第22章 勝負の夜明け
死神が地下を去ったのを確認して、海馬は胸をなで下ろした。
「とりあえず・・・何とかなったかな?」
「海馬お兄ちゃんすごい!本当に死神が協力してくれました!!」
朱夏が喜びの声をあげる。
「私達じゃ、絶対ムリだったね!本当、頼りになる!」
心琴も嬉しそうに笑った。
「ははっ。病院でのアレはなんだったんだか。」
鷲一は肩を竦めてそう言った。
「アレ?」
心琴と朱夏は顔を見合わせたが、海馬は咳払いをする。
「ゴホン!!何でもないから!!・・・それより、もうじき魔女が来る。良く聞いて?」
海馬はまだ緊張を解いていない。
むしろこの先で状況は一変してしまう可能性もある。
「まず、鷲一と僕は、「つい先程ここに連れて来られた」ように演技する。出来るか?」
鷲一は難しい顔をしたがとりあえず頷いた。
「心琴ちゃんは寝たふり。怪我がひどいし、また桃とか言う奴のターゲットにされたら困る。」
「おっけー!分かった。」
心琴は牢屋の中で体を丸くした。
「朱夏ちゃんは、なるべく僕らの話に合わせて?僕が魔女を怒らせるようになるべく誘導する。」
「はい!わかりました!」
朱夏も真剣な表情だ。
「さて、一応これからの予定・・・というか理想だ。」
皆が海馬の言葉に耳を傾けた。
「先ほども言ったように僕は魔女を怒らせる。挑発して、首輪の話を魔女の口から説明させたい。
」
「え?なんでだ?」
鷲一はよく分からない工程に軽く疑問を抱く。
「じゃないと、あらかじめ相談してたのがバレるだろ?ばれたら一巻の終わりだよ?」
「ああ。まぁ、そうだな。」
「次に、僕か鷲一が首輪のターゲットになったら、魔女を鷲一と一緒に力強くで羽交い締めにする。」
さっきの偵察で見る限り、男二人がかりなら取り押さえられそうだと踏んでいる。
「そのすきに死神に首輪を投げてもらえば・・・一番いいけどなぁ。」
「なんで最後に弱気になるんだよ。」
決まり切らない海馬に突っ込みを入れる。
「あ・・・日が昇ったみたい。」
天井に半分だけ出ている窓からうっすらと日が差し込んだ。
「・・・エリがまた、うなされています。」
まだ起きていないエリを見て朱夏が心配そうに言う。
エリが悪夢を見ている。
それはつまり今日起きるだろう予知夢の結果が変わっていない証拠だろう。
「・・・あ・・・みんな!!」
「おはよう、エリ。」
エリは目を覚ました。
「夢・・・変わってた?」
エリは静かに首を横に振った。
「もしかしたら・・・結果は変わらないかもしれないね。」
心琴は不安げに漏らす。
「・・・諦めないで、やれることをやろう。」
海馬は静かにそういった。
時刻は7時を回った頃。日食まであと5時間しかなかった。
その時、廊下からこつんこつんと足音が聞こえてきた。
「来た・・・。」
海馬が小声で言うと、心琴は寝たふりを、鷲一は檻のそばで膝をつき、朱夏とエリは檻の鉄格子を握った。
「はぁん・・・こいつらが隠れていた侵入者だねぇ?」
「・・・ああ。」
ゆっくりと現れたのは魔女と、死神と・・・そして・・・
「あら!いい男じゃない!キャハッ!」
桃だった。
(げ・・・桃も一緒に来ちゃったのか・・・!?)
海馬は一瞬焦る。
が、すぐに演技を始める。
「おい。おばさんだな!?僕の仲間達をひどい目に合わせたのは!!」
「おばさん?はぁん。小僧・・・口に気を付けるんだね。」
どの年の女性でも「おばさん」は好まれないらしい。
「いやいや、おばさん・・・だろ!年をわきまえろよ!まじで化粧濃過ぎでキモイっつーの!」
我ながら安い挑発だなと思いつつ鷲一も海馬に合わせる。
「なんだと・・・このクソガキ。ぶっ殺されたいのかい?」
けれども、魔女はその安い挑発に乗っているようだった。
魔女の顔は解りやすく激高していく。
怒りで空気がピリピリとした。
(いいぞ・・・その調子だ。)
海馬と鷲一はさらに魔女を煽った。
「はぁ?あんたなんかに何ができるんだよ?」
「誰かを使わなきゃ一人で何もできなさそうだもんな!」
鼻で笑って見せる。
そしてもう一度、あのワードを口にする。
「いい年した、若作りのおばさんだもんな!!!」
その言葉にブチンと堪忍袋の緒が切れる音がした。
「いいだろう。・・・・私が直々に痛ぶってやろうか!!」
「きゃはっ!!ママ最高!!やっちゃえー!」
桃も軽いノリで声援を上げた。
「後悔させてやるよ!!」
魔女の目が茶色に光る。
「サクリファイス・コネクト!!!」
魔女の手に「道連れの首輪」が突然現れた。
首輪の登場に一瞬緊張が走る。
(来たな・・・!!)
鷲一も海馬をみると一度頷いた。
それから息をするようにさっきの演技に戻った。
「え?何それ?」
海馬が首輪を指さして言う。
「さっきのちっちゃな男の子はかっこいい赤い鎌を持ってたのに・・・おばさんの武器ってその首輪かよ!!」
思いっきり笑ってバカにして見せた。
海馬は指を差して笑う。
「そんなんで何ができるんだっての!」
鷲一も調子を合わせる。
「あんたら!!この首輪の恐ろしさが解ってないね?」
血管が浮き出る程怒っている魔女をさらにバカにする。
「解るわけねぇだろ、ばぁか。」
「頭悪いんじゃねぇの?」
頭の横でくるくるパーをしてみせる。
プライドの高い魔女は我慢の限界だ。
「おだまり!!!!この首輪はね・・・「つけられた人」と「その人が一番大事に思っている人」がつながる「道ずれの首輪」なんだよ!!私の命令に背いたり、死んだらなぁ、その人の大事な人の首が絞まるって仕組みなのさ!!」
見事に激怒した魔女は自身の能力についてベラベラと話してくれた。
ここまでは何もかもが海馬の作戦通りだった。
(よし!!これで、首輪についての情報共有ができた。次は・・・僕らに首輪を付けさせるように誘導!)
海馬は心の中で作戦が次の段階に移ったことを確認した。
「はぁ?僕、別に大切な人とかいないし!」
海馬は思いっきりあっかんべーをして見せた。
この言葉を境に、状況が一変するとは海馬は全く思っていなかった。
もちろん、海馬は演技をしている。
魔女に「自分をターゲットにしてもらうため」の演技のはずだった。
それなのに、牢屋でその言葉を聞いた朱夏が肩をビクッと震わしたのだ。
誰もそのことには気づいていない。
けれども、朱夏の頭の中でどうしてもさっきの言葉が頭を駆け巡る。
【大切な人とかいないし!】
(あ・・・あれ?なんで私こんなに動揺してるんだろう!?)
朱夏の動揺など誰も気づかず、話はどんどん進んでいく。
けれども朱夏の心臓はどんどん心拍数を上げている。
「はぁん?誰でも一回はそういう事を言うもんさね。試してみようか、坊や?」
「すれば?誰も大事な人なんていない僕には何の効果もないからね!!」
まるで、本当の事のように海馬が言いきった。
【誰も大事な人なんていない】
目の前にいる自分の一番大事な人が声高らかにそう言ったのだ。
朱夏には海馬の演技がうますぎて、まるで本心を言っているように聞こえていた。
「海馬お兄ちゃん・・・そう思ってたんだ。」
か細い声で朱夏がボソッとつぶやいたのを海馬は聞いてしまった。
「え?」
思わず振り返る。
そしてぎょっとしてしまった。
「あ・・・あれ?ご・・・ごめん・・・!!な、なんでだろ!?」
朱夏は・・・泣いていた。
それに焦ったのは朱夏だけではない。
(朱、朱夏ちゃん・・・!?なんで泣いてるの!?)
海馬も心の中でめちゃくちゃ焦った。
けど、いまさら演技を辞めるわけにはいかない。
「はぁん?じゃぁ、なんでお前はこの子達を助けに来たんだ?」
「え・・・あ・・・し、仕事だよ!!こいつら全員連れて帰れって命令されただけだね。」
魔女はにやにやとしている。
朱夏の様子に気づいたからだ。
(や・・・やばい!!僕らの仲が良いってわかったら、マジで首輪が飛んでくるよ!!?)
鷲一ももう、何を言うのが正解かわからず、固唾を飲んで見守っている。
「その子は・・・そう思っていないみたいだけどねぇ。」
魔女の目が不気味な茶色に光る。
「こ・・・この子はクライアントのお嬢様だ。仕事上の付き合いで大事になんて思ってない。」
咄嗟についた嘘は朱夏の感情を逆方向へと追いやってしまう。
「ひっく・・・そう・・・思って・・ひっく・・・たんだ・・・。」
朱夏の涙が止まらない。
海馬ももうどうすればいいかわからなくなっていた。
「な、泣くなよ!!迷惑だ!!」
「おい!海馬言い過ぎだぞ!?」
鷲一が流石に止めに入る。
「なんで泣くんだよぉ!?」
海馬だって、もう訳が分からなくなっている。
「あーっはっはっはっは!!!とんだ茶番だね!!!!」
その様子に魔女は腹の底から大笑いした。
「そこの坊主の大切な人が誰かは知らないが・・・そっちのお嬢さんは筒抜けだよ。」
「!?!?」
朱夏は身構えた。
「首輪はあんたが付けな!!!」
首輪が朱夏に向かって投げられた。
「大丈夫、鉄格子があるから、届かないでしょ!?」
檻の中の朱夏は自信満々に言ったが魔女は笑う。
「甘い。これだから一般人は。」
投げられた首輪は鉄格子だけすり抜け、そして朱夏の首にバチンとハマってしまった。
「・・・・え。」
「これはパラサイトだ。心に関係する異能力。物理的に存在するものをすり抜けるなんて造作もない。」
魔女が気味の悪い笑顔を浮かべる。
「や・・・やばい!!!!」
海馬が叫んだがもう遅かった。
「さぁ、あんたの一番大事な人は・・・誰だい?」
魔女は魔女の中ですでに出ている答えを敢えて質問する。
「や・・・やめて・・・!!だ・・・だれにもつかないで・・・!!」
朱夏の願いはむなしく首輪から出てきた光の紐は・・・海馬の首に巻き付いた。
朱夏は顔を真っ赤にして硬直した。
3秒の沈黙の後、突然手を顔の前でバタバタさせて言い訳を探した。
「ち、ち、違うんですよ!!べ、別に私!!海馬お兄ちゃんの事!!その!!!・・・えっと・・・。」
けれども、何一ついい弁明が出てこない。
紐がすべてを物語っているからだ。
「・・・ごめん・・・海馬・・・お兄ちゃん。」
朱夏は顔を真っ赤にして地面を向いてしまった。
「・・・・え・・・?」
この状況に一番驚いたのは海馬だった。
そして、先日からずっと心に引っかかっていたものが出てきてしまった。
「・・・朱夏ちゃんって・・・鷲一が好きなんじゃないの!?」
突然の海馬の言葉に皆が沈黙した。
「・・・は?」
「・・・え?」
鷲一も朱夏も目を丸くした。
「・・・え?ち、違うの!?」
二人の様子を見て、海馬も固まる。
「いえ・・?全然?・・・全くお慕いしていませんよ??」
「ばっさりと言われるのも存外傷つくな・・・。」
鷲一は予想してない方向からとばっちりを食らって眉をしかめた。
海馬の発言に朱夏は唖然としている。
「え、だって!この間プレゼントあげてたじゃん!!!!」
海馬は先日朱夏が渡したものをいまだにプレゼントだと思い込んでいた。
心琴も同じ勘違いをしていた事を鷲一は忘れもしない。
「いや、・・・え!?お前もプレゼントだと思ってたの!?」
朱夏は目を逸らして、困った顔でこう言うのだった。
「あ・・・あれは・・・大学のパンフレット・・・です。」
朱夏は困った顔で笑った。
海馬はそれを聞いて3秒固まってから叫ぶ。
「ええええええええええええええ!?!?!?!?」
海馬はあの日、大きな勘違いをしたことを、ようやく理解するのだった。
「はぁん。あんたら。何か大事なことを忘れていないかい?」
魔女が見てられなくなって声をかける。
海馬は慌てて自分の首を触ってみる。
そこにはやはり、朱夏からつながった紐があった。
「えええええええええええ・・・・・やっば!!やばい!!!やばすぎるよ!!」
「確かにヤバいな・・・。」
状況から考えると被害者が二人増えただけで解除の方法はさっぱりだ。
鷲一は口をへの字にした。
それなのに、海馬は顔を真っ赤にして口角を上げている。
「ああ!!こんな状況なのに・・・最高にうれしい!!!」
海馬は子供のようなまぶしい笑顔で笑った。
「え・・・?」
その笑顔に鷲一は呆れ果て、朱夏は顔を赤らめた。
「・・・・ああああああ!?!?こんのアホ坊主!!状況を見て言え!!!」
あまりの能天気さに、鷲一は大きな声で突っ込んだ。
海馬は全く話を聞いていない。
「朱夏ちゃん・・・ありがとう!!!」
一度振り向くと朱夏に笑って見せる。
「あっ・・・えっ・・・!?!?う・・・うん!」
照れて真っ赤な顔の朱夏も最高の笑顔になった。
「・・・・この茶番いつまで続くんだぁ?」
「さぁ・・・?」
死神と桃はつまらなさそうに二人を見るのだった。




