第26章 桃の決意
「私、ママの娘・・・やめちゃった!」
「桃・・・?」
桃は心琴に振り向くと少し寂しそうに笑って見せた。
「ねぇ、桃・・・もし良ければ・・・・。」
心琴がそう言いかけた時、憤怒した魔女の口から命令が下された。
「死神・・・ここにいる全員を殺しなさい。」
「ぜ・・・全員!?桃は!?貴女の娘でしょう!?」
心琴は驚いて声を上げる。
「その私の娘を辞めるんだろぉ!?はぁん!?」
その表情に愛情など1ミリもない。
「・・・ママ・・・。」
心琴は桃の顔が悲しみに暮れていくのを見ていられなかった。
「ねぇ、桃!!私、桃と友達になってあげる!!!」
心琴は桃の手を握った。
真剣な笑顔に桃はキョトンとする。
「え・・・いいの!?」
悲しみでゆがんでいた顔は少しだけ笑顔を取り戻す。
「ちょっと心琴ちゃん!?」
けれども、朱夏は昨日の拷問を許せていない。
「昨日その子にされたこと、忘れちゃったの!?」
もちろん心琴だって拷問をされたことを忘れたりはしていない。
朱夏がそのことをものすごく怒っていることも知っている。
それでも、心琴は桃を一人にしたくなかった。
「さっき、謝ってくれたじゃない?だから、もういいよ!」
「もう!心琴ちゃんはお人好し過ぎますって!」
心琴は困った顔で笑いながら、ちょっとした喧嘩を水に流すように言うのだ。
その様子に朱夏は口を尖らせる。
「心琴・・・ちゃん・・・ありがとう・・・。」
桃の顔から大粒の涙があふれだした。
本気の涙を見て、朱夏の心は少し揺れた。
桃は下を向いて真剣な声でつぶやいた。
「本当は・・・本当はね?拷問なんて好きじゃないんだよ?」
「え!?」
朱夏はその言葉に驚きを隠せない。
朱夏の目にはとても楽しそうに見えた。
心から人を傷つけるのが大好きな異常者だと思っていた。
「ずっと・・・ママに好かれるために・・・無理して・・・楽しいふりして・・・。だって、ママと同じじゃなきゃ、私ママに最高って言ってもらえない!!それに・・・痛めつけが弱いと、私が後で酷い目に遭うの。」
「そう・・・でしたの・・・?」
朱夏はにわかに信じることはできずとも、桃が今嘘をついているようにも見えない。
【桃も、被害者だと思う】
心琴が拷問されたときに言った言葉の意味がようやく朱夏にも分かった気がした。
「だから・・・本当にごめんなさい。心琴ちゃんも、三上も・・・そして朱夏ちゃんも。」
桃が朱夏にも頭を下げた。
「・・・わかりました。」
朱夏は静かに頷いた。
そして、心に折り合いをつける事にしたのだ。
「そういう事でしたら・・・私も桃ちゃんのお友達になりましょう!」
「朱夏ちゃん!!!分かってくれたんだね!」
心琴は安堵して喜んだ。
しかし、心のどこかで全てを呑み込めない朱夏は笑みのままこう追加した。
「ただし!!今の発言が嘘だった場合・・・」
「貴女を絶対に許しません。」
顔は笑顔のままだが、朱夏の目は一切笑っていない。
あまりの威圧感に桃はちょっとだけ心琴に隠れる。
「私・・・朱夏ちゃんはちょっとだけ・・・怖いかも。」
「あ・・・あはは。ある意味最強かもしれないね・・・。」
心琴も肩をすくめた。
「もう、お二人とも?聞こえていますよ?さ・・・逃げましょう!!」
朱夏も桃の手を握る。
「朱夏・・・ちゃん・・・。ありがとう!!」
桃も朱夏ちゃんの手の温かさを感じて笑った。
「はぁん?じゃぁますます・・・私とは決別だね、桃!!!」
「うん!バイバイ!!ママ!!」
桃はすがすがしい笑顔で魔女に決別した。
その瞳にもう迷いはない。
「させるかよぉ。」
そこに立ち塞がったのは死神だった。
「あ・・・やばっ!」
「俺も命令されたからには・・・やらないといけないんでねぇ・・・。」
死神の目は本気だ。
真っ赤に燃える瞳に手には既に鎌が装備されている。
その目を見るなり桃は、朱夏と心琴の手をそっと放した。
「え・・・?」
「桃さん・・・?」
桃は一歩前へ出ると振り返ってこう言った。
「・・・私が死神の相手になってあげるぅ。みんなは逃げて!キャハッ」
いつもの様子で言うが、今までと言葉の重みが違った。
「え?一緒に逃げるんじゃ?!」
心琴は驚いた顔をしている。
「時間を稼いだらそっちに行くから。さぁ・・・早く!!」
桃が初めて見せる真剣な表情に心琴は頷いた。
「う、うん!!!必ず来てね!!!」
「あ!!忘れるところだった!!これ!!三上の・・・手錠の鍵。」
思い出して、一番近くにいた海馬に向かって鍵を投げた。
「!!」
海馬はそれをキャッチした。
死神が一気に間合いを詰めて桃に迫る。
桃も静電気ボールを使って応戦する。
異能力2人の攻防は拮抗しているようだった。
その隙に海馬が慌てて手錠の鍵を外すと、三上はようやく手錠から解放された。
駆けつけた鷲一と一緒に三上を下ろし、鷲一が背中に負ぶった。
海馬は後ろから落ちないように支えながら出口へと向かう。
エリと連覇ははいまだに起きない牢屋で角田を起こしている。
「角田!!!角田!!!お願い!起きて!!!」
「お願いだよおじさん!!早く逃げないとヤバいんだよ!!!」
二人に顔をぺちぺちされ、角田は少しずつ覚醒した。
「ん・・・んぁ・・・?俺・・・気を失ってたのか・・・。」
「角田!!!動けますか!?早くこちらへ!!!!」
朱夏の声がこだました。
「朱夏様!!!ご無事で!!」
「急いで!!!桃が時間を稼いでくれています!!」
目の前では、異常な攻防が繰り広げられている。
赤の一閃と静電気の青白い球がところどころで爆発を起こす。
それは一般人には到底近寄れない領域の戦いだった。
「な・・・なんだこれ!?」
角田はあまりの光景にあんぐりとした。
「早くなさい!!!」
「は・・・はい!!!」
角田が朱夏を叱咤してようやく角田も入口へ移動を始める。
「い・・・いてぇ・・・!!!」
太ももを一直線に切られているためスピードが出ない。
朱夏は見かねて肩を貸しに戻る。
「か・・・かたじけないです。」
「急ぎましょう。」
「はい。」
入口から次々とメンバーが逃げていく。
まずは一番近かった心琴が、
その後に連覇がエリと手をつないで、
鷲一と海馬が三上を担いで・・・
そして最後に肩を貸して何とか走る角田と朱夏が鉄の扉をくぐった。
「くそ!!待てやコラ!!!!」
「よそ見なんてさせないよ!キャハッ!!」
目の前で静電気が破裂する。
「くっ・・・いいだろう!!!!桃、貴様から八つ裂きにしてやるぜぇ!!!」
「!!!」
死神の鎌が鋭く変形する。
「本気で行こうか!!!!」
「キャハッ!桃だって・・・負けられないんだから!!!」
桃も気合を入れなおす。
地下で響き渡る爆発音を背にメンバー全員が建物の外へ脱出成功するのだった。
◇◇
皆が走って草むらをかき分ける。
「はぁ・・・はぁ!!!とにかく・・・三上と角田を車に・・・!!」
海馬は負傷者の保護をみんなに指示した。
「おーい!!!海馬坊ちゃん!!!鷲一様!!」
道路の方から声がした。
「丸尾さん!!!!」
「こっちです!!!」
丸尾は約束通り日の出ごろからこの辺りで待ち続けていた。
「角田!!!それに・・・三上さん!?!?」
血だらけの二人に驚愕する。
「まいったな・・・僕の軽自動車じゃ一度に皆を運べない。」
「はぁはぁ・・・ふ・・・二人を早く・・・三上と角田を病院へ!!!」
朱夏も全力で丸尾に指示する。
「え?!でも・・・皆さんは!?」
丸尾が驚いた表情で聞き返すと、朱夏は真剣な顔でこう答えた。
「まだ・・・友達が・・・中にいるの。私は助けに戻ります。」
真剣な顔でそう言った。
「朱夏ちゃん・・・。」
「・・・。不本意ですけどね!」
ちょっとだけ舌を出して見せる。
「解りました!!すぐに戻ります!!」
気絶したまま意識を取り戻さない三上を後部座席に寝かせ、角田が助手席に座る。
「敵に見つからないように隠れていてくださいね!?絶対ですよ!?」
そういうと丸尾は急いで車を走らせた。
車が去ったのを確認して、朱夏は今来た道を戻ろうとする。
「この中で一番動けるのは私です。」
「え!?一人で行くつもりなの!?」
心琴が驚いた声を上げる。
「少なくとも、心琴ちゃんは怪我がひどいです。連れていけません。」
「まぁ、妥当だね。」
海馬も肩をすくめた。
「もちろん、海馬お兄ちゃんも鷲一さんもですよ!」
「え!?僕らも!?」
「おい、朱夏・・・流石に無理だ。」
海馬も鷲一も難色を示す。
「・・・連覇も動けるよ!!」
「エリだって!!」
可愛い警備隊に朱夏は頭をなでてあげる。
「エリ、連覇君はここで3人を守ってください。」
「朱夏・・・。」
「時間が惜しいです。あと少しで・・・日食です。」
徐々に暗くなる世界に朱夏は焦りを感じていた。
「行ってきます!!!」
「しゅ・・・朱夏!!!待つんだ!!!朱夏!!!」
海馬は慌てて止めたが体が付いていかず止められない。
朱夏は今来た道を駆け戻って行ってしまった。
「ど・・・どうしよう!?」
「行こう、ゆっくりでも追いかけるんだ。」
「うん!!」




