第3章 快気祝い
「鷲一の退院をお祝いしてー・・・」
「「「かんぱーい!」」」
カンカンという音が鳴り響く。
皆がソファだの食卓など好きなところで好きな缶ジュースを飲んだ。
「ぷはー!美味しいね!」
7月も中旬、そとはうだるような暑さが続いている。
冷えたジュースは最高に美味しかった。
「いいなぁ、鷲一は。僕はまだ2週間は病院だって・・・。」
しょぼしょぼとした顔で海馬が嘆く。
「死なずに済んだだけ良かったじゃないですか!本当に心配しましたよ!」
海馬が病院へ運ばれた時のことを思い出して朱夏は困った顔で笑った。
「それにしても・・・普段親父と2人暮らしだから不自由してないが・・・狭いな。」
リビングにみんなが入るとぎゅうぎゅうだ。
「ふふっ!これはこれでとても楽しいです!」
朱夏はあまり感じたことのない距離感を楽しんでいるようだ。
「いやぁ、朱夏ちゃんの家は規格外だからね・・・。」
「確かに。朱夏の家と比べられるとキツイもんがあるな。」
街一番の大富豪は伊達ではない。
朱夏の家は家というよりかはお屋敷に近いのだ。
「それはそうと、連覇少年は?」
いつもの元気な坊やが今日は見当たらない。
「連覇、今日、おでかけ。家にいなかった。」
エリは少し寂しそうにした。
あれ以来、年の近い連覇とエリは仲良しだ。
「そういえば、エリちゃんも連覇君と同じ学校に通い始めたんだって?」
「うん!学校、はじめていく!楽しい!」
エリがこうして笑って話せるようになったのもあの事件以降のことだ。
学校へ行くというのも初体験だ。
エリの笑顔を見ると、心琴は嬉しくてたまらない。
「よかったよかった!」
心琴がエリの頭を撫でる。
「うん!みんなが「恐怖催眠」といてくれたから!ありがとう!」
エリの言葉に神妙な空気が流れた。
「恐怖催眠・・・かぁ・・・。あれって、一体何だったんだろうね。」
海馬がボソッと呟く。
鷲一とエリは長年、叔父により催眠術にかけられていた。
恐怖心を煽って言う事を聞かせる催眠術。
それが恐怖催眠だった。
「恐怖催眠・・・。あれは・・・スキルです。」
エリが下を向いて話し始める。
みんながエリの話に注目する。
結果的な状況こそ知っているものの、4人が分かっていることはとても少なかった。
「スキル・・って何??」
みんなが顔を見合わせた。
「そうですね・・・エリ、いい機会なので順を追って説明してもらってもいいですか?」
朱夏は優しくエリに語りかける。
エリもゆっくり頷いた。
「私の能力、なまえ、デジャヴ・ドリームっていう。」
「え!?名前なんてついてたの!?」
心琴は思わず驚く。
「私、周りの人の不幸の未来、夢で察知する。同じ夢繰り返せる。他の人に夢見せて、生き残れば記憶引き継げる。」
先日まで毎晩のように見ていた悪夢。
50人近い人が脱線事故の電車にひかれて死ぬ未来を変えられたのは、エリのおかげだった。
他でもないここにいるメンバー全員が何も知らなければ死んでいる人間だったのだ。
「僕らが悪夢を繰り返し見ていたのはエリちゃんのおかげなんだよね。」
「皆が叔父に殺されずに済んだ。本当にありがとう。」
みんなが優しい顔でエリに微笑んでいる。
「ううん。私、未来がいい方向に変わったの初めて。みんながいてくれたから。」
えりはいい笑顔で笑うのだった。
「そういえば、夢で人が泡になっていくのって何だったんだ?」
ふと思い出したように鷲一はエリに聞いた。
「あわ?・・・ああ。私の夢は、夢の不幸に関係のある人を呼べる。不幸に近い人夢に残れる。関係性の低い人、泡になった。」
「え?つまり・・・エリの夢は「不幸がある人」しか見れないって事?」
心琴は難しい話は得意ではない。
「基本的にはそう。未来が変わらない人は夢にいても、魂呼べてない。私、空っぽの人、「夢の住人」呼んでる。生き残ってても記憶ない。」
「なるほどなぁ。」
推論こそしていたものの初めて聞く情報ばかりだった。
「私の能力広範囲。でも細かいことできない。「不幸がある人」それと「不幸を起こす人」・・・つまり犯人も、夢にきてしまう。」
その言葉に皆は顔をしかめた。
「事件を起こそうとしている人・・・犯人こそが一番不幸に関係している人って事かい?」
「そういう事。」
「ってことは・・・もし犯人である叔父が脱線事故に巻き込まれて死んでいなかったら記憶が保持されてたって事か!?」
あの脱線事故の規模は叔父にとっても想定外だったのだろう。
夢では脱線地点から少しだけ離れた駅の広場でお面屋をしていた。
「犯人、被害者、どっちにしても、生きてれば記憶を引き継いて、死ねば引き継がない。」
「ある意味、幸運だったね。」
心琴はあの叔父が夢の記憶を引き継いでいなくて良かったと心底思った。
叔父は異常な身体能力を持つ男だった。
ボディーガードの三上が途中から仲間になったがそれでも戦闘能力は劣っていた。
「次はアイツ・・・和弘の能力。」
「和弘って・・・俺の叔父な。」
鷲一が念のため注釈を入れる。
「アイツの能力「スティール・スキル」。」
「さっきも言ってたけど、スキルって技術っていう意味だよね?どういうこと?」
心琴が人差し指を顎に着けて首を傾げた。
「スキルは努力で出来るようになる、技術のこと。鷲一や心琴、誰でも、練習すればできる。」
「うーん・・・なんとなくわかるようなわからないような。」
心琴はイマイチぴんと来ていない。
「剣術、馬術、催眠術・・・人間が努力で得られる術って事ですか?」
朱夏が解りやすくまとめてくれる。
「そういう事。アイツ、スキルだったらなんでも見て吸収できる。」
「何だそりゃ・・・。最強すぎるだろ。」
常識を逸脱しすぎている情報に呆れるしかない。
「でも、確かに思い当たる節はあるよね。」
「銃を避けたよね。」
「格闘技も強いように見えました。」
「ナイフの動きや足の速さ、身体能力も異常だった。」
思い出せば出すほど、納得がいく。
「僕らはとんでもない奴を相手にしてたんだね・・・。」
生唾を飲んだ。
生き残ったのが本当に奇跡に近かった。
「それと・・・。アイツ、自分が吸収できない能力を持つ人間を集めた。アイツ、それでボスのお気に入りになった。」
「は?」
一同はエリの言葉に凍りつく。
「え、まって!?ボスって・・・仲間がいるの!?」
てっきり、単独犯だと思っていた。
「アイツ、幹部の一人。幹部、全部で4人。ボス違う。」
嫌な予感が全員を包み込んだ。
明らかに自分達の身の丈に合わない相手を敵に回した事を察知した。
「や・・・やばいんじゃない?」
「俺ら組織の幹部を一人倒したって事だよな・・・。」
「ええ。エリがまた狙われる可能性もありますわ。」
皆が顔を見合わせた。
「・・・エリちゃんはボスを知ってるの?」
海馬がエリに聞くがえりは首を横に振った。
「私たち実験体。ボスに会うなんて無理。番号管理されてた。部屋から出れなかった。私D-15。」
「ああ。なんか被験者番号みたいなのあったな。」
海馬の父さんから借りたメモはすでに返してしまっている。
今となってはみんなに見せることはできないが、その内容は軽く話してあった。
「確かにエリのことを叔父もそう呼んでたな。」
「番号で呼ぶなんて本当にどうかしています。」
エリを妹のように可愛がっている朱夏からしたら腹立たしいことこの上ないのだろう。
「ボス、アイツに実験体を集めるように指示した。アイツら、私たち能力者「パラサイト」呼んでた。」
「パラサイト??寄生虫?っていう意味だった・・っけ・?」
海馬があいまいな記憶を確かなものにすべく質問する。
「わからない。」
「さぁ?」
しかし、海馬の疑問に鷲一も心琴も首をかしげる。
「あー・・・君たちに聞こうと思った僕が馬鹿だった。」
海馬は二人から目を逸らしてそう言った。
「あ!ひっどい!!」
「うっせーよ!」
馬鹿2人は口を尖らせる。
そんな中、朱夏が人差し指を立ててすらすらと答えてくれた。
「海馬お兄ちゃん。パラサイトは確か寄生虫とか、あと居候なんていう意味もあったはずですよ!」
「あ、やっぱりそうだっけ?ありがとう、朱夏ちゃん。」
海馬は素直にお礼を言う。
「おおお!さすが朱夏ちゃん!あったまいい!」
心琴も同じ高校へ通っているはずなのに、学力は雲泥の差だ。
「えへへ。最近勉強頑張っていますので!」
目の前でちょっとガッツポーズをしてみせる。
「そうなのか。朱夏ちゃんは偉いな。もう、進路は決まったのかい?」
海馬は何気なく進路について聞いてみる。
「ふふっ、内緒です。今のままじゃ学力が足りなすぎて笑われてしまいます。だから、特に海馬お兄ちゃんには内緒です。」
そう返されて海馬はキョトンとするのだった。
「そっか・・・普通だったら進路とか、そういう話になるんだな・・・。」
みんなの話を聞いて鷲一は少し寂しそうだ。
「鷲一は・・・そのまま就職するつもりなの?」
「・・・ああ。それしか選択肢がねぇからな。」
今まで学校というものにほとんど行けていない鷲一にとってはこの手の話はうらやましい話でしかない。
鷲一は受験どころか、中学生の勉強からしなくてはならない。
そんな雰囲気を察して、心琴は違う角度から話題をふった。
「じゃぁさ!もし大学とか行けるんだったら何勉強したい?」
「あー・・・考えた事なかったな。」
そう言いつつ、鷲一は自室の方を見やる。
その視線に気づいた心琴はその自室を覗いてみたくなった。
「ここ、鷲一の部屋?」
「あ?・・・ああ。」
「見てもいい?」
興味本位で心琴は扉に向かう。
「え!?・・・何で!?」
鷲一は突然のお部屋訪問イベントに慌てた。
「私も興味あります!!」
「エリも!」
女の子3人は普段見ない男子の部屋に興味津々だ。
「こ、こら。二人ともダメだよ!やめとけって!」
珍しく海馬が3人を止めようとするが、意外な返事が返ってくる。
「見てもいいけど、なんもねぇぞ?」
そして、扉の前に立つと普通に扉を開いた。
「・・・え・・?」
思っていた男の子の部屋とはかけ離れた部屋が目の前にあった。
扉を開けた瞬間ふわっとした油の匂いが漂う。
所狭しと置かれているのは様々な絵が描かれたキャンバス。
ざっと30枚はある。
油絵の具で書かれた絵には、風景だったり、果物だったり、女の人だったり。
鷲一の普段の荒さからは想像もできない繊細な絵画が並んでいたのだ。
「これは・・・。鷲一が書いたの!?」
心琴は目を丸くした。
「・・・ああ。」
照れ隠しに頭をボリボリかきながら鷲一ら小さく頷く。
「す・・・すごい・・・。」
「どこかの画家さんの絵かと思いました。」
どれもこれも写実的に描かれた油絵は美術館でしか見たことがない。
「鷲一すごいすごい!」
「上手っ!おま、これ。どう考えてもすごいじゃないか!」
思っても見ない才能に海馬までもが鷲一を褒めた。
「あー・・・まぁ・・・さんきゅ。今まで人に見せた事なかったから。なんつーか、嬉しいもんだな。」
友達なんて今まで存在しなかった。
ましてやこんな形で人から褒められたのは初めての経験で、鷲一はどう反応すれば良いのかさえ分からなかった。
「勿体無い!これ、売れるぜ。まじで。」
海馬はこういう男だ。
「うらねーよ。ばぁか。」
鷲一は海馬の提案を一蹴する。
「なっ!!!バカってなんだ!絵だって売れればすごい額になるかもしれないじゃないか。」
「大事な作品だもん。売るのなんて勿体無いよね!」
心琴はそういうが鷲一は違う意味で売らないつもりでいた。
「売れるわけねぇだろ。こんな絵。ってか、こんな絵なんて誰でも描けるだろ!?」
当たり前のように言うが海馬と心琴は首を横に振る。
「・・・普通無理だよ?」
「はぁ!?そんな事ねぇって!」
意外な反応に鷲一が慌てる。
「いや、僕にも無理だな・・・・。」
「・・・!」
そう言われて鷲一の耳が真っ赤になる。
「もっと誇っていいと思うよ?」
心琴の笑顔に鷲一はやっと素直になった。
「あ、・・・ありがとう。」
「あはは。鷲一、耳まで真っ赤!」
「う、うっせーよ!!!」
「あははは!!鷲一、照れるとすぐ耳が赤くなるよね!」
皆んなが笑いあっていた。
それを不思議そうな顔で朱夏は首を傾げた。
(もしかして・・・さっき何を勉強したいか心琴ちゃんに聞かれたた時こちらの部屋を見たのって・・・。)
照れている鷲一を他所に朱夏はあることに気がついたのだった。
(ふふっ。色々と忙しくなるかもしれませんね。)
お嬢様は心の中で良いことを思いつくのだった。