十話 葵と屋敷2
結はどれくらいで帰ってくるだろう? 帰ってくるまでにどうにか家が直らないだろうか。
せめて布団を干したり、中の物を片付けて・・・
「彩夜芽さん、寂しいですか?」
「いえ・・・ちょっとだけ心細いだけです」
久しぶりだからか結がいないからなのかわからないけれど暗い森が怖いものに見える。
「私では頼りないですか?」
「・・安心感が違うんです。流さんはいないよりは良いんですけど・・・」
流さんの方が結より年上で大きいし、きっと強い。なのにどうしてこんなに違うんだろう?
「結理様に伝えたら喜びますよ」
「そうですか?」
「そうですよ。彩夜芽さん、洗濯物を干していた竿をかけてもらえますか?」
「はい」
物干し竿にしていたちょっと丈夫な枝は無事だった。それをちょうどよく引っかかりのある木にかける。
そこに流さんが布団をかける。家の中を片付けるのは流さんの仕事で私は危ないからと中にはいれてもらえない。
「梅雨にそのままにしてあったはずなのでどうなってるかと思いましたが大丈夫そうですね」
「ちょっと埃っぽい程度ですね」
カビがひいたりはしていない。夏に一日干していれば元に戻るだろう。
「布団を棒で思いっきり叩いてください」
「はーい」
布団叩きなんてしたことがなかったけれど結構楽しい。
「彩夜芽さんって意外とお淑やかでは無いですよね」
「そう見えていましたか?」
「静かで大人しいところを見ていたのでそうなのかなと・・」
「全くお淑やかではないと思いますよ。女子力もお兄ちゃんと結に負けていますし・・」
片付けは下手でめんどくさがりや。他にもダメなところはたくさんある。
「彩夜芽さん、知っていますか? 建物は人が近づかなくなると急にボロボロになっていくのです」
「不思議ですね」
理由はわからないけれど起こる不思議な現象は意外とたくさんある。
「・・この家もそれでこうなったのかもしれませんね。結理様にとってももう必要ない場所になったのかもしれません」
なら、結の居場所はどこになったのだろう? きっと聞いたって誰も知らないしわからない。
「これからどうしますか?」
とりあえずある程度片付けが終わって着物に着替えた。本当はもうしばらく洋服で居たかったけれど流さんが良いと言ってくれなかった。
「水を汲みに行きましょう」
部屋の隅に置いていた入れ物を持って川の方にいく。
「暑いですね」
日が高くなってきて日陰の森の中でも動いていれば汗をかく。
「川の水は冷たいですよ。着いたら水分補給をしましょう。行く途中で転けないでくださいね」
「転けません。水筒ってないんですか?」
「ありますけど、遠出する時以外は使いませんね。暮らす場所の近くには大体水を汲む場所があるので困りませんよ」
「水筒って外側は何でできているんですか?」
この時代の水筒を見たことがない。現代のように金属ではないだろうし、木を丸くするのも難しそう。
「竹ですね」
「竹ですか」
竹は筒状になっていて中は空洞。
「蓋はどうするんですか?」
「今度実物を見せますよ」
「ありがとうございます」
そんなことを話していたらちゃんと転ばずに川までたどり着いた。
ここはそれなりに大きな川で中心は深い場所もあるから気をつけるように言われている。
「綺麗ですね」
空とも海ともまた違う青の色。
「彩夜芽さんはよくこんな普通の景色を綺麗と言っていますよね」
「・・・流さんには普通かもしれませんけど私の育った場所ではあまり見れない・・・違いますね。見てないんだと思います。作られたものがたくさんで自然は少ないんです。自然なんて作られた物に埋もれてパッとは見えなくて、川はありますけどちゃんと見ることなんて少なくて・・・だからここにいるとしっかり見て綺麗だなって思うんです」
伝わっているかはわからないけれど伝わっていなくてもそれでいい。
手をぴちゃっと水につける。両手で水をすくって口にまで持っていく。
「美味しいですね」
「そうですね」
冷たい水がしみていく感じがする。ずいぶん喉が渇いていたらしい。ひと掬いくらいでは足りなくて何度か掬って飲んだ。
「服が濡れていますよ」
「これくらいすぐに乾きます。・・流さんは濡れていませんね」
きっと飲むのが上手なんだろう。
「そうですね。少し遊んで行きますか?」
「良いんですか?」
「足をつける程度でよければ。深いところに行かないのはできますよね?」
「私、そんなに子供ではありません」
ちゃんと川が危ないことだってわかっている。
靴下と靴を脱いで裸足になる。
慣れない草履で歩くのは危ないからと靴は履いていて良いと流さんが言ってくれた。
「流さん、どのあたりから深いか変わりますか?」
「色が変わっているところからは深くなっているんです。ちゃんと見てはいますけど気をつけてくださいね」
ちゃぷちゃぷと水を蹴ってみる。冷たい。気持ちいい。
でも一人でそんなことをしていてもあまり楽しくはない。
「流さん」
「どうかしました?」
「優斗・・って人知ってますか?」
「・・・」
どうして・・とそんな顔で流さんが私を見ている。やっぱり知ってるんだ。
「結理様が?」
「違います。結は知りません。知ってたら話していると思います」
「どうして・・奏様がですか?」
生きていると言っても良いんだろうか? それとも言わない方が良いんだろうか?
「奏さんじゃありません」
「では誰がどうして!」
肩を掴まれていた。いつもの穏やかな顔ではない。
「・・やめてください」
「優斗様のことを知る人はほとんどいないのです。なぜ彩夜芽さんが」
「嫌!」
勝手に体が動いて叫んで突き飛ばしていた。
「・・ごめんなさい」
「・・私の方こそすみませんでした。慣れない人がダメだったのを忘れていました」
「流さんは普段は平気です。・・さっきは怖かったので」
大丈夫。流さんは優しい人。
「流さん、優斗くんと会いました。元気ですよ。でもここにはいません。だから誰にも言わないでください」
「・・そうですか。元気でしたか」
川の方を向く。どう言ったら流さんに伝わるかな?
「結も優斗くんと会ってるんです。でも結は覚えていないから」
私とだって関係ないわけではない。優斗くんは妹の彩夜乃の兄弟のような存在だから。
「結は優斗くんと話すと頭が痛くなるらしいです」
「あれは・・・私でも忘れようとすると思いますよ。だから・・・難しいですね」
私だって結と出会うことになったきっかけのあの出来事は忘れていた。怖いことだったから。
「優斗様も大きくなってるんでしょうね」
「背は大きい方じゃないですけど私よりは大きくて・・・もしかしたら結ともあんまり変わらないかもしれません。顔もなんとなく似てるんです。雰囲気がちょっと違って優斗くんの方が柔らかい感じがします」
「そうですか」
ぴちゃっと水を蹴っていると水中で何か光った。
手をつけてそれを拾う。
「・・流さん、これ、なんでしょう?」
綺麗な石に鮮やかな紐が通されている。なんか高そう。
「飾り・・ですね」
「上から流れてきたんでしょうか?」
また何か流れてきた。
手を伸ばしてそれを掴む。
「・・・布?」
深い緑のような、青のような色の布。
これも紐と同じく鮮やかで、しかも繊細で美しい模様まで入っている。広げてみたらちゃんと着物の形になっている。
「どうしてこんなものが・・・」
「また何か流れてきますよ」
「あれは・・」
流さんは慌てて草履を脱いで川の中に入ってくる。
「流さん?」
「彩夜芽さんはそこで大人しくしていてくださいね」
服が濡れるもの構わずに流れてくるものをみている。目の前まで流れてきた時・・
バシャンッ!
「流さん!」
飛び込んで流れてきた物を掴んでいる。
「川から上がってその服をしっかり持っていてください!」
すると持っていたさっき拾った着物がぐっと引っ張られる。
「わあぁ!」
「危ないと思ったら離していいですができるだけ耐えてください」
重い。服の端を流さんが掴んでいるから引っ張られる。
どうにか川から上がり座る。立っているよりこちらの方が体が持って行かれない気がする。
「まだですか!?」
「もう少し待ってください。思ったよりも流れが早くて・・」
ふと引っ張られる力が弱くなった。
「はあ・・」
手を離しても着物は動かない。
見ればびしゃびしゃになった流さんが何かを抱えて上がってきていた。
「大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です。それよりこの人を・・」
「え?」
地面に置かれた何かをよく見れば・・・ぐったりしている淡い色の綺麗な着物に包まれた少女だった。
「息はしているみたいなので大丈夫ですよ。気づかなければ危なかったでしょうね」
そっとその子の手に触れてみた。冷たいけれどちゃんとトクトクと動いている。
「・・とても綺麗な人ですね」
年は私と変わらないか少し上くらいに見える。でもまつ毛が長くて顔がちっちゃい。
それに長くて綺麗な黒髪。
「さっきながれてきたものはこの人の持ち物でしょうね」
「・・村に住むような人ではないですよね?」
こんな上等な服を着ている人なんてみたことがない。
「この上にはこの国の貴族がいく場所なんてないはずなんですが・・」
「やっぱり貴族ってこんな服を着ているんですか」
歴史の教科書に載っているような服。九州だから都会ではないはずだけれどこんなのを着るような人たちがいるんだ・・。
「見たことはないので実際どうなのか知りませんけど、お姫様みたいですね」
「!」
「流さん?」
「・・この人をどうにかしましょう。このまま置いていくわけにもいきませんから」
この時代って倒れてる人を拾うってよくある話なのかな?
「どこかに連れて行きますか?」
「・・・そうですね・・」
あの家は壊れてそれどころではない。友梨ちゃんのところは大丈夫かな? いきなり行ったら迷惑かな?
「彩夜芽さん、着替えは持っていますか?」
「いや・・私が持っている着物はこれだけなので」
「そうですよね。私は何枚か持っているのですが・・」
この人の分がない。
「どこから来たんでしょうか?」
「聞いてみないとわかりませんね」
奏さんも結もまだ帰らない。
この子との出会いが私たちの未来に大きく関わることもまだ知らなかった。
読んでいただきありがとうございます。
ちょっと長くなってしまいそうだったので今回はここで切りました。川から流れてきた少女はどんな子なんでしょうか?
次は結視点のお話から始めたいと思います。結は何をしにどこに行ったのでしょうか?
次話も読んでいただけると嬉しいです。




