十二話 箱の中
「じゃあね。彩夜ちゃんにちゃんと伝えておいてね」
「・・・うん」
光月ちゃんと宙は二人で帰ってしまう。微妙な空気をどうにかしたいと話したのに文化祭の時にどうにかしよう!という話だけで終わってしまった。この状態で彩夜と二人で帰らないといけないらしい。
しかもおれと微妙な空気になっていることを燈依先生に相談している彩夜を迎えに行かないといけない。とても気まずい。
けれど彩夜を置いて帰ったらさらに距離が遠くなりそうだからそんなことはできない。
「はあー」
とぼとぼと保健室まで歩く。暗い廊下は晴れていても暗い森の中と良く似ている。普段は明るい学校も生徒がいないとここまで変わるらしい。
考え事をしながら歩いていたせいか保健室までの道はあっという間だった。
「彩夜・・・」
扉を開けようと取っ手に手をかけたところで中から声が聴こえてきていることに気づいた。それで扉を開けようと思っていた手が止まる。
『結とはずっと居られないってわかってるから・・今のうちに仲良くして・・・別れる時は思い残すことがないくらい楽しんだ後で・・・・それでさようならって言いたいんです』
彩夜はそこまでちゃんとわかっているんだ。
おれが未来に来てるなんておかしいことだから。きっと終わりはくる。
もしも行き来出来なくなるのがずっと先だったとしてもおれは遅くても十六歳になるまでしかここにいられない。彩夜とはたったあと二年と終わりがわかっている付き合いなんだろう。
奏さんが言っていたずっと一緒にいられる方法を見つけたら違うのだろうけれど。それに彩夜がそれを望むとは限らない。
「・・・たった二年か・・」
何年も待って待ってそれでやっと会えたのに・・・。
「何も思わないのが一番かな? そしたら・・・」
別れる時に何も思わない。悲しくもない。いっそこのまま微妙な空気のまま過ごしたら・・・いつか楽しい日々があったことまで彩夜は忘れてくれるだろうか?
なのに・・・きっとそれが一番なのにとても苦しい。
「結理、どうした?」
「宙・・・どうして? 光月ちゃんと帰ったんじゃないのか?」
「忘れ物を取りに戻ってきたんだ。・・・何かあった?」
「・・・ずっとこのままだったらいいのに」
「やっぱりさ、結理って彩夜ちゃんのこと好きなの?」
「好きって?」
彩夜のことは大事だ。そういうことなら好きだと思う。
「恋愛的な好き。これは本人にしかわからないから合ってるかわからないんだけどさ」
「・・恋愛的・・・」
言葉ではどういう意味なのかわかる。でも感覚ではどういうことなのかわからない。
「宙は? 彩夜と光月ちゃんのことどう思ってるの?」
「彩夜ちゃんは友人としては好きだよ。幼い頃からずっと仲良くしてるし、みーちゃんは・・どうなんだろう? まだわからないかな? これが恋愛の好きなのかは」
宙がとても大人に見える。見た目は中学生だけれど中身が大人っぽい。
「じゃあ、みーちゃんが待ってるから俺はもう行くよ」
「あ、うん。また明日」
宙はそのまま行ってしまう。また悩みの原因になるようなことを言い残して。
「・・・好き・・・か」
彩夜のことが好きなのかはまだわからない。でも好きなのかもしれない。言われたらこの気持ちにピッタリ形がはまったような気がした。けれど、おれたちは生まれた時代が違うから。
「何も思わないのが一番いい。・・・好きなんかじゃないんだ」
そう言い聞かせていたらだんだんそれが本当になる気がする。そうして忘れてしまえばいい。
この気持ちはしっかり箱の中に入れて閉じ込めて奥の奥にしまっておこう。悩んでいることも何もかも彩夜が関わっていることは全部箱の中に入れてしまおう。
小さな種でも早く見つけて摘んで、しっかり箱の中に入れておかないと水に触れたら芽が出ていつの間にか大きく育ってしまうかもしれない。
そしてその箱の存在まで忘れてしまおう。
「はぁー」
外にはほんの少し光が見える。雲の間から光が漏れているのかもしれない。
窓の外では雨に濡れた葉っぱが光に当たってキラキラしている。とても美しいがこんな時に輝かなくてもいいのに。
現実は物語のように気持ちに合わせて天気や環境が変わってくれない。いくら悲しくても晴れる時は晴れるし、楽しくてキラキラした日々が続いていても毎日毎日雨が降る。
「夜・・彩る・・・芽・・・」
どんな字を使うのか聞いた時変わってると思った。関係ないような文字が合わさっているから当て字なのかと思っていた。けれど窓の外の景色を見て思いついた。
夜、濡れた芽を月の光が照らせば美しく景色を彩る。
そんな意味なのかもしれない。彩夜の髪は月の色だからぴったりな名前だ。勝手な想像だからわからないけれど。
「そろそろ帰らないと」
いつまでもこうしてはいられない。
今までだって悲しくて忘れたいことは箱に閉じ込めて忘れてきたのだからきっとできる。きっと家族のことだってそうして忘れたのだから大丈夫だ。
「・・・彩夜、一緒に帰ろう」
「うん」
さっきより彩夜の表情が明るい。よかった。
帰り道を二人で並んで歩く。
「ちっちゃい苗が埋もれてるね」
「ほんとだ」
植えられたばかりの稲が水没している。他愛のないどうでもいいような話をしていればいつもの空気のままだからいい。
「あの桃色の何か何?」
田んぼの壁にくっついている。見たことがないものだ。
「ジャンボタニシの卵だよ。外国から入ってきたんだと思う」
「そうなんだ」
そうだ。光月ちゃんから伝言を頼まれていたことを言わなくては。
「彩夜」
「なに?」
「・・・あのさ、光月ちゃんが『今度の土日にお泊まり会しない?』だって」
「したい! でもお兄ちゃんに聞いてみないと!」
よくわからないがとても楽しそうだ。
「あ・・・結、あのね」
彩夜が珍しく真剣な顔をしている。何か言われるんだろうか?
なぜか怖くなって・・
「彩夜、あれ・・今日はお客さんくる予定あったっけ?」
いつの間にか家に着いていたから話を逸らした。庭に見たことがない車が止まっていたからちょうどよかった。
「え・・・あ・・聞いてないけど。それよりね、結、聞いて」
ここまで言われたら逃げられない。もし逃げたらまた彩夜と距離が開いてしまう。
でも、もしかしたらそれでもいいかもしれない。そのほうが・・・
「彩夜、結理、おかえり」
秋翔くんが玄関まで出てきていた。
「ただいま」
「二人とも早く荷物を部屋に置いてからリビングに来て」
・ ・ ・
結にちゃんと伝えようとしたのにお兄ちゃんがちょうど邪魔してきた。
「・・はーい」
仕方ない。あとで言おう。お兄ちゃんはすぐに中へ入ってしまったから私は結と二人で玄関へ向かう。
「ただいまー。あれ? 靴がいっぱい」
やっぱりお客さんだろう。でも・・
「しかも小さい」
知らない大人の靴が二つと子供のっぽいマジックテープで止めるタイプの靴が四つ。
「小さい子が来ることもあるの?」
「無いことはないけどここまで多いことは滅多にないし・・・今日は平日だよ」
おじいちゃんたちのお客さんが来ることはよくある。その人たちは大体おじいちゃん達と同年代だから孫を連れて来ることもある。
けれど今日は平日だ。学校が普通にあっている平日にお客さんが孫を連れて来ることはない。
「・・・ただのお客さんなら私たちが会わなくてもいいよね」
「彩夜ならまだわかるけど・・・おれは要らないよね?」
私はお客さんが来ている時に呼ばれて私はよく知らないおばちゃんから『彩夜ちゃん、大きくなってー』と言われることもあるが結がよばれる辺りそれの可能性は低い気がする。
「んー、わからない。うん、考えるのはやめよう」
「そうしよう」
部屋にバックを置いて出てくると廊下でお兄ちゃんが待っていた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「・・彩夜、一緒に来て」
「うん」
お兄ちゃんの様子がどこかおかしい。誰が来ているんだろう? お兄ちゃんは知っているのかな?
「結も行ったほうがいいんだよね?」
「うん。結にも関係はある話だから」
ますますどういうことかわからない。結と目を合わせると同じようになんだろう?と首を傾げている。
「じいちゃん、ばあちゃん、連れてきたよ」
「二人ともおかえり」
「ただいま」
「ただいま」
リビングには四十代くらいの夫婦と思われる人達と小さな靴の持ち主と思われる子供たちが四人いた。
「本当に大きくなって・・・秋翔も彩夜ちゃんも」
「そうなの。あんなに小さかったのにもう中学生と高校生なんだから」
よく聞く会話だ。でもそれを聞いてお兄ちゃんが下を向いている。
「お兄ちゃん」
服をちょいちょいと引っ張るとお兄ちゃんは顔をあげておばあちゃんと話している女の人とその隣にいる男の人をまっすぐ見た。
「今まで・・・どこに行ってたんですか? 父さん、母さん」
「!」
お兄ちゃんの声は少し震えている。お兄ちゃんらしくない。
でもそんなことよりお兄ちゃんがこの人に父さん母さんと言ったのが一番の驚きだった。
この人が私たちの?
「ごめんなさい。もっと早く帰ってくるつもりだったの」
「色々なところに行っていたんだ。秋翔」
「そうですか。・・・その子たちは?」
「秋翔の妹と弟、仲良くしてね」
「・・うん」
突然そんなことを言われても・・・
「彩夜ちゃんもよろしくね。それと・・あなたが結理くんね。初めまして。これからよろしくね」
「・・はい」
「えっと・・・お父さんとお母さんなんですか?」
「そう。突然でよくわからないと思うけど仲良くしてくれたら嬉しいな」
「・・はい」
とりあえず『はい』と言っておくことしかできない。
「父さん、母さん、おかえり。俺、宿題がたくさんあって早く終わらせないといけないから・・・じゃあ」
お兄ちゃんは部屋に戻るらしい。私がここにいてもどうしたらいいのかわからない。それに様子のおかしいお兄ちゃんのことが気になる。
「私の宿題があるので。ね、結」
「あ、うん。そう! 今日は宿題が多くて」
「大変なのね」
「はい」
宿題が多いのは嘘ではない。でもどこか嘘をついた気分になりつつお兄ちゃんを追いかける。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「彩夜、ありがとう」
お兄ちゃんはどこか悲しそうな顔をした。
「・・・びっくりしたよ。私、初めて見たのかな? あ、でも、覚えてないだけであってるんだよね。お父さんとお母さんだもんね」
「うん。・・・あの人たち、昔からあっちこっち行ってたんだけどさ・・・彩夜が一歳になる前くらいのある時帰って来なくなったんだよ。・・そのまま存在を忘れてたのに。なんで今頃帰ってくるかな?」
お兄ちゃんは両親がいた頃を覚えているんだ。お兄ちゃんは四歳になる前に置いていかれて十年以上経った今日帰ってきたということだろう。
「じーちゃん、ばーちゃんと・・・彩夜さえいれば良かったのに」
お兄ちゃんはあの人たちが帰ってきて喜んでない。悲しんでる。
全く両親のことを覚えていない私はなにも思わない。他人同然だから。
「彩夜、一緒に宿題しよう」
「・・・うん」
ついて行って結の部屋に入ると先を歩いていた結が振り返った。
「今はそっとしておいた方がいいよ。秋翔くんは突然のことにどうしたらいいかわからなくなってるんじゃないかな?」
「そうだよね。私もびっくりしたもん」
「・・・」
「結?」
結はほんの一瞬だけれど顔を歪めて目をぎゅっとつぶっていた。どうしたんだろう?
「あ、うん。本当にびっくり」
お兄ちゃんは私が見えないもの達を見えることも知っている。それでも受け入れて私のことが大好きなお兄ちゃんだけれど、あの人たちはどうだろう?
もし、バレたらどうなるだろうか?
「秋翔くんはなんとなくあの人たちと似てる気がしたけど、彩夜はあんまり似てないね」
「髪と目がこんな色だから違って見えるんじゃない? でも・・・お兄ちゃんとも似てるって言われたことないんだよね」
私は誰に似ているんだろう? この髪と目はどうして黒ではないんだろう?
「おれも両親とも妹とも似てないんだ。でもどちらかというと母様に似てるんだって」
「そうなんだ」
結はたまに家族のことを話してくれる。
「でも二人とは似てて・・・うぅっ」
結が頭を押さえて壁に寄りかかる。
「どうしたの? 痛いの?」
結はコクっと頷いた。
「結、ほら、横になって」
掛け布団をめくって布団に結を誘導する。そのまま寝せて布団をかける。
「彩夜、これくらい・・・いたっ」
「寝るのが一番だよ」
よほど頭が痛いのだろう。ずっと押さえたまま辛そうな表情をしている。
でも横になってもなかなか良くならないらしい。
「彩夜、何か話して。・・・気が紛れるように」
「うん」
なにがいいだろうか? 結にもわかる話で・・・
「あ、劇でするあの物語にはいろんな説があるんだって。この前、アリス部長がたくさん話してくれたの」
「うん」
「実は少年と少女が幸せにならなかったのが原作であれはそれを変えたのもという説があったり、実際にロミオとジュリエット的なことが起きてそれを盛って物語にしたとか」
思ったより話が膨らまない。どうしよう。ロミオとジュリエットを結がわかるはずないし・・・。
「物語には出て来ないけどね、主人公達には兄弟がいるんだって。裏音には兄と弟が雪には妹がいてその兄弟達が主人公のお話も作られて残っているんだって」
「っ・・・」
「結! どうしたの!」
さっきより辛そうだ。
「・・・頭が・・割れそう」
「・・・」
逆効果だったんだろうか? 何か私にできることは・・・
「彩夜・・」
結の頭にそっと触れる。
「痛いの痛いの飛んでいけ」
こんなの効果がないのはわかっているけれど気分だけでも、少しでも良くなって欲しい。
「・・・あったかい」
「ん? ! なにこれ」
結の頭に触れた私の手から光が溢れている。
すると結の表情がだんだん和らいでいって・・・そのまま、すうっと眠った。
「・・・結」
その顔にもう苦痛の色は見えない。よくわからないけれど良くなったらしい。よかった。
「あ」
急に眠気が襲ってきて・・。
そのまま結の布団に顔を埋めて眠ってしまった。
読んでいただきありがとうございます。
文化祭が始まる前にちょっと別のお話を挟むことにしました。なので文化祭はもう少し後になりそうです。(5話以内には文化祭を始める予定です)
結の決断と彩夜の思いはこれからどうなっていくのでしょうか?
次話も読んでいただけると嬉しいです。




