第27章 皆既日食
「桃・・許さないよ。あんたは・・・私の最低傑作だよ!!!!」
魔女が顔をゆがませている。
「あぅ!!うぐ・・・。」
体中が切り傷にまみれている桃が部屋の壁際まで追い詰められていた。
死神が静かに桃に近づいてくる。
「キャハッ・・・流石に・・・もう無理かも。」
目を細めて、ぼやける死神のシルエットを眺める。
赤い閃光がこちらへ向かって来る。
静電気を作りたくても、もう体力がなく何も出てこない。
「きゃぁぁぁぁ!!!!」
桃は殺される覚悟をした。
けれども、体に感じたのは横一直線の閃光ではなく・・・誰かがぶつかって押し倒されたような衝撃だった。
「きゃっ!!!」
桃は小さく悲鳴を上げた。
「はぁん・・・ここに戻ってくるなんて・・・大した度胸じゃないか。」
そこには・・・桃を押し倒した朱夏の姿があった。
「しゅ・・・朱夏・・・ちゃん?」
「助けに・・・きました・・・はぁっ・・・はぁっ・・・。」
全速力で走ってきた朱夏は息が整わないまま、桃の手を掴んで体を起こす。
「どうしてきたの!?死んじゃうかもしれないのに!!!」
桃は信じられないものを見るような目で朱夏を見た。
「・・・友達・・・だからです。」
「え・・・?」
「さっき・・・友達になったから・・・です!行きますよ!!!」
そういうと繋いだ手とは反対の手に持っていた砂を死神の目にかけた。
「な!!なんだこれ!!」
死神は思わず目を瞑った。
「流石に丸腰よりましかなと思って外の砂を握って来たのですよ。」
死神の目が開けられない隙に朱夏は桃と走り出す。
鉄の扉をくぐり、全速力で廊下を走って・・・。
「外・・・だ・・・!!!」
二人は暗くなっていく外へ駆け出した。
「まてやごらぁ!!!!!」
「死神!!!早く後を追うんだよ!!!」
後ろからは魔女の怒号が聞こえる。
結構距離を離したつもりだったが走り出した死神はとても速い。
「桃!!!こっちです!!!」
二人は草むらを手をつないだまま駆けていく。
「ね・・・朱夏・・・?」
走りながら桃は言う。
「はぁっ・・・はぁっ!!何・・です・・か!?」
普段からそんなに走る事のないお嬢様は息絶え絶えに返事をする。
「私・・・謝れないかもしれないから・・・伝えておいて欲しいの。」
「え・・・?」
朱夏が桃の顔を見ると真剣な表情だ。
「三上さんにもひどい事してごめんねって。」
「はぁっ!!!はぁっ!!!そういう・・・ことは!!!自分の口からきちんと言いなさい!!!」
子どもを叱咤する親のように、朱夏は桃に言った。
「私、絶対あなたを・・・見捨てないから!」
「・・・うん!朱夏・・・本当は優しいんだね。」
桃の目には涙が溜まっている。
「もう・・・「本当は」は余計です!」
朱夏も少し笑いながら草原をかけていく。
しかし、歩みを進められたのはそこまでだった。
死神からの赤い一閃が地面を抉る。
「きゃぁぁぁ!!!!!!」
二人は衝撃で吹き飛ばされ・・・強くつないだはずだった手もあっけなく離れて行くのだった。
◇
「きゃぁぁぁぁ!!!!」
少しずつ歩みを進めていたほかのメンバーもこの悲鳴を聞いた。
「今のって・・・!!!」
「朱夏ちゃんの悲鳴だ!!!!」
その悲鳴はボロボロな海馬の体を突き動かすには十分な原動力となった。
「朱夏!!!!」
海馬は一直線に草原を駆け抜けた。
そこには、抉れた地面と、倒れている朱夏と桃の姿があった。
「しゅか!!!!!」
海馬は血相を変えて駆け寄り朱夏を抱きかかえた。
「朱夏!?朱夏!?お願いだ、生きててくれ・・・!!!」
腕に抱えた朱夏はすぐに目を開けた。
「か・・・海馬・・・お兄ちゃん?」
大した怪我もないのに抱きかかえられて朱夏は顔を真っ赤にした。
「どこも怪我ない!?大丈夫!?」
「え・・・ええ。大丈夫・・・です。」
海馬は朱夏の体に大怪我が無い事を確認すると、腹の奥から息を吐いた。
「よかった・・・。焦った・・・。マジで・・・。」
心の底から安堵する海馬に朱夏は少しだけ笑った。
けれども、二人のすぐ後ろには魔女の影が迫っていた。
「何が良かったんだぃ?はぁん!?」
その手には先ほどの地下牢にあった血濡れのナイフ。
刃先は海馬と朱夏に向かっていた。
「げ・・・。」
海馬は朱夏に気を取られ過ぎて、ナイフを避けれない距離にまで魔女が近づいていた事に気が付かなかった。
「死ね!!!」
海馬は咄嗟に朱夏に覆いかぶさった。
「きゃぁぁ!!!!」
「うわあああ!!!!」
二人は声をそろえて叫んだ。
その時、何かがすごいスピードで通過した。
ーパチン!!
ナイフは小さな破裂音と共に海馬と朱夏の真横の地面に突き刺さった。
「桃・・・とことん邪魔をする気だね!!!!」
桃は土壇場で小さな静電気ボールを作りナイフを弾いたのだ。
「間にあった!!!」
「桃ちゃん!!」
桃は親指を立てて朱夏に合図する。
「た・・・助かった?」
海馬も横目でナイフをみながら言う。
しかし脅威は全然去っていない。
「まだだぜぇ!?」
今度は死神が鎌を振り下ろそうとしている。
「やめてえええええ!!!!!!!」
そこに、心琴、鷲一、エリ、連覇、が駆けつけた。
「海馬、これ、受け取れ!!!」
エリが海馬に投げつけたもの、それは以前、鷲一が倒れた時に鞄に入れたあの静電気除去スプレーだった。
海馬はエリからのスプレーをキャッチして死神の顔めがけてまき散らした。
「く・・・くらえ!!!」
プシュー!!!
急に表れた催涙スプレーもどきを死神は顔面で食らった。
「痛てぇ!!!!どいつもこいつも!!目ばっか狙いやがって!!!!」
死神はよろけるとドスンとしりもちをついた。
その時だった・・・。
世界が急に暗くなった。
太陽の日差しは月の影に飲まれていく。
皆既日食が大詰めを迎えたのだ。
突然、操り人形の紐が切れたように海馬と鷲一が倒れた。
「え・・・?」
エリはこの光景を見たことがあった。
「う・・・うそ・・・。そんな・・・。」
予知夢の皆既日食の時とまるで同じ倒れ方だ。
慌てて空を見る。
そこには夢と同じ状態の皆既日食がある。
ほぼ、太陽のすべてが月に隠れてしまったのだ。
「あっ!!!」
「ぅ・・・。」
心琴と朱夏も続けざまに倒れてしまう。
それを見たエリは絶望した。
「ウ・・・嘘だ!みんな、頑張った!!あと少し・・・逃げ切れる、のに・・・。」
エリも膝から崩れ落ちた。
皆の魂がぼんやりと宙に浮いていくのが見える。
「このまま・・・死神に全員殺されるの・・・?」
連覇もそんな言葉を口にした。
「これって・・・何!?何が起こってるの!?」
聞き覚えのある声が聞こえて連覇はあたりを見回した。
そこに現れたのは杏だった。
杏を見た連覇は駆け寄ってこの惨状を訴える。
「杏!!死神が・・・町の人全員を殺そうとしているの!!!やめさせて!!お願い!!」
泣き出しそうな連覇の叫びに、死神は眉をしかめた。
「やめさせられるのは・・・杏だけだよ!!」
「お・・・お兄ちゃん・・・。本当なの!?」
遅れて走ってきた杏がその言葉に絶句した。
「お願い・・・お兄ちゃん・・・。そんな事やめて!!!」
今までも沢山の人を殺めてきたが杏には何一つ話したことは無かった。
「・・・わりぃ・・・。杏。」
死神はぼそっと謝った。
「俺様ぁ・・・それでも・・・杏、お前を守りてぇんだ・・・。」
「いやだよ!!そんな事してまで私、守られたくない!!!」
それは、こう言われるのが解っていたからだ。
杏の性格から考えても、辛いだけだ。
それに対しても死神は自身の中で結論が出ている。
「わかってるよ・・・。これは俺様の・・・自己満足だぁ。」
「!?!?」
「他の全てを失った俺様が・・・杏だけは守れてるって思いたいのさぁ。」
死神の手は血で真っ赤に濡れている。
「そうじゃないと・・・俺様の心がとっくに・・・潰れそうなんだぁ。」
死神の赤い涙が零れ落ちた。
「死神・・・。」
連覇も死神の辛さを垣間見た気がして黙ってしまった。
「何をしているんだい!?死神!!早く!!!早くスピリット・ソウルを使って町の人間を抹殺しなさい!!!」
魔女が怒号を上げる。
それを境に杏の首が絞まり始めた。
「・・・っ!!!」
杏はできるだけ叫ばないように唇をかみしめた。
「私・・・一人・・・死ねばいいなら・・・その方が百倍マシ!!!」
気丈な妹だ。きっとそう言うのは解っていた。
「杏・・・。」
けれど、首が絞まっていく杏を実際に目の当たりにすると死神は動けなくなってしまった。
「だから・・・っぐ!!お願い!!」
杏の切実な想いが死神に伝わってしまうから・・・。
「お願いだから!!町の人を殺さないで!!!!」
杏は普通の涙をこぼしてそう叫ぶ。
その想いは死神の鎌を鈍らせ動けなくする。
しかし、思ってもみない方向から、思ってもみない叫び声が聞こえて死神は我に返った。
「死神!!!!スピリット・リッパーを使いなさい!!!!!キャハッ!!!」
桃だった。
「ああ!?なんでてめぇが指図すんだぁ!?」
眉間にしわを寄せて「部外者」を威嚇したつもりだった。
「良いから!!!早く!!杏ちゃんが死んじゃう!!!!」
必死の桃の顔を見て死神は別の何かを感じた。
「!?!?」
もう、声も出ない杏を一瞥する。
「死神・・・一度だけ・・・一度だけ私を信じて!!!」
桃は・・・こんな土壇場で死神に向かって笑った。
「・・・そうするしか・・・なさそうだぜぇ!!!!!」
赤い鎌はぐんぐんと空を突き抜けて伸びていく。
それは雲をも突き抜ける大きさになり・・・夢で見たのと同じ大きさにまで達した。
「やめて!!!やめてええええ!!!!」
エリは泣いて叫ぶ。
「桃・・・!?やっぱり・・・私の最高傑作だねぇ。」
まさかの桃の後押しに魔女は笑顔になった。
「いくぜ!!!!」
死神が桃に合図する。
桃は静かにうなずいた。
「超特大!!!!ソウル・リッパー!!!!!!」
一本の赤い閃光が町を駆け抜けた。
それを見たエリは膝から崩れ落ちるのだった。




