第23章 桃の反逆
「ふ・・・ふざけんじゃねぇぞガキども!!!」
とんだ茶番を見せつけられて魔女が大激怒している。
「私は人が苦しんでるのを見るのは好きだけど、逆は嫌いなんだよ。」
魔女は憤慨してまた一つ首輪を手にする。
「見た目のまんまヒドイ趣味だね!反吐が出るよ!」
急に元気になった海馬に魔女が鼻で笑った。
「そこのお嬢さん。名前は?」
「・・・。」
朱夏は魔女をにらみ返す。
海馬の首輪はすぐに反応し始めた。
「ぐぁ!!く・・・苦しぃ・・・!!」
「さ、早乙女!!早乙女朱夏・・・。」
その様子にすぐに答える。
答えた瞬間海馬の首のひもが緩んだ。
「ガハッ!!!」
「海馬お兄ちゃん!!」
海馬はその場で膝をついた。
「そう、朱夏ちゃん。今から私の奴隷だからね。覚えておきなさい?」
魔女は朱夏に向かって気味の悪い笑顔を向けた。
「こ・・・これは・・・マジでヤバくない?」
海馬は顔を青くして鷲一に言う。
「いまさら気づいたのかよ!海馬のアホ!!」
鷲一はつい全力で突っ込みを入れた。
「桃、牢屋の鍵を開けなさい。エリにも朱夏にも首輪が付いているからね。もう、好き勝手出来ない。」
「はぁい・・・。」
桃はつまらなさそうに檻の鍵を開けた。
「ねぇ、心琴ちゃんは・・・死んじゃった?」
鍵を開けても出てこない心琴を見て桃は朱夏に声をかけた。
しかし、朱夏は睨み返すだけで何も答えなかった。
「・・・ちぇ。つまんないの。」
口をとがらせて桃は死神の元へ戻る。
死神はニヤリとした。
「ずいぶん気に入ったんだなぁ?」
「んー・・・気に入ったのかな?なんでだろ・・・気になるんだ。」
「ふぅん?」
桃がいつもと違うと言う事に気づいたが、死神は適当に相槌を撃つだけに留めた。
「さぁ、出てきなさい、朱夏。」
命令されて朱夏はゆっくりと牢屋を出た。
「ご・・・ごめん。海馬お兄ちゃん。」
膝をつく海馬の横に座り謝る。
けれども海馬は穏やかな顔で朱夏の頭を撫でた。
「大丈夫。朱夏ちゃんはなるべくアイツの命令に従って?」
「う・・・うん。」
朱夏は戸惑いながらも頷く。
その話を聞いて魔女は笑った。
「あっはっは。自分の身が可愛くなったのかい?私がどんな命令をするかも知らないでねぇ。」
「・・・。」
海馬は魔女をにらんだ。
朱夏に向けていた顔とは打って変わった、怒りの表情だ。
「そうやって・・・今までどれだけの人を苦しめたんだ。」
ここまで本気でキレた海馬を朱夏は見た事が無い。
「さぁねぇ。数えて何てられないくらいだね。」
魔女は悪びれた様子もなくそういう。
海馬は血管が浮き出る程怒っている。
「・・・鷲一、イチかバチか・・・付き合ってくれるかい?」
魔女を睨んだまま、海馬は鷲一にそう言った。
「ああ。」
短い返事に、海馬は笑った。
「いくぞ!!」
そういうと二人は魔女に向かって一気に突進した。
「うおおおおおお!!!」
「うりゃぁぁぁぁ!!!」
「なっ!?」
魔女も、桃も死神もびっくりした。
魔女の事を男二人が羽交い締めにする。
「何をするんだい!?・・・朱夏!この坊主を止めなさい!!!」
魔女は朱夏に命令する。
さっきの海馬の言葉が頭を駆け抜けた。
【朱夏ちゃんはなるべくアイツの命令に従って?】
朱夏は海馬を信じて命令に従う。
「か・・・海馬お兄ちゃん、やめて!!やめてください!!!」
朱夏は真剣に海馬を止めた。
けれども、海馬は言う事を聞かなかった。
「だ、だめだってば!!やめなさーい!!」
そして、首輪はなぜか絞まらない。
「やっぱりな・・・。」
「なんで・・・首が絞まらないんだい!?」
魔女はその様子に慌てた。
朱夏に海馬を止めるように言っているのに、あの娘は叫ぶだけで命令は遂行されてない。
それなのに首輪は閉まらない。
「簡単さ。朱夏は真剣にあんたの命令を聞いている。だから首が絞まらない。」
「やめなさーーーーーい!!!!!」
朱夏はまだ叫んでいる。
「はぁん!?意味がわからない!聞いてないじゃないか!!お前は止まってない!何でだ?何故首輪が閉まらない!?」
魔女は焦る一方だ。
その発言に海馬は太々しく笑う。
「そうかそうか。お前はこの能力、ちゃんと把握出来てないんだな!」
「なっ!?そんな筈はない!」
魔女は信じていないが、現実的には海馬の方が分析力があった。
(さっきも魔女はこの能力を心の力と言っていた。きっと僕についている紐は朱夏の「罪悪感」に反応するんだ。だから命令に背いているつもりがない人間は例え命令が遂行されていなくても・・・閉まらない!)
海馬はそう分析するとまたまた魔女を鼻で笑った。
「朱夏ちゃんほどの良い子にはこんな首輪効かないんだよ!!」
「く!!!もういい!!あいつを物理的に殺せばいい!!!うおりゃあああああ!!!」
「うわ!!!」
「ぐっ!!!」
魔女が暴れて鷲一と海馬は押し返されてしまった。
転がってる血塗れのナイフを拾い上げると朱夏を狙う。
「くたばりな!!!!」
「朱夏ちゃん!逃げるんだ!!」
海馬の叫びもむなしく、朱夏は小鹿のようにぴたりと止まってしまっている。
魔女の手から真っ直ぐ朱夏目掛けてナイフは飛んだ。
「あ・・・あぶない!!!!!」
寝たふりをしていた心琴が窮地を感じて朱夏を押し倒した。
「キャッ!!!」
心琴に押し倒されて、ナイフは朱夏の頭すれすれを横切る。
朱夏の千切れた髪の毛が数本宙を舞った。
「あ・・・あぶなかった!!」
心琴は心臓がバクバクだ。
「ご、ごめん!!ありがとう・・・ございます・・・。」
朱夏も冷や汗が酷い。
「心琴、すごい!」
「よ、良かった。」
「肝が冷えたぜ。」
周りも安堵の表情を浮かべる。
「・・・あああ!!!心琴ちゃんだ!!」
けれども心琴が起きたことで別の人間が動き始める。
それは心琴が起きてきたことを喜んだ桃だった。
走って心琴の元へ近づいてくる。
そして唐突にこう言い出した。
「良かった!昨日の事謝りたくて!」
「謝る?」
心琴が目を丸くした。
突拍子もない展開に全くついていけない。
けれども、桃はそんな心琴の様子を全く気にしていない。
「うん!昨日は拷問してごめんなさい!」
桃は深々と頭を下げた。
「ふぇ?」
心琴の頭は意味を理解するのに数秒掛かった。
「え!?えぇっ!?」
心琴は驚きの声を上げた。
拷問が大好きなこの桃色の髪の少女が、自分に拷問をしてごめんなさいと言い始めているのだ。
唐突過ぎて理解ができなかった。
「どう言う風の吹き回しですか!!」
その言動に怒ったのは朱夏だった。
朱夏は心琴を傷つけた桃を全く許せずにいる。
そんな朱夏にも桃はカラッとした笑顔で笑って見せた。
「言葉のまんま!何かね。心琴ちゃんに言われた事が気になって・・・拷問が楽しくなかったの。こんなの、初めてなんだ!」
「??」
高揚した様子の桃に朱夏も困った顔になる。
するとその時、魔女から怒号が飛んだ。
「桃!!!何をやっているんだ!!!さっさとそいつらを殺しな!!!」
「え・・・!?」
桃は驚いた顔をしている。
「ママ」と「心琴」を見比べてきょろきょろしている。
そしておずおずとこう言ったのだ。
「私・・・心琴ちゃんは殺したくない。」
「な・・・なんですって!?!?」
魔女は驚いた。
そして心琴も驚いた。
「何を言っているんだ!!さっさと殺せ!!」
「いやだってば!!なんか・・・なんか嫌なの!」
自分の感情に芽生えた小さな光を桃は感じていた。
けれども、心琴はこれを「好機かもしれない」と思ったのだ。
今までにない黒い感情が湧き上がってくるのを、心琴は感じた。
「ねぇ、桃ちゃん?」
心琴は口角を右側だけあげて、いびつに笑った。
鷲一はこんなに悪い笑顔の心琴を見たことがなかった。
(心琴が・・・何かを企んでる!?)
鷲一はいぶかしげな顔で心琴を見守る。
「なぁに?心琴ちゃん!」
そんな心琴に桃は何の疑いもなく笑顔で聞き返す。
「ママが本当に一番好きな人を知る方法、教えてあげるよ!」
精一杯の作り笑顔に鷲一は気持ち悪ささえ感じた。
「え!?本当!?」
桃のママへの疑念。
自分が本当に愛されているのか、それとも利用されているだけなのか。
桃が今、ママへ抱いている大きな疑念だった。
それを利用する作戦だ。
普段の心琴はそんなことをする子ではない。
(なんだ・・・この違和感?)
鷲一は胸騒ぎが止まらない。
なんの抵抗もなく心琴は言葉を続けている。
「ママのね、首輪をね・・・」
「待て!!言うな!!!心琴・・・なんか変だぞ!?」
鷲一は咄嗟に止めに入るが、心琴は聞いている様子がなかった。
「ママの首輪をママに着けてごらん!!」
「・・・あああああ!!!その手があったね!!」
桃は単純な子だ。
心琴の提案を素直に受け取った。
桃は自分が預かっている首輪をポケットから取り出した。
「ママ、ねぇ?私の事好き?」
気持ちいいくらいの笑顔に魔女は恐怖を覚える。
「もちろんだとも。だから・・・首輪を返しなさい?」
魔女は手を差し出す。
しかし、桃は引く気が全くなかった。
「ヤダ。私・・・ママを信じるから!!!!!」
そして、桃によって、魔女の首めがけて、首輪が投げられた。
魔女は正面に手を出して抵抗しようとするが、首にぶつかるまで物理干渉をしない首輪は綺麗に魔女の首まで飛んでいく。
ガコン。
桃は魔女に首輪をつけた。
「さぁ、ママ、答えて?ママの一番大事な人は・・・誰なの!?」
「・・・も・・・もちろん桃、あなたよ・・・?」
しかし、その光は・・・桃など見向きもせずに2階に向かって伸びていた。
行先はここからじゃ確認できないが、桃でない事だけは明白だった。
「・・・うそ・・・だよね?」
それを見た桃の目からは涙があふれだす。
「く・・・そんなはずない!!桃、これは罠よ!!あなたのことが一番大事よ!!」
魔女も必死で桃に話しかける。
「いや、桃ちゃん。これが現実だよ。」
心琴がますます黒い笑みに代わっていく。
全てをさげすんだような表情はまるで・・・鷲一が大嫌いなあの人に似ている。
「な・・・なぁ・・・心琴が・・・変だ・・・。」
鷲一は眉間にしわを寄せて海馬にそういう。
「・・・ああ・・。あんな心琴ちゃん見たことない・・・。」
「エリ・・・パラサイト・・・感じる!心琴から・・・パラサイト!!」
「どうして!?心琴ちゃんはまぎれもない一般人なハズです!!」
心琴はそんな4人の焦りなどまるで意にも介さない。
桃に向かってゆっくりと歩いている。
「桃ちゃんはママに騙されているんだよ。この紐が何よりの証拠でしょ?」
ねっとりとした優しい声で桃を包み込んでいく。
「・・・そ・・・そうなのかな・・・。」
徐々に桃が心琴の言う事を信じていく。
「この女はあなたを実験道具として扱っている。体のいいモルモットとしてね?」
「そんなことない・・・嘘だよね!?ママ!?」
「そうよ!そんな小娘の言う事なんてでたらめよ!?」
それでも、まだ桃は魔女を見捨てようとはしていなかった。
その時、地下室に今まで聞いたことのない声が響き渡った。
「こちらに・・・首輪の紐が飛んできました。いったいどういう事でしょうか、S-02?」
突然の男の声の出現に全員があたりを見まわした。
しかしどこにも姿が見えない。
「ごめんなさい!!!ごめんなさい!!!」
魔女は怯え切った様子で謝り続けている。
「皆既日食の日に面白いものが見れると聞いたから足を運んであげたのに・・・本当に・・・何をやっているんだね。」
明らかに怒っている様子の声に魔女はさらに縮こまる。
「ちょっとしたトラブルがありまして・・・申し訳ありません。」
誰もいない中、天に向かって謝り続ける魔女はまるで親に叱られる子供のようだった。
「すぐにこの首輪を解除したまえ。」
その声はぴしゃりとそう言った。
「え!?・・・えっとそれは・・・その・・・。」
解除だけはしたくない魔女は言いよどむ。
「今すぐにやらないと・・・お前は首だよ。Dに戻ってもらう。」
それを聞いて魔女は青ざめた。
「そ・・・そんな!!すぐに解除いたします!!!どうかそれだけは!!!」
「さっさとしたまえ!!!」
その罵声に魔女は解除を余儀なくされた。
「は・・・はい・・・。わかり・・・ました・・・。」
魔女が指をパチンと鳴らす。
すると・・・全ての首輪・・・つまり死神、三上、朱夏についていた首輪がぽとりと落ちた。
「え?」
予想外の展開に皆が驚きを隠せない。
「これが・・・三上の首輪を外せなかった理由・・・?」
「一つを解除すると・・・全ての首輪が解除されてしまう・・・?」
「なるほどな・・・。そりゃ、エリに首輪が付いていても外さないわけだな。」
朱夏からつながれた首輪は地面に落ちて数秒で灰と化した。
死神の首輪も、三上の首輪も跡形もなく消え去った。
エリも海馬もそしてきっと別室にいる妹も光の縄から解放された。
「お前ら・・・・ただじゃ置かない。絶対に一人残らず・・・殺す!!!!」
魔女の怒りがその時頂点に登った。




