十五話 葵と屋敷7
雲ひとつない良い天気で木陰になっている森の中でもとても明るく、セミや鳥がたくさん鳴いている。
「彩夜、あっちに行ってみましょうよ!」
育ちは良さそうに見える瑠璃なのにガサガサと葉が擦れる音を気にしたり振り返ったりせずにどんどん森の奥へ進んでいく。
「待ってください。まだ印を付けて無いですよ」
「そうでした」
近くの大きめの草を結んでおく。
「瑠璃、あまり奥に行ったら危ないですよ」
いつもは注意される側の私だけれど、今は注意する側になっている。
「どのあたりから奥なんですか? 私はもっと向こうから来ましたけど危ないことなんてありませんでしたよ?」
瑠璃は森の奥の方を指して言った。ついでに不思議そうにしている。
「危ないっていうのは迷子になることです。瑠璃は道に迷ってここまで来たんですよね?」
「そうですね・・。ならあっち側なら良いですよね?」
今、瑠璃がさしている方向は村から離れない方向。
「はい。確か・・あっちには吊り橋があるんですよ」
「行きたいです! ぐらぐらしますか? 古い吊り橋ですか?」
目を輝かせて聞いてくる。瑠璃はジェットコースターが好きなタイプの人なのかな?
「とっても揺れて古くて怖いです」
「どっちですか? あっちですか?」
「あっちですよ」
ノリノリの瑠璃に引っ張られて、何か忘れているような気がしたけれどそのまま進んだ。
・ ・ ・
「ありましたね」
三人で開いた本を覗き込む。さっきの16年前の記録より書いてあることはとても少ない。
「これだけ?」
「これだけみたいですね。他のことに埋もれてしまったのかもしれません」
杏、華鈴・・二人の名前はちゃんと書かれている。
「なんで二人の名前はちゃんと書かれてるの?」
おれのことだって後で書き換えたなら名前も書いてくれたらよかったのに。
「姫は生まれた時くらいしかはっきり記録されない」
「そういうもの?」
「はい」
次は6年前か7年前から探そう。
「一度、休憩にしませんか? そろそろご飯とかどうです?」
「疲れるだろう」
顔を上げてみれば肩が重くて、首が痛い。お腹もすいた。
「今何時?」
「十三時過ぎ、だろうな」
早く帰ると言ってから出てきたけれど夕方までに帰れるだろうか? でも、日が傾いてきた頃ならその時ここを出れば暗くなる前には帰れるだろう。
「じゃあそうする」
「準備してきますね」
葉が立ち上がって外に出ようとしていたところでひとつあることを思い出した。
「そんなに色々はいらないから。おがずなんてひとつで十分だから」
それなりの家だからまあまあ豪華なご飯が出てくるはずだ。でもそんなのは要らない。普通くらいので十分だ。
「せっかくですよ? いかがですか?」
「いらない。ここにはちょっと来てみただけだから普通のでいい」
「わかりました」
ギー・・・扉の開く音がした。ここにはほとんど人は来ないはずなのに。
「!」
陸に引っ張られて部屋の奥の方へ追いやられる。入り口の方から光がさしていて扉が開いているのはわかるけれど、おれの前には陸と葉が立っているため誰が来たのか見えない。
「・・陸と葉だけ?」
「ここじゃないのかしら?」
二人・・どちらも少女と思われるような声。誰か人を探して来たんだろうか?
そんな理由でこんなところに自由に入ってこれるのは・・・
「ねえ、ここにいるって聞いたのだけれど?」
そして陸と葉にこんな口調で上から話せる人物。
おれがいるのが見つからない方が来たんだろうか? それとも誰が来ても隠す?
「勝手にいらっしゃったんですか?」
「だって、周りには話さない方がいいのでしょう」
「それに、行ってくるっていえば止められるもの。だから言わないわ」
二人の話し方も声も態度もよく似ている。会わない方がいいのはわかっているけれどどうしても気になってしまった。
「葉、陸、もういいよ」
二人の間から顔を出す。陸達の前にいたのは、綺麗な着物を来ている少女二人。
二人はそっくりで背も顔もほとんど同じ。今年で14歳になっているはずだ。当時とはもちろん違うけれど何処か面影がある。
二人は驚いたような顔をして・・あの頃には無かった二人をはっきり見分ける方法があった。
「杏、その腕の火傷はどうした? 華鈴、左目は・・」
最初に言うべきことがこんなことではないのはわかっているけれどそれをつい聞いてしまった。
「私達の名前・・覚えていてくださっていたんですね」
「お兄様・・、ご無事でよかったです」
二人の瞳からは涙が溢れていて・・・やっと、帰って来てよかったと思えた。
「その・・・お兄様で間違いないですよね?」
泣き止んだ二人は不安そうに聞いてきた。こんなところを見られると色々とまずいから二人にも記録庫の中に入ってもらって扉も閉めている。
「そうだよ」
二人の本当の兄ではないと思うけれど昔二人にお兄様と呼ばれていた。
「ずいぶん・・変わられましたね」
「何年も経ってるから」
おれは当時の何も知らない温室育ちではない。変わろうと思わなくても変わってしまったと思う。
「では・・この怪我のことを説明しますね」
柔らかい顔をしているのが杏で、杏に比べてちょっとつんとした顔をしているのが華鈴。
「この怪我はあの日にできたものです」
「お兄様と別れてから・・私達は足が遅かったですが二人でどうにか逃げていました」
怖い記憶を思い出したのか二人でぎゅっと手を繋いでいる。
「確か・・朝方だったと思います」
「隠れて逃げて・・それを一晩中繰り返していたせいでまだ幼かった私達は疲れて眠くてフラフラでした」
元々、騒動が起きたのは日が沈んだ後だった。
「そんなところを見つかってしまったんです」
子供の足では一晩中歩き回っても大した距離は逃げられなかったのかもしれない。
「でも、安心してください。杏は腕を火傷して、私は軽い火傷と左目の怪我だけですみました」
杏の右腕は見える部分だけでもひどいのがわかる。何年も経っている今でもしっかりと痕が残っている。もしかしたら肘のあたりまでそうなっているのかもしれない。
華鈴の左目は前髪で隠されていた。だからどうなっているのかよく見えない。
「その目って・・」
華鈴が目にかかった前髪を上げると、目の周りの火傷と・・
「杏の火傷ほどひどくないでしょう? この目だって右は見えているから問題はないんです」
つまり左目は見えていないと言うことだ。
「お兄様、気にしないでください」
「私達はお礼を言わなければならない方なんです」
おれは大したことはできなかった。
「お兄様、あの日はありがとうございました」
「私たちが生きているのはお兄様のおかげです」
「制圧が済んだのは日が昇る頃でした。迎えが来たのもギリギリの時でした。だから」
二人が言おうとしていることはわかる。だからその前に、
「違う。だから・・いいから」
感謝されるほどのことはしていない。当時の自分と今の自分は全く違うような気もしている。だから言うなら当時のおれに言って欲しい。
「そう・・ですか」
おれの様子を見て葉が二人に言ってくれた。昔からこうやって助けてくれる。
「お二人とも、そろそろ帰られた方がいいのでは?」
「侍女が探し回っていると思いますよ。また、母上に報告しておきましょうか?」
「わかったから、ちゃんと帰るわよ」
「すぐ帰るから言わないでね。・・・二人ともお兄様には甘いんじゃないの?」
「私たちとの方が付き合いが長いのだからもう少し優しくしてくれてもいいのに」
「気のせいでは?」
二人が今でも仲が良いようでよかった。彩夜達双子もいつかこんな風に二人でセットの様になるんだろうか?
「杏、行きましょう」
「そうね」
二人はくるりと背を向けて外へ出て行った。扉が開いて閉じられて・・やっと三人になった。
「結理様」
「ん?」
「手」
自分の手に目を向けると・・・
「あ・・ごめんなさい」
葉の服をぎゅっと握っていた。こんなの子供みたいだ。
「不安ですか? 昔からあなたは不安だなんて感じさせない表情をするのに実はそうやって私の服を掴むことがよくありましたね」
「・・なんのこと?」
「そうですか」
・ ・ ・
「彩夜、これが吊り橋!」
瑠璃は楽しそうに目の前にある吊り橋を見ている。
「本当に渡るの? 揺れるよ。怖いよ?」
「楽しそう!」
瑠璃だけで橋の向こうには行かせられないし・・渡るしかない? でも怖いし・・
「彩夜、行かないの? 私が一人で行って来た方がいいの?」
そういえば瑠璃の喋りが敬語ではなくなっている。そういえば私もだ。
「一緒に行く!」
「どうするの? 一人ずつ渡る? そのほうが揺れないでしょう?」
「でも・・怖いから一緒に通って」
「わかりました」
吊り橋の上に一歩踏み出すと・・・ビューと風が吹いた。
川の上で遮るものがないから風が吹き抜けるらしい。
「わあぁー、怖い!」
怖いと言っているのにとてもニコニコしていて楽しそうだ。本当に怖いと思っているのかな?
「彩夜、大丈夫? 顔色が悪いけれど?」
「瑠璃はどうしてそんなに平気そうなの? 吊り橋は初めてじゃないの?」
「でも私はもっと怖いものを見たことがあるもの。こんなのなんて落ちてもどうにかすれば助かるでしょう」
「そうかもしれないけど・・わあっ!」
瑠璃が飛び跳ねることで吊り橋が揺れる。
「瑠璃、やめてよ」
「早く向こう側に渡りましょう。ずっと吊り橋の上にいる方が怖いでしょう?」
「真ん中が一番揺れるの」
「そうなの!」
揺れるのを楽しんでいる瑠璃には言わない方がいいことだったかもしれない。
「だから、できるだけ揺らさないでね。あんまり揺らすと落ちちゃうかも」
「わかった。ゆっくり通ればいいのね?」
「うん」
トントンと進んで行ってしまう瑠璃についていく。やっぱり真ん中の方は揺れたけれど・・
「やっと揺れてないところだ・・」
「彩夜、大丈夫? 休憩していく?」
「ううん。もうちょっと遠くに行くんでしょう? 早く行こう。あっちに洞窟?みたいなところがあるの」
「この辺りには楽しそうなところがたくさんあるのね」
どこにでもあると思うけどな・・・。瑠璃はやっぱり世の中のことをあまり知らないのかな?
「彩夜がいるんだったらずっとここにいてもいいかも」
「帰らないの? 旅はいいの?」
「帰る気になれないの。旅は・・もうどうでもいいかも。でも彩夜と話すのは楽しいわ」
一人で旅をすると言われるよりはいいけれど・・私は長くはここにいない。
夏休みの間はどうにかなるとして・・あとはどうしようか?
「彩夜、洞窟は向こう?」
「そう。確か・・ここを真っ直ぐ行くとあるの」
読んでいただきありがとうございます。
今回は杏と華鈴をやっと登場させることができました。まだまだ出番はあるので少しずつどんな人物か書いていこうと思います。
話は変わりますが、少し前にいいね機能が追加されています。いいねは一話ごとに付けることができるらしいです。この回がよかった、と言うのがあればその話にいいねを付けていただけると参考になります。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




