第10章 死神と首輪
三上と朱夏が病院へ着いたころ、早乙女クリニックは人でごった返していた。
「なっ!?こ、これは!?」
看護婦さんたちもあわただしい。
「幽体離脱で・・・具合が・・・」
町中の人が幽体離脱を経験していた。
具合が悪くなった人々が病院へ詰めかけたのだ。
「早く・・・海馬お兄ちゃんの所へ行きましょう。」
「はい。」
◇◇
その頃・・・海馬の意識はとても高い場所にあった。
病院の天井はとっくに突き抜け、街を一望できる。
「あー・・・もう・・・戻れないね。きっと。」
とても寂しそうな声を出すも誰にも届かない。
魂はゆっくりと天に向かってふわふわ浮いて行く。
何度自分の体に戻ろうと思っても、壁のような力が海馬の魂を体から遠ざけていた。
「こんなことなら・・・朱夏に告白くらいしておけば良かったな・・・。」
まぶしすぎる太陽をぼぉっと眺める。
おなかから体に繋がる糸はもう、細くなりすぎていつ千切れてもおかしくない。
「朱夏ちゃん・・・鷲一に何あげてたんだろう。」
昨日のカバンの中を海馬は知らない。
「鷲一のやつすごく嬉しそうだったな。」
そこまで素直に笑う鷲一もあまり見たことがない。
そして、朱夏がお父さん以外にプレゼントをあげている姿も初めてだった。
「朱夏は鷲一の事が好きなのかな・・・?」
なんだかとても寂しい気持ちになってくる。
「どっちみち、さよなら・・・だね。」
ぽつり。
零れるように海馬はつぶやいた。
しかし、海馬が目を閉じた瞬間、急に体が重みを増す。
「へ?」
今までの浮遊感はなくなり空から地面に向かって魂が急降下を始めた。
「ええ!?ええ!?何が起こってるんだ!?!?!」
悲鳴は上空から地上に向かってすごい勢いで響いていく。
「うわあああああああああああ!!!!!!!!」
どんどん迫ってくる地上にさらに悲鳴を上げる。
「紐なしバンジージャンプ?それともパラシュートなしのスカイダイビング!?」
泣きながら叫ぶ。
「どっちみち嫌だああああああああああ!!!!!!!!!」
ついに病院の天井が見える。
「ぶつかる!!!!!!!」
海馬は思わず目を閉じた。
しかし、衝撃らしい衝撃はなく、体の重みだけがよみがえってきた。
「ハッ!!!!!!」
目を開けると・・・そこは病室だった。
「あ・・・あれ?!」
酷い脂汗に体中は震えている。
そして目の前には・・・何かのスプレーを手に泣いている朱夏の顔があった。
「お兄ちゃん!!!!海馬お兄ちゃん!!!!」
朱夏が抱きついてくる。
「海馬!?本当に!?何をやっても駄目だったのに・・・目を覚ましたのか!?」
「良かった・・・本当に良かった・・・。」
海馬のお父さんとお母さんもいる。
「ぼ・・・僕一体・・・?」
体がいつもの倍以上は重く感じた。
起き上がろうとしても動けない。
「お願いです・・・無理しないで。」
朱夏が慌てて止める。
「さっきまで・・・心臓・・・止まってたん・・・だよ!?」
「は・・はぃ!?」
思わず声が裏返る。
「もう・・・ダメかと・・思ったんだよ!?」
「朱夏・・・?」
朱夏がため口になるとき・・・それは敬語を使う余裕がない時だというのを経験上海馬は知っていた。
お嬢様であることを辞め、一人の女の子として自分と接してくれる時。
その女の子は自分のために目を真っ赤にはらして泣いている。
「お兄ちゃんのばか・・・ばかぁ・・・ふえええ・・・」
自分のいるベッドで泣き崩れる朱夏を振り絞った力で抱きかかえた。
「ごめん・・・朱夏ちゃん・・・心配かけ過ぎだね・・・。」
「そう・・・だよ・・・もう・・・どこにも行かないでよ・・・。」
「・・・うん。」
両親はその様子を見てそっと病室を後にした。
しばらくの間、朱夏は海馬の元で泣き崩れるのであった。
◇◇
同時刻の町の商店街。
いつもはそれなりににぎわっているはずのこの場所には男が二人立っているだけだった。
「ここだよ!」
早乙女家のボディーガードの1人「丸尾」はとある喫茶店を指さした。
「何が悲しくて喫茶店に男二人で入らなきゃいけないんだ・・・。」
もう1人のボディーガード「角田」はため息をついた。
この2人は三上と共に早乙女家で住み込みのボディーガードをしている背広の男達だ。
今日もピシッとしたスーツに皮のレザーグローブをはめている。
ガタイが良く、顔が四角い方が「角田」。
顔も体も丸い方が「丸尾」。
もちろん本名ではない。
いわゆるコードネームだが、普段から二人ともそう呼び合っている。
「そういうなよ!三上さんを喜ばせたいんだろう?」
丸尾がニヤニヤと角田に言う。
「だー!うっせーよ。情報通のお前なら三上さんを喜ばせれる場所がわかると思ったから相談したのに。」
「だめだよ、角田。情報は足でつかむもの。ネットの情報は嘘だらけ。」
そう、何を隠そう角田は三上に惚れている。
「ま、行ってみよう?しょぼかったら別の店探してあげるからさ。」
「う・・・わかったよ!」
アンティークなドアを開けるとカランカランと昔風のベルが鳴った。
「うわぁ!結構雰囲気良いじゃん!」
丸尾が店内を一望する。
ステンドグラスの暖色が店を明るく照らす。
ところどころに、ランプがあり、ガラスに入った船の模型などもすべてアンティークだ。
「・・・いいな。」
ボソッと角田もつぶやく。
「ここ、パフェが美味しいらしいんだよ!」
「へぇ・・・流石情報通。」
丸尾はどちらかというと電子情報に詳しいボディーガードだ。
早乙女家へのハッキングやクラッキングはこの男がすべて止めている。
「これなら、三上さん喜んでくれるかもな!」
「ほぉら、足を運んでみると違うっしょ!」
男二人で盛り上がっていると、奥から店主がよたよたと歩いてきた。
「ん・・・?なんか・・・変だぞ?」
明らかに具合が悪そうな店主に角田が気が付く。
「ご老人、どうした?」
「・・・幽体離脱・・・。」
「は?」
唐突なワードに角田は首を傾げた。
「昨晩、幽体離脱を経験して・・・それから・・・体が・・・しんどくて・・・。」
「おい。丸尾。この老人ボケているかもしれない。」
角田は老人をまるで信じなかった。
「んー?」
丸尾はその発言を聞いて鞄からタブレット端末を取りだした。
少しの間タブレットと睨めっこをしていると急に顔を上げてこう言った。
「・・・角田、一概にそうとも言えないかも。」
「はぁ!?」
丸尾はとある記事を角田に見せた。
「幽体離脱を訴える人で・・・病院が大混乱・・・?」
「ああ。今朝がたから幽体離脱を経験して体がおかしいと訴える人が病院に詰め掛けて大変だっていう記事らしいよ。でも、これ、うちらの町でしか起こってないかも・・・?地域新聞だ。」
すごい勢いで画面を切り替えて丸尾が言った。
「三上さんは今日どこだ。」
「朱夏お嬢様と一緒に早乙女病院へ行った。」
事件の香りしかしない。
「・・・パフェ食べてる場合ではなさそうだ。いくぞ。」
「だよね・・・。また来るね!おじいさんもお大事に!」
-カランカラン
小気味いいベルの音共に、角田と丸尾は喫茶店を後にした。
◇◇
・・・エリは町を走っていた。
ハァツ・・・ハァツ・・・
(きっと、死神が近くにいる。それだけは間違いない!)
しかし走れども走れども黒いマントの中学生などいなかった。
ハァツ・・・ハァツ・・・
(どこ?どこにいるの!?)
息が続く限り走り回ったが結局見つけることができない。
(だ、だめだ・・・一回休憩しなきゃ・・・)
休憩を挟むため、エリは公園のベンチにたどり着いた。
ハァツ・・・ハァツ・・・
何気なく入った公園だったが見覚えのある場所のような気がしてならない。
「ここ、見覚え、ある!」
最初の夢でみんなでを皆既日食を観察した場所だった。
「まさか!」
エリは公園の遊具を注意深く見た。
ドーム状のトンネル、ブランコ、滑り台。
そして・・・ジャングルジムのてっぺんに・・・黒いマントが座っていた。
赤い目にギザギザな歯、右半分が白と左半分が黒の髪の毛が逆立っている。
(・・・あ・・・あれは!!)
「死神!!!!」
「なっ!?」
死神と呼ばれた少年は驚いた顔で振り向いた。
この男こそ、被験者番号D-09、通称「死神」だった。
「あああああああ!!!いた!!!やっと見つけた!!!」
そう大声で叫んだのは死神の方だった。
「え・・・!?」
エリは自分が探されているなんて想像もしていなかった。
「てめぇこら!!D-15!!」
ジャングルジムのてっぺんから地面にジャンプして少年はゆっくりこっちに歩いてきた。
「な・・・なに?」
エリも負けじとにらみつける。
「まずはお礼を言おう。あいつをぶっ殺せたのはお前のおかげだぁ。」
「・・・!!」
死神の言うアイツ、それは鷲一の叔父のことだろう。
「やっぱり・・・、死神、アイツ殺した!」
「そりゃぁそうだ。アイツに組織のほとんどが牛耳られてたんだ。瀕死なのに殺さないほうが頭おかしいぜぇ!」
エリはみんなで叔父を殺さないように決めたあの日を思い出した。
皆で法的にあいつを裁く。
それが私たちの答えだったのに・・・。
「殺す必要、無かった!」
エリは怒った顔でそういった。
「ほぉ・・・お前・・・喋れると・・・思ったより生意気なんだなぁ?!?!」
「?!」
死神の手から等身大の鎌が現れる。
「ヤルか?」
目が赤く光る。
戦闘能力が皆無なエリは戦ったら確実に負ける。
けれども、三上の真似をしてこぶしを握り、ファイティングポーズを示した。
「ほぉ・・・?このガキ。俺様とやろうってのか。」
にやりと笑うとギザギザの歯が見える。
かと思うと一瞬で間合いが詰められた。
咄嗟にこぶしを出してみるが、当たるはずもない。
目を開けた時には既に鎌は首先にあった。
「・・・・。」
汗がほっぺを伝い落ちる。
けれども、死神は口を逆三角形にして鎌を下ろした。
「よええ・・・・。張り合いがねええええええ。」
あまりの弱さに意気消沈した死神はベンチに胡坐をかいた。
「なんで・・・?」
「あー・・・?」
やる気のない返事しか返ってこない。
「何を・・しようとしているの?」
「・・・。」
死神は鼻をほじっている。
「ねぇってば!」
「うっせーな!お前ぶっ殺すぞ!?」
鎌を首に向けてちらつかされてエリは2歩下がった。
「コラ!!!」
すると後ろの方から桃色の髪の毛の女の子がやってきた。
「げ・・・面倒なのが来ちまった。」
死神はため息をつく。
「なんでD-15を見つけたのに首輪しないわけ?!」
「あー・・・そうだっけ?」
「そうだっけじゃないよ!ママに言いつけるよ!?」
「・・・へいへい。」
エリの知らない人が死神と話をしている。
「あなたは・・・?」
「私、桃!覚えやすいでしょ?あなたがD-15よね?私、あなたを捕まえに来たのよ。」
手にはとてもゴツイ首輪のようなものが握られている。
(こ・・・この桃色の方が・・・やばい・・・?)
直感でエリは悟った。
「な・・・なんで・・・?」
2歩後ずさりをしながら質問する。
「理由!?そんなものは知らない!キャハッ!」
「・・・ばばぁの命令だ。タッグを組んで成果を上げてこいだってよぉ。」
じりじりと詰め寄ってくる二人にどんどん後ろへ下がる。
そんなエリを二人はゆっくりと追いかける。
「私達への指令は三つよ。」
「ひとーつ!この街にいるあいつを殺す。」
エリは話を聞きながら走り出す。
「ふたぁつ!!この街でアイツが誰に何を喋ったか把握できない。・・・よって。」
「この街の全員を抹殺するんだって!キャハッ!!」
「!?」
エリは公園を駆け回る。
それをたのしそうに2人が追いかける。
「これが今回、俺様達にに与えられた使命なんだよぉ!」
「けどね、D-15?」
「みぃーっつ!!てめぇだけは連れて帰るように言われてるんだよぉ。」
「あなたの能力は非常に使い勝手がいいからね!キャハッ!!」
「ハァッ・・ハァッ・・・!!」
息が上がる。
さっきまで走り回っていたのもありエリの体力は限界に近い。
敵2人はじわじわと体力を削って遊んでいるように見えた。
「俺様は恐怖催眠から解放された。そして・・・もっと最悪な首輪がつけられたのさ。」
よく見ると、死神の首にも首輪が付いていた。
「え・・・?」
「そう、とっても素敵だよ。ママの首輪は最高なの。」
そして、桃の首にはついていない。
「俺様が失敗したら・・。」
「奴隷が失敗したら・・・。」
「「一番大事に思っている人が死ぬ。」」
2人の敵は各々真逆の表情でそう言った。
「なっ!?」
「その首輪を・・・D-15・・・あなたにも掛けてあげるわ!」
「や・・・やめて!!!!!!」
エリは咄嗟に大きな声を出した。
首輪は桃の手からなげられ、エリの首一直線に向かって来る。
「た、たすけてええええええ!!!!」
―キィン!!!
金属音が鳴り響いた。
エリと桃の間にいたのは綺麗な黒髪のスーツを着たボディーガード。
「み、みかみ!!!」
「朱夏お嬢様にエリ様を迎えに行くように言われてきたのですが・・・。」
桃と死神を見て三上は構えなおす。
「あれが今回の敵、ですね?」
「うん!」
エリも真剣な表情でうなずく。
「なっ!!なんなのよ!!あいつ!」
憤慨する桃を押しのけて死神は一歩前へ出る。
「・・・おぉぃ。桃ー。ちょっと下がってろぉ。」
死神が一歩前に出る。
目が赤く光ると手から鎌が出てくる。
「気を付けて三上!あれが魂を切る。「スピリット・リッパー」だよ!!」
「触れてはならない・・・ですね。」
三上はそういうと全速力で死神に向かった。
ナイフを振りかざす。
「・・・!!こいつぁ!!いいねぇ!!!」
熟練された動きを見て死神が興奮する。
負けじと死神は鎌を振りかざした。
斧を触れまいと三上はしゃがんでかわす。
地面すれすれの回転ローキックを繰り出すが、死神はジャンプでそれを避ける。
ジャンプついでに鎌を垂直に降る。
三上の頭すれすれを鎌が行ったが、体をひねるようにして間合いに入る。
そして強烈なボディーブローが死神の腹に決まった。
「グハッ!!!」
死神が地面を3回転半転がった。
「はぁ!?何やってんの!?」
味方が転がったというのに桃は顔をゆがませて怒鳴った。
「ぐっ・・・うっせ。もう一回だ。」
「次、ミスったら妹がどうなっても知らないよ?キャハッ!」
「っ・・・。」
死神は苦虫をかんだような顔をして再度鎌を構える。
「うおりゃあああああああああああ!!!」
「甘い!!!!」
突進してくる死神を闘牛を避けるかの動きで交わした三上はそのまま死神を蹴り飛ばす。
死神はやはり転がった。
しかし、その時だった。
三上の視界の端にエリに向かって首輪を投げる桃の姿があった。
「なっ!!卑怯な!!!」
死神の相手ばかりをしていた三上は体当たりでエリを押し倒した。
「きゃっ!!」
「うっ!!!」
三上とエリは砂場に転がった。
「あ・・・あああああああああ!!!!!」
桃が二人を指さす。
三上は自分の腕に違和感を感じた。
首輪は・・・三上の腕についてしまっていた。
「なっ!?これは一体!?」
困惑する三上は慌てて腕についた機械を外そうとするが全く取れない。
「それはね・・・私たちの命令を聞かないと・・・あなたの一番大事な人が死ぬ「道ずれの首輪」よ。」
「なっ!?」
「そして、あなたが死んでも、大事な人が死ぬ。だから「道ずれの首輪」っていうのよ。」
「・・・厄介な・・・。」
「ねぇ、あなたの一番大事な人って・・・だぁれ?」
「!?!?」
そういわれ、三上は咄嗟に・・・隣にいる少女を見てしまった。
青い目の少女は・・・心配そうな目でこちらを見ている。
「あ・・・えええ!?」
桃は飛び切りの大声を出す。
「はっ!?私としたことが!!」
慌ててももう遅かった。
三上の腕から伸びた光はまっすぐ・・・エリの首に巻き付いていたのだ。
「ああ・・・なんてことを・・・。」
ここにいるすべての人が頭を抱えた。
「これじゃ・・・黒髪女を殺したらD-15も死んじゃうじゃない!!!」
「ごめんなさい!!エリ様!!!」
「・・・三上、私の事・・・大事に思ってくれてたの・・・?」
「あっちゃー・・・桃、大失敗こいてんじゃねぇよぉ。」
それぞれが言いたいことを口に出す。
各々が混乱する中、一番先に動いたのは三上だった。
エリを抱きかかえて逃げる。
しかし・・・
「逃げちゃだめだよぉ?」
公園を出ようとした瞬間エリの首に巻き付いた光が閉まり始める。
エリの細い首からメキメキという音がする。
「み・・かみ・・くるし!!」
「なっ!!!エリ様!!」
三上は立ち止るしかなかった。
立ち止まった瞬間光は元に戻る。
「ガハッ!!ゴホッ!!」
大きくせき込むエリを見て、三上は最悪な状況を悟った。
「命令に背いたら・・・大事な人が・・・。」
「そ、こういう事よ。こっちに来て?黒髪さん?」
「・・・く・・・くそ・・・・・。」
仕方がなく言う事を聞く。
「座って?」
しぶしぶ三上が座ったのを確認すると桃は思いっきり三上を殴る。
「あぐっ・・・。」
「三上!!!」
エリが三上に駆け寄ろうとするが死神に止められる。
「あんたのせいで失敗しちゃったじゃない!!」
幾度となく三上は腹を蹴られまくる。
「ぐあっ!!あぐっ・・!!」
抵抗できないことをいいことに桃は容赦なく三上をぼこぼこにする。
「みかみ!!みかみ!!!!」
泣きじゃくるエリにはもう、どうすることもできなかった。




