第28章 犠牲
エリの予知夢を回避しようと今まで足掻いてきたはずだった。
それでもなお、エリの目の前で死神は町の全域に届くほどの大きな赤い鎌を振りかざす。
エリの悪夢は現実となってしまった。
「いやああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
エリの悲鳴が響き渡る。
「うそ・・・でしょ・・・?」
杏も首輪が緩んだ事実に愕然とした。
「う・・うわぁああぁあぁぁん!!!」
連覇は泣きじゃくっている。
そんな3人を余所に桃は前の笑顔で魔女に近づいていく。
「ねぇ、ママ?私の事・・・さっき最高傑作って言ってくれたぁ?」
「もちろんだよ、あんたのおかげで死神がやってくれた。これで・・・町の人は皆殺しだね!私はあの人に認めてもらえる!!」
魔女は恍惚の笑みを浮かべた。
そして、それを聞いた桃は途端に作り笑いを辞めて、魔女に唾を吐きかけた。
ベチャっという音と共に、靴に唾が付く。
「な・・・何をする!?」
魔女が桃をにらみつける。
「それを聞いて安心した・・・。」
そういうと、桃はポケットから首輪をとりだして自分の首につけたのだ。
「・・・・へ?」
光は魔女の首に飛んでいく。
魔女の首にぐるぐる巻きになった光の線を見ると桃は倒れたままの心琴と朱夏の方を向いた。
「・・・なに・・・を?」
魔女は何をされるかわからず困惑する。
「心琴ちゃん。朱夏ちゃん・・・私と友達になってくれるって言ってくれて・・・嬉しかった。」
「・・・え?」
エリが思わず聞き返す。
けれども、桃は何も言わない。
「ママ・・・私ね・・・それでもママの事一番大好きみたい。だから・・・。」
「私と・・・一緒に死のう?」
手には小さな静電気ボールができる。
「そんな小さな光で一体何をするんだい!?」
その弱弱しい光で、桃は自分の体に静電気ボールを当てた。
ーパチン
小さな音が鳴り響く。
けれど、その小さな静電気は首輪を伝って・・・魔女の体にも「帯電」したのだ。
「・・・へ?」
魔女は何をされたのか分からなかった。
「イジェクト・ソウル・・・。」
魔女の魂も他の人と同じように光を帯びる。
皆既日食はまだ終わっていない。
魔女の魂が体から引き離された。
桃の体からも魂が引き離される。
魂が引き離された魔女と桃の体は原っぱにドスンと転がった。
「何をするんだ!!!」
霊体になった魔女が叫ぶ。
「・・・死神。お願い。私も一緒に・・・。」
「ああ。」
死神は赤い鎌を持ってゆっくりと魔女に近づいた。
「ま・・・待って?!まさか!!!」
エリは、桃が何をしようとしているのか理解した。
「・・・スピリット・リッパー。」
死神は手に赤い鎌を構える。
「行くぞ!」
死神の目が赤く光った瞬間、真横から突進する影があった。
「まってえええええええ!!!!!!!!」
「待ってください!!!!!!」
二つの影に死神は押し倒された。
「な・・・!?何!?」
死神を押し倒したのは・・・心琴と朱夏だった・・・。
「え・・・?」
一番驚いたのは死神だった。
自身のスピリット・リッパーは間違いなく町を切ったはずだった。
手加減もしていないし、生きているはずなんてなかった。
戸惑う死神が疑問を口にする前に霊体から罵声が飛んできた。
「なぜ生きているんだ!貴様ら!!!!!!」
霊体になった魔女の声はヒステリックだ。
「解んない!!!解んないけど生きてる!!!」
心琴が元気よく親指を立てる。
「桃を殺すのはやめてください!!!」
朱夏は桃の魂を守るように立ちはだかる。
「ああ?桃自身が殺してくれって言ったんだぜぇ?」
その様子に死神の口が逆三角形になる。
「そうよ!私、ママと心中する!!」
「そんなの・・・!!許さない!!」
「だめ!絶対に!!私達と生きるんだよ!!」
桃の涙の訴えを心琴と朱夏は瞬時に却下する。
「死神・・・そこは空気を呼んで魔女だけを殺すところなんじゃないかい?」
ゆっくりと起き上がった海馬はいつものふてぶてしい笑みを浮かべてそう言った。
「そうだぜ。桃を殺したって誰も喜ばねぇぞ?」
鷲一が後ろから死神の肩を組む。
「て・・・てめぇえら!!」
海馬と鷲一の出現にまたもや驚く。
しかも、殺し損ねた4人は先ほどよりも全然元気に見えた。
「何が起こったんだ?」
死神が呆然としていると桃の魂が近づいてきた。
「それはね・・・?」
桃が言いかけた時、魔女の恐ろしい声が再びとどろいた。
「おい。死神・・・まだ私は死んでいないぞ・・・?」
「!!」
恐ろしく低い声が霊体から響く。
「誰でもいい。すぐに殺せ。30秒以内だ。」
「!?!?」
そう言われたとたん、杏の首が絞まり始める。
「なに!?まだこの期に及んでも効果があるのか!?」
鷲一が死神からバッと離れる。
「皆走れ!!」
海馬の号令でみんなが逃げ始める。
「くっ!!30秒!?」
死神は鎌をだして構えるが皆はどんどん走り去っている。
そして一番逃げるのが遅い連覇を捕まえた。
いや、捕まえてしまったというべきだった。
「15秒経過!」
「ぐっ!!!」
死神が連覇を切るため体の中から魂の線を引っ張り出した。
「うわぁ!!!」
連覇は声を上げて驚いたが、それ以上一切抵抗をしなかった。
死神にも理由が解って躊躇してしまう。
「くそが・・・。」
「早く切りなよ!!!」
連覇は死神にそういった。
その目は首を絞められて苦しむ杏を見つめていた。
死神はそんな連覇を切ることが出来なかった。
「あと10秒!!!」
響く魔女の怒号。
「できねぇ!!!杏とあれだけ仲良くしていた奴・・・切れねぇ・・・。」
死神が首を横に振る。
「だめだよ!!早くしてよ!!!」
杏の首が閉まり手が脱力していく。
「5!!!」
「にぃ・・ちゃ・・・切っちゃ・・・ダメ!」
「4!!」
「連覇は・・・私の・・・友達なの。」
杏の苦しそうな声が聞こえる。
「3!!!」
「死神・・・杏を守って!早く!!」
連覇も死神を急かす。
「2!!!」
「う・・・うおりゃあああああああああああああ!!!!!」
そして、死神はついに覚悟を決めた。
「1!!!!」
「スピリット・リッパァァァァ!!!!!」
死神が切ったのは・・・死神自身だった。
死神の魂は体から離れ空に向かって飛んでいく。
「え・・・?死神・・・?」
連覇は予想外の自決に唖然とした。
死神が死んだ事で・・・杏の魂も道連れに飛んでいく。
「杏・・・ちゃん・・・?」
光る二つの球を涙にぬれた目で見つめる。
「嘘・・・だよね・・・?」
連覇はこの状況を理解できないでいる。
二つの魂は寄り添った。
「・・・。わりぃ・・・杏。」
「ううん。これで良かったの。ずっと・・・一緒だよ。お兄ちゃん。」
「・・・ああ。」
死神と杏の声があたりを包んだ。
「まって・・・!杏!!死神!!!」
連覇は手を伸ばして叫ぶが、2つの魂は徐々に天に昇っていく。
それはとても穏やかな風景だった。
「杏ちゃん・・・杏ちゃん・・・!!!!!!」
連覇の目から大粒の涙が零れ落ちた。
エリも連覇の肩にそっと手を置いた。
「はぁん・・・。これは飛んだ失敗だ。手ごまが・・・減っちまったねぇ。」
霊体の魔女はそんなことをつぶやく。
「てっめぇ・・・。」
鷲一は怒りをあらわにするが相手は霊魂。
何一つ手が出せない。
このままでは、皆既日食が終われば再び魔女が動き出してしまう。
霊魂は能力者である死神にしか触れることはできないのだ。
「どうしたら良いの・・?」
焦る気持ちとは裏腹に、誰も何もできることがなかった。
皆既日食が通り過ぎるまであと時間はわずかしか残されていない。




