十一話 葵と屋敷3
約7年ぶりの都はとても賑やかだった。
都が下に見える高台におれを奏さんは下ろしてくれた。
昔はこの賑やかさも国で一番なんだと思っていたけれど、上には上がいてこんなのは田舎の街にすぎないことを知っている。
ここが本当の都に忘れられるほど遠い場所なことも。
「私はここで待ってるから行っておいで」
「奏さん、ありがとう」
奏さんが運んでくれたからとても早く着いた。でも、移動中は目隠しをされていたせいで移動手段はわからなかった。
目立たないように傘を深く被り、奏さんとはそこで別れて街の方へ進んでいった。
なんとなく屋敷までの道は覚えていて誰かに聞かなくてもたどり着けた。
でもここに入るのが問題だ。できるだけ人と会わずに一ノ宮兄弟の誰かのところまで・・
「すみません、中に入りたいのですが」
門にいる人に声をかける。許可を取らなくても入れないことはないがどこかで捕まって聞かれるだろう。
それよりはちゃんと話て入れてもらった方がいい。
「許可証は?」
持っているがそれは見せられない。見た目からしておれはちょっと偉い人付きの少年くらいにしか見えないだろう。だから下手にうろうろしていれば怪しまれる。
「それはありませんが、一ノ宮流様から手紙を届けるように言われています。陸様か葉様に直接渡すように言われているので入れてもらえないでしょうか?」
流に頼んで書いてもらった文を見せる。
「どうぞ」
木の板を渡された。これがあれば陸にだって会えるだろう。
いくつか門をくぐるとすんなり客室まで通された。
畳が敷かれていて置いてある家具もしっかりしている。建物自体もしっかりとした大きな木材で作られていて、とても丈夫。うちとは全然違う。
「葉様を呼んでまいりました」
「ありがとうございます」
よかった。久しぶりに会うのが怖い陸ではない。
戸が空いて入ってくる。カタンと閉まる音がして・・
「何の用だ? 室内で傘を被ったままとは失礼に・・」
「そんなこと言われなくても、わかってますよ」
他人に見られるわけには今もそのままなだけだ。
「その口の聞き方は」
さらに怒るような口調に変わる。葉はこんなだっただろうか? もう少し柔らかい性格だった記憶があったけれど成長するときに変わっていったのかもしれない。
陸にそっくりになっている気がする。そうならこれから本格的に怒り始める。
だから部屋に葉以外いないのを確認して傘をとる。
「久しぶり、葉」
覚えてなかったらしっかり怒られるだろう。
そっと葉を見てみれば・・・こちらをじっと見て固まっていた。
「えっと・・葉?」
流と似ていて、けれど優しい雰囲気があるからきっと葉のはず。
「・・これが流様からの手紙です」
覚えていないならここは設定通り動こう。それから陸を探して・・
「・・生きているというのは本当だったのですね」
「誰なのかわかってる?」
「わかります」
さっきまでとは違い優しい口調。見た目はすっかり変わっているけれど流とも陸とも違う優しさは変わらない。
「お帰りなさい。結理様」
「ただいま」
ざーざーという川の音と蝉の声がする。すでに日が真上近くに合って日陰でもとても明るい。
「どうやったら起きてくれますかね?」
川から流れてきた美少女を見ながら流さんと話ていた。
ミンミンとセミが大合唱をしている時期だ。早く昼食を作りに行きたいけれど濡れてるこの子がいるから移動できない。
「つんつんしてみますか?」
「してみます」
顔や腕をつんつんしてみる。でも表情が動くこともない。
「ダメですね」
「彩夜芽さんなら何をされたら起きますか?」
「・・・寝ようと思えば何をされても寝れますよ」
「そうですか」
特にこの夏の時期なら布団を剥がれたって問題なく寝れる。外は元々蝉の声が大きいからちょっとうるさくても大丈夫。
「・・・・ここは・・・」
ゆっくりとその子は目を開けた。
「何もしなくても起きましたね」
「そうですね」
ふわふわとあたりと見回してゆっくりその子は起き上がっている。
目はぱっちりとしていて大きい。やっぱりとても可愛い。
「溺れていたあなたを引き上げたところです。無事でよかった」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「ここは藍国です。わかりますか?」
「・・はい」
可憐で儚い、今にも散ってしまいそうな梅の花のような人に見える。
「名前を聞いても?」
「瑠璃です」
「私は流、こっちは彩夜芽です」
ずいぶん大人びている子だ。私と違い受け答えの仕方が大人の様。私は突然こんなふうに聞かれてもこんなにはっきり話せない。
「どうしてこんな山奥に? 誰かとはぐれたのですか?」
「・・一人です。水を飲もうとしたら落ちてしまって」
雨で濡れていた岩に滑って川に落っこちたのかもしれない。
「ではこれから一緒に食事でもどうですか?」
「ですが・・」
「何日か何も口にしていないのでは?」
「はい」
迷ってそのまま誰にも見つけてもらえなかったのかもしれない。
私だってちょっと間違えればあの時そんなふうになっていたかもしれない。
「私、何か作ります」
結と食べようと麺は持ってきている。三人なら足りる。
「どこで?」
「鍋を持ってきて・・器はあるのでどうにかなります。ここでっていうのはどうですか?」
キャンプの様なものだからどうにかなる気がする。
「そうですね。そうしましょう。私は調理道具を持ってくるので彩夜芽さんはここで瑠璃さんと待っていてくださいね」
「はーい。あ、流さん私の荷物もお願いします」
「わかりました」
流さんはすぐに家の方へ走っていった。
「えっと・・彩夜芽さんと流さんは兄弟なのですか?」
「そういうわけではなくて」
「ではどのような? 親しそうに見えましたが・・」
親しくはない。ただの知り合いという程度の関係。
「留守番をしている間、私が危ないことをしない様に流さんがみてくれているだけで・・」
「居なくても平気なのに」
「え?」
何か瑠璃さんが言った気がしたけれど声が小さくて聞き取れなかった。
「なんでもありません。私のことはだた瑠璃と呼んでください」
「なら、私は彩夜でいいですよ」
「・・彩夜、着替えたいのですが何かありませんか?」
「私は今はこれしか持っていなくて・・」
「そうですか」
「夏なので干していればすぐに乾くと思いますよ」
「そうなのですか?」
知らないのかな? でも、私だってそれくらい知っていたし・・そんな文化が無いとか?
「干す・・というのはどうすればいいのですか?」
「・・大きめの枝を探して、服をそれに引っ掛けるんです」
できればちゃんとガタガタしていない棒がいいけれどそんなのは滅多にないし、枝を綺麗にするのは時間がかかる。
「そうですか」
「瑠璃はどこから来たんですか?」
「・・上の方にあるところです」
「この奥にも村があるんですね。どこかに行くところ・・ですか?」
「海に。・・一度見てみたくて。向こうに行けばあるのですよね?」
瑠璃ちゃんは村のある方を指した。確かにこのずっと先には海がある。
でもそこは車でも時間がかかる場所だ。歩いて行くなんてどれだけかかるかわからない。それに確か海に行くときはいくつもトンネルを通っていた気がする。でもこの時代にはそんなもの無いから行くにはもっと時間がかかるはず。
「はい。一人で行こうと思っているんですか?」
「一人でないと行けないのです」
何か事情でもあるのかもしれない。現代よりずっと厳しいらしいから。
「でも、その服で行くのはやめた方がいいと思います」
「どうしてですか?」
「そんなに上等は服を着ている人は滅多にいなくて・・その・・・たまに悪い人もいるらしいのでその人たちに目をつけられないためにも普通の服がいいと思います」
結も会ったことはないらしいけれど幼い頃に奏さんに気をつける様に言われたと言っていた。
「どこに行ったらありますか?」
「・・町とかでしょうか? あ・・お金は持ってますか?」
「それは少しですがあります」
瑠璃はきっと目立つ。洗濯物の干し方も知らない瑠璃が一人で町まで行けるのかな?
そもそも町まである程度の距離があるし・・
「彩夜は海には行ったことはありますか?」
「何度か行きました。楽しかったですよ」
あの時はお兄ちゃんやみーちゃん、宙と遊びに行ってみんなで遊びとても楽しかった。
「楽しい場所なのですか?」
「えっと・・」
この時代、海で泳いで遊ぶことはないのかな? 水着もないしそうかもしれない。
「それは人次第だと思いますけど・・多分綺麗だと思います」
なんて説明したらいいのだろう?
私には何もなくて広い真っ青な海がちょっと怖い。遊んでいたら楽しいけれど、人がいないのを見ると恐怖を感じる場所。
「どうして海に行きたいんですか?」
「海は私の名前と同じ色だと聞きました。私の住んでいるところにはあんなに濃い青は見ることがないのです。だから見てみたかったのです」
近くの青は川と空くらい。あと花にも青いものはあるけれど瑠璃色は見ないかもしれない。
「彩夜芽さん、荷物、持ってきましたよ」
「ありがとうございます」
着替えている流さんが色々持って戻ってきた。
「流さん、火をつけることはできますか? 薪は拾ってきます」
「それはできますが・・湿気ていてその辺りの枝は使えないと思いますよ」
「え・・」
そうだった。今はいい天気ですっかり忘れていたけれど昨日は雨が降っていたんだった。ガスがないここでは枝に火をつけるしかないのに・・
「でも大丈夫です。家の中に薪が残っていたので持ってきました」
「ちょっと石は退けたほうがいいですか?」
川原だから丸い石がゴロゴロしている。
「そのままでいいですよ。でもこう丸く囲んで場所を作ってください」
「はーい」
石を動かして丸く並べる。
「瑠璃も一緒にしましょう」
「え? あ・・はい」
「ここ任せていいですか? 私は鍋を洗ってきますね」
ぼろぼろの家の中にあった鍋はもちろん埃をかぶって汚れている。
「わかりました」
川のそばまで行って水を汲んで中を擦って水をこぼす。それを何度か繰り返し・・
「! 瑠璃さん!」
「はい?」
流さんの驚いた声と瑠璃の不思議そうな声。
振り返ると・・瑠璃は帯をといて服を脱ごうとしていた。多分、脱ごうとしているのは何枚もきているうちの上だけだろうけれどびっくりな光景だ。
「濡れていて重いので脱ごうかと・・」
「瑠璃さん、ダメですよ。人前で脱ぐものではないです」
「でも、一人で脱ぎ着することなんてありませんよ」
いろんなことを知らなくて変わっている。瑠璃ってどんな人なんだろう? どこから来たのかな?
「彩夜芽さんよりひどいですね」
「瑠璃、あっちで着替えましょう」
「あっち、暗いですよ」
「影になってるからちょうどいいです」
瑠璃の背中を押して木の裏に行く。
思ったよりも大変かもしれない。ちょっとだけ私の相手をしている結の気持ちがわかった気がした。
読んでいただきありがとうございます。
今回は初登場の瑠璃ちゃんが出てきました。なんとなくわかるかと思いますが「葵と屋敷」は瑠璃ちゃんが大きく関わってくるお話です。瑠璃ちゃんはどこから来てどんな子なんでしょうか?
次は結視点ももう少し書く予定です。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




