九話 すれちがい
「遅いなー」
本当なら休憩が終わってる時間なのに結が戻ってこない。
部長達はまだ言い争いを続けているからもうしばらくは始まりそうにないけれど。
「あ、帰ってきた」
「結、どこいってたの?」
「教室に忘れてた荷物を取りに行ったら先生に捕まって荷物運びさせられたんだよ。それだけ」
嘘をついてるような感じはしない。
「そっか。ならいい」
「いいって? なにが?」
「また結がおかしくなって隠して何かしてるのかと思ったから」
「・・・あれはもうしばらく考えるのをやめることにしたから大丈夫!」
言葉の後ろに何かを隠しているような気がする。
「でも何かずっと考えてるよね」
「そう?」
結が知らない人によく見せる堂々とした完璧な笑みを見せてくる。きっとどれだけ聞いても教えてくれない。私にもこの笑顔を向けることってあるんだ。
「言いたくないならいいけど、・・・相談くらい・・・でも私役に立たないし・・・。結、なに隠してるの?」
だめだろうとは思いつつ聞いてみた。
「・・・なにも」
またこの顔だ。
「浮気を疑う妻と浮気をした夫みたい」
「ドロドロしたような展開になっていくドラマみたいな?」
「そんなの見たことあるの?」
「無いよ」
横でみーちゃんと宙が勝手に色々言っている。
「みーちゃん、宙、想像力豊かだね」
「俺はなにも言ってないよ」
「二人とも否定しないの?」
「どこから否定したらいいの?」
「どこからでもいいよ」
どこがいいかな? どこでもいいけれど・・・そうだ!
「・・結は浮気するタイプじゃ無いと思う」
「そこ?」
「よかったな。彩夜ちゃんに褒められてるよ」
「そうなの?」
あんまり結のことは知らないけれどなんとなくそんな気がする。
「宙は軽く浮気してしっかり尻に敷かれてる奥さんにとっても怒られると思う」
「浮気に軽くってあるの?」
「ちょっとご飯に行くくらいの浮気とか? 勝手な想像だけどね」
「彩夜ちゃん、ひどくない? 幼馴染をそんなふうに言うなんて」
「そんな風に見えるのが悪いんじゃない? 私にもそんな風に見えるよ」
「っ! 絶対無い。本当に無いから!」
宙が必死にみーちゃんに言っている。二人の方が私には浮気をした夫とそれを怒る妻に見える。
将来もこの二人は一緒にいるんだろうなー。そしてこんなやりとりをするんだろう。
「結」
「・・・彩夜には相談しないよ」
なんでも無いことのように結はそう言った。
「・・・うん。わかった」
だから私もいつも返事をするのと同じように笑って答えた。
どうせそんなものだ。どうせ・・・・・結は私なんか・・・・
「ねえ、セリフってどれくらい覚えた?」
「えっと・・・10ページ」
「! どうしてそんなに覚えられるの? 記憶力まであるの?」
私なんかまだ1ページも覚えられていないのに。
「これ、面白いから覚えやすくて」
「うん、面白いけど・・」
「彩夜も好きな本のことは内容暗記できるよね。そんな感じで覚えてみたら?」
「やってみる」
台本ではなくて好きな小説だと思って・・・・・
「本当だ。覚えられるかも」
「なら、よかった」
「裏音ってかっこいいね。このシーンとか特に好き」
後半の雪と裏音が二人っきりになるシーンが二人の微妙な距離感とそれぞれの思いが絡み合ってとてもいい。
「雪は少し彩夜に似ている気がする」
「そうかな? でも、これが書かれたのってずっと昔で七百年以上前なんだって、平安時代よりはあとに書かれたらしいんだけど作者は分かってないんだって。昔に書かれているのに現代風な文章だから不思議に思って研究している人も多いとか」
「そうなんだ。書いた人はおれみたいにこちらに来たことがある人だったりして」
「あるかもね。・・・あとね、不自然に作者に関する情報が全く無いんだって。まるで誰かが意図的に消したかのように」
そんなことをこの物語について教えてくれた先生が言っていた。
「もしかしたら、あっちの世界にはこれの作者がいて会えるかもしれないよ。そしたらどうやって作ったの?って聞いてみたいなー」
「・・・あっちでもまだこのお話は誕生してないと思う」
「そうなの?」
「昨日、秋翔くんに劇の話をしたらこのお話のことを色々教えてくれて、最初に書かれた原稿の写真も見せてくれたんだけど、それが書かれた紙が今の藍国にはないものだった」
ということはこれから書かれるってことかな?
「なら、作者に会える確率は高いね」
でもそんなところからも考えることができるんだ。結は私より知識もいっぱい持っているんだろう。
「結はすごいね」
「そう?」
「うん。すごいよ。写真を見て、紙のことに気づくなんて」
「・・それはこの前、流がくれた紙って茶色っぽいものだったんだ。奏さんからの手紙も。だけど写真のものは白かった。今の藍国に紙をあそこまで白く作る技術か材料はないんだ」
そういえばそうだったかもしれない。
奏さんからの手紙の紙は書道の清書用紙のような色をしていた。
「これから何か変わるってことなのかな?」
「! ・・・そうかもしれない」
結は一瞬だけ驚いたような顔をした。そしてまた遠くのどこかを見ている。
「結・・・どこを見てるの?」
「どこだろう?」
「しばらくはゆっくり考えるんじゃなかったの? 悩むのやめるって・・・」
言わないほうがよかったのかな? 放っておいた方がよかったのかな?
「なんでもない」
台本をとってみーちゃんたちのところに行く。
「みーちゃん、ここのを言うの難しいよ。早口言葉みたいだよー」
「私もそんなところあるんだよねー。見て、ここ」
「うわぁー、多いし長い!」
「もー、アリス部長、もう少し言いやすいのにしてくださいよー」
「ん? 何か言った?」
部長はやっと言い合いが終わったらしくこっちに来てくれた。
「長いですよー、セリフ短くなりませんか?」
「これだからの良さがあるの! 変更なんてしないからね」
「アリス部長、いつ練習再開するんですか?」
「そうだった!」
「早く練習しましょうよ」
「おー、彩夜芽ちゃんやる気あるね」
「違いますよ。部長たちが言い合いばっかりしてると私はすることないんです」
手伝っているだけだから部長達ほどやる気はないし、思い入れもない。
けれど楽しい。
こんなにわいわいと大人数で騒ぐのはいつぶりだろうか?
「アリス部長、私との決着はまだついていませんよ!」
そういえば言い合いの始まりは私の取り合いだったっけ?
「紗羅ちゃんには彩夜芽ちゃんは渡さないよ」
「彩夜ちゃんは私の友達ですからね。部長、紗羅さん」
これにみーちゃんまで入ったらもっと大変なことになってしまう。
「早く練習しましょうよー、私の取り合いはもういいですから」
「じゃあ二場面の最初からね!」
「まだここまで読んでないですよ!」
「私も読んでません」
「いいのいいの。見ながらでいいからやるよ」
「「はーい」」
そして六時半
「じゃあね、光月ちゃん、彩夜芽ちゃん。また明日」
「さようならー、アリス部長」
「また明日」
彩夜と光月ちゃんは部長に楽しそうに手を振っている。
部長は誰とも違う方向に家があるらしくいつも一人で帰るらしい。
「私も先に帰るね。また明日」
「はい。紗羅さん」
「明日こそ衣装の方をするからね!」
「はい」
紗羅さんも先に帰って残っているのはおれたちだけになっていた。
「じゃあ帰ろう!」
「帰ろう!」
彩夜と光月ちゃんは二人で並んで帰り道を進んでいく。おれと宙はその後ろをついていく。
「彩夜ちゃん、楽しそう」
「そうだね。・・・いつもこんな感じ?」
「いや、また明日って学校でこんな笑顔で言っている日なんて珍しいよ。最近とっても楽しそう。学校も休まずに来てるし」
「そうなんだ」
「うん。彩夜ちゃん学校嫌いで今も学校嫌いとは言ってるけど楽しそうだから・・少しいいのかなと思って」
確かに朝、学校に行くときも今日はあれが楽しみだとかこれがあるとか放課後に早くならないかなーとよく言っている。
前のことを知らないからそんなものかと思っていた。
「結理、彩夜ちゃんと何かあった?」
「あったような、なかったような」
「どっちなんだよ」
「・・・多分さ、彩夜には相談しないって言ったのが原因だと思う」
「なにを相談しないって?」
彩夜がなにを思って私に言ってと言ったかはわからないけれど・・・
「多分、彩夜はおれが最近色々考えてたから言ってくれたんだと思う」
「なのに相談なんかしないって言ったの?」
「だってさ、今考えてることは彩夜には一番言えないんだよ」
流と再会してから悩み始めたことだって彩夜には相談しずらい。彩夜には隠しておきたいことだから。
今考えていることは少し違うけれど。
「言えたら言ってるって」
「なにを考えてるの? 言わないから教えてよ」
「そんな風に言う人は信用ならない」
「えー、じゃあ・・・秘密の交換でどう?」
「・・・宙の秘密次第かな?」
「分かった、ーーーーーーーー。・・・どう?」
予想のずっと上をいく秘密だった。おれの悩んでることなんて大したことはないのに。
「いいよ。・・・考えてることは・・・」
「なに?」
「先に言っとく。ちっぽけな悩みだから」
「いいって。早く言ってよ」
「いつから彩夜が可愛く・・・見えてるんだろうって」
なにを言っているんだろうか? 自分でよくわからない。
「ふっ、・・・いやー、そんなことで悩んでたとは」
「だってさ、彩夜のことを妹みたいに思ってるのかとか色々考えてたらわからなくなっていったんだ」
「いつからなのかなんてどうでもいいじゃん。事実としてあるのは結理にとって彩夜ちゃんはかわいいっていうことだけ!」
「そうだけどさ、秋翔くんみたいになるのは嫌なんだよ。彩夜からはお兄ちゃんと似てるねって言われてるし」
どんどん話している気がするけれど良いんだろうか?
「俺も秋翔くんみたいになりたくない気持ちはわかるかも。いいお兄ちゃんだとは思うけど・・なりたくは無い」
「そう!」
「結理が悩んでるのって可愛いがどの可愛いかなんじゃない?」
「?」
「彩夜ちゃんって誰から見ても可愛いって言われるような見た目をしてるから。でもそれだけじゃ無いんでしょ」
そういうことか? そうかもしれない。彩夜は誰から見たって可愛い見た目をしてるんだから。
「他に彩夜ちゃんに対して思ったことは?」
「えっと・・・彩夜に対してかどうかはわからないけど・・少しでも長くそばにい」
急に恥ずかしくなって言葉が止まった。宙を見ればニヤニヤしながらおれを見ている。
「なんだ?その顔」
「・・・別に、ただ仲がいいんだなーと思っただけですよ」
「いきなり敬語ってなに?」
「いやー、・・そろそろ家に着くからこれで終わり! これは秘密ってことで」
「分かってる」
宙にも色々あるらしい。
「そういえば教室にいる時はどう? 女子が攻めてくるのは無くなった?」
「うん。でも特に話す人もいないから何かあれば鮎川さんに聞いてる」
「鮎川さん? あー、紗羅さん?」
「そう、最初に紗羅さんってみんながそう呼んでたから同じように呼んだら『鮎川さんでしょ!』って本人に怒られた。女子ってわからない」
他の女子は名前で呼んだら喜ぶのに。
「初対面なら苗字で呼ぶものだから・・・仕方ないかも」
「そっか。それは一緒なんだ。みんな名前ばかりで呼び合っているからそういうものかと思ってた」
「先生は苗字に先生って付けて呼ばれてるじゃん」
「・・・先生は名札がないから」
先生の名前なんて知らない。先生だってみんなが呼んでいるように呼んでいるだけ。
「燈依先生は? あれって名前じゃないの?」
「名前だよ。たまにそうやって名前で呼ばれる先生もいるんだよねー」
「そうなんだ」
「ねえ、二人で何の話してるの?」
「遅いと置いていくよー」
彩夜たちを見ればいつの間にかずいぶん距離が離れていた。
「おれは家ここだから、また明日」
「じゃあねー」
「明日、英語の宿題写させてね」
「彩夜ちゃん、自分でしてよ」
「だって英語苦手なんだもん」
「しょうがないなー」
「宙、ありがとう!」
宙はそのまま家に入って行こうとしたところで振り向いた。
「どうした? 忘れ物?」
「違うよ。結理、早く彩夜ちゃんと仲直りしてよ。俺たちが困るから」
「うん」
「じゃあ・・」
その姿なのか声なのかはわからないけれど・・
「○○○・・・さん?」
そっくりで宙にその名前で呼んでしまった。
「・・・」
「ごめん、宙と似てたんだ。その人が」
「・・・似てるんじゃないよ」
「え?」
「なーんてね。・・・全部二人だけの秘密。じゃあ」
宙は家の中に入ってしまった。聞く間もないまま。
「結、本当に置いていくよ」
「あ、今行く」
夕焼けで空が赤く染まっている。
宙の言ったことが嘘なのか本当なのかわからなかった。
「・・どうしたの?」
「・・・いいや、忘れることにする」
「なにを?」
今はまだ考えたらいけない気がした。
「私はこっちが家だからじゃあね」
「うん、じゃあね」
彩夜と二人はなんか気まずい。あんなことを言ってしまったからだろう。
「今日の夜ご飯はなんだろうね? 今日は暑いから涼しくなるようなのがいいなー」
彩夜はなにもなかったかのように話してくる。
「そうだね」
「帰ったら冷凍いちごでも食べようかなー」
「レイトウイチゴ?」
「冷たくて美味しいよ。アイスより私は好きなの!」
これはそう振舞っているのか、それとも素なのか?
「・・ならおれも食べてみる」
「うん!」
これが隠した結果なのかと・・・やっとわかった。
読んでいただきありがとうございます。
今回はいつの間にかとても長くなっていました。そして内容もいつもより濃いくなっているのかな?と思います。
ここから少しずつ彩夜と結の関係には変化があるのかもしれません。
そして宙にも何か秘密が?
次話も読んでいただけると嬉しいです。




