしてから海馬に向き直る。
「・・・海馬君と一緒の大学に行きたくて頑張ったんだよ?」
上目遣いの朱夏に海馬は鼻血が垂れるかと思った。
「ぶふっ。だめだ・・・。」
(・・・可愛すぎる!!)
目を合わせていられなくなり、空を見た。
「へ!?だめなんですか!?」
朱夏はまさかのダメ出しにショックを受ける。
「いや!!違う違う!!だめってそういう事じゃなくて!!朱夏があんまりにも・・・。」
「!??」
可愛いといいかけて、顔が真っ赤になる。
普段から素直じゃない海馬は口をつぐんでしまった。
「あー!!!言えない!!僕の口からは言えない!!!」
顔を隠して赤面する。
「ふふっ!もう、海馬君何言ってるんですか?」
「ごめん、もう少し・・・素直になりたいんだけど、なれそうにないんだよ。」
いまだに顔を合わせられない海馬を見て朱夏は口に手を当てて笑う。
「うふふっ!どっきり大成功って事ですね?」
「ああ。もう、大成功どころじゃないよ。」
心臓がバクバクしている。
「・・・ねぇ、海馬君?嬉しい?」
「・・・うん。とっても。」
「良かった!」
二人はようやく顔をみて笑いあった。
気が付けばもう商店街に着いていた。
「ここ、だと思う。入ってみよう?」
「はい!」
カランカラン
昔ながらのドアベルが鳴った。
「うわぁ、綺麗だね。なんかレトロって感じ。」
「ええ!私こういう雰囲気とても好きです。」
温かいステンドグラスの光が木漏れ日のように射している。
「お客様、2名ですか?こちらへどうぞ。」
案内され、奥の部屋に移動すると・・・そこには見知った顔があった。
「あ・・・あれ?」
「げっ!?」
心琴と鷲一がどうやらデートの真っ最中だった。
「あー・・・なんでいるの?」
海馬が鷲一を指差す。
「いや、こっちのセリフだよ。なんでいんだよ。」
この二人が揃うと大体うるさくなる。
「朱夏ちゃんも今日修了式だったから遊びに来たの?」
朱夏が心琴の隣の席に座った。
「そうなんです。海馬君って無類のパフェ好きなんですよ?」
「・・・は?」
意外な趣向に心琴と鷲一は顔を見合わせた。
「ちょ、ちょっと朱夏ちゃん!!」
海馬は自分でも似合わないのを知っている趣味を暴露され慌てる。
「に、似合わねぇ。坊主でピアスで・・・パフェかよ!!」
案の定、鷲一は腹を抱えて爆笑し始めた。
海馬は地団太を踏んだ。
「だーまーれ!!!髪の話はするなって言っただろ!?だーもう!だいぶこれでも伸びてきたんだぞ!!」
「1cmくらい?」
「1.5cmだ!」
「変わんねぇよ!!」
二人の言い合いをよそに心琴と朱夏は涼しげな態度でメニュー表を見る。
「お二人はもう注文しました?」
「え?ううん。これからだよ?」
「それでしたら・・・これ食べてみません?」
「おお!!いいね!!」
「実はですね・・・?」
なにやらコソコソと相談をしている。
「すみませーん!このパフェお願いします!」
心琴は元気に注文した。
「え?あれ?心琴ちゃん、パフェ注文したの?」
パフェ目当ての海馬が鷲一を押しのけて心琴を見る。
「海馬さんも座って座って!!」
心琴は海馬を朱夏の正面の席に誘う。
海馬は言われるがままに座った。
4人で1つのテーブルを囲む。
「え?何を頼んだんだい?朱夏、僕にもメニュー表見せてよ。」
「うふふ。お断りいたします。」
良い笑顔で拒否される。
「え!?なんで?パフェ食べに来たのに!?」
「もう少しだけ、待ってくださいね?」
「???」
「なんだろう・・・嫌な予感がするんだが・・・。」
鷲一はさっきまでメニュー表を見ていたがゆえに女子二人が何をしようとしているか察知した。
「はい。おまち!特大デラックスパフェだよ。」
店主のおじいちゃんが持ってきたのは超巨大パフェ。
「高さ50cmで、総重量8kgだよ。」
そこには下からクリームやらアイスやらポッキーやら果物やらロールケーキやらが所狭しと山積みにされている。
「う・・・うわぁぁぁぁ!!!!!」
「おいしそう!!!」
「子供の頃からの夢がかなった気分だよ!!」
皆が歓声を上げる。
「・・・これ、食いきれるのか?!」
甘い物がそこまで得意でない鷲一だけが口をへの字にした。
朱夏はスプーンを配り終わると海馬に向き直る。
「海馬君?」
朱夏が心琴は目配せをする。
「「退院、おめでとう!!」」
「え!?あ!ありがとう!!!!」
突然の祝福に海馬は驚いた。
よく見るとパフェにはチョコプレートが飾ってある。
そこには、【海馬君、退院おめでとう!】と書かれていた。
「ふふっ。このデラックスパフェ、実は予約してあったのです!」
「な・・・まじで!?!?」
相変わらず手配ごとになると完璧な朱夏に驚くばかりだ。
「でも、二人で食べるには大きすぎましたし心琴さんと鷲一さんがいてよかったです!」
「まって、二人で食べるつもりだったの!?一人4kgの計算だよ?!」
フードファイト並みの量を食べさせられずに済んで海馬は少し胸をなで下ろす。
「それでも、一人2kgか・・・。」
鷲一は既に気持ち悪そうな顔をしている。
「強敵だね!!」
心琴が意気込む。
「大丈夫です!私達の力を合わせれば何とかなりますよ!」
「いや、それはパフェに対して言う言葉じゃないよね!?」
朱夏がかっこいいセリフを吐くがすかさず海馬に突っ込まれる。
「あははっ!でもさ!今回の事件だって、みんなで力を合わせたから無事に解決できたことだし・・・!」
「違いないぜ。また何かあってもみんなで乗り切ろうな。」
心琴と鷲一が上手く話をまとめた。
「まぁ・・・何もないのが一番いいんだけどね・・・。」
ため息交じりに海馬は肩をすくめる。
「ふふっ!まぁまぁ、話はここまでにしましょう?」
徐々にパフェのアイスが着ている溶けてきている。
「それでは、いただくとしようか!!」
「せーのっ!!」
「「「「いっただっきまーす!!」」」」
レトロなカフェでみんなで食べるパフェの味は格別だった。
こうして今回の幽体離脱事件は幕を閉じた。
夏休みが明日から始まる。
(こんな日々がずっと続けばいいな。)
心琴は仲間と笑いあうこの時間をとても尊く感じるのだった。
おしまい
こんにちは、いもねこです。
今回もこの作品を読んでいただき本当にありがとうございました!
皆さんの応援のおかげで、何とか今回も毎日投稿することが出来ました。
いやぁ、今回は朱夏&海馬メインのお話でしたね!
しっかり者だけど頑固で天然が入ってる朱夏と、ひねくれもので素直に言葉が出てこない海馬のやり取りを考えるのがとても楽しかったです!
実は、この「ですけど!」シリーズ、まだまだ続きそうです。
もし気に入っていただけたら評価やブックマーク、コメントなど宜しくお願い致します。
それでは、また次回作で会いましょう!
では。
あなかしこ。




