三話 燈依さん
「はい、冷たいお水」
「ありがとうございます」
「今日は何する? 一時間はここにいるんでしょう」
「そうですね・・・」
ここに来たら先生は勉強しなさいなんて言わずにサボるように勧めてくる。この前なんか二人でトランプで遊んだ。
「たまには先生の話も聞かせてくださいよ!」
「何もないわよ」
「でも、先生のこと私何も知らないですよ」
普段は話を聞いてもらってばっかりだ。だからせっかくだし色々聞いてみたい。
「いくつですか?」
「彩夜、それは聞いたらだめじゃない?」
「先生はまだ若いからそういうこと気にしないんじゃないですか?」
先生は歳を隠すような年齢には見えない。そういえば・・いつから年齢が気になるようになるんだろう?
「そもそも・・・歳なんかはっきり覚えてないのよ。いくつだったかしら?」
「そんなこと聞かれてもわかりませんよ」
歳を忘れるなんてことある?
「趣味は?」
「・・・特にないのよ」
「なら、兄弟はいますか?」
「私が知ってる限りだといない」
「どこ出身ですか?」
「東北の方」
どれもはっきりした答えが返ってこない。
お兄ちゃんによると先生のこういうところが一部の人にミステリアスで人気があるらしい。
「休日にしていることは?」
「・・・ゴロゴロ、だらだら一人でゆっくり・・・あー、そんな一人の優雅な暮らしが! なんであの二人は私のところにくるの? あれの性格なら絶対私にも絡んでくるし」
「えっと、引っ越して来た人のことですか?」
「そうそう」
「その人たちって燈依先生の友人なんですか?」
突然、結が燈依先生にそう聞いた。
「・・・なんでそう思ったの?」
「その人たちのことを話している燈依先生は楽しそうだから・・なんとなく」
「まあ・・・家族のような関係なのよ。家族以上友人未満の関係」
そんなふうに言う燈依先生はどこか寂しそうに見える。
「本当はもっと居たの。そういう微妙な関係の仲間が・・・」
「なんか・・・色々あるんですね。先生にも」
「彩夜ちゃん、その意外って言いたそうな顔は何?」
「いや・・・なんか思ったんですよ。先生もそんな顔をすることがあるんだなーと」
燈依先生はいつも笑顔だから暗い表情をみたことがなかった。
「・・・よかったですね。その人たちが来てくれて」
「でもね・・最近、それよりも嬉しいことがあったのよ」
燈依先生が今日の中で一番の笑みを見せる。
「何があったんですか?」
「うん。ねー、結理くん」
「? なんのことですか?」
結はねーと言われたもののなんのことか分からないらしい。先生は笑って誤魔化して教えてくれない。けれどとても楽しそうだ。
「私はね・・・誰かで遊ぶのが好きなのよ。ねえ、結理くん。色々聞かせてくれる?」
「あ・・・え・・・・」
「ふふっ」
いつだったかお兄ちゃんもこんなふうに燈依先生に遊ばれていた。
「あー、もう六時間目終わっちゃったの?」
「そうみたいですね。早いですね」
楽しい時間はあっという間だ。
「長かったー」
「またいつでも来てね。結理くん」
燈依先生は結理をとても気に入ったらしい。
「私はどうなんですか? 今日は結ばっかりですね」
「もちろん、彩夜ちゃんもまた来てね。結理くんを連れて」
「結の方がいいんですか?」
「面白いんだもの」
結ばっかり・・・
「彩夜ちゃんってすぐに膨れるわね。くせなのかしら?」
「え! 膨れてました?」
「小さい時からいつもそうよ。フグみたいにぷーって」
「え・・・」
そんな子供っぽいことをいつもしてるの? そんな・・・・
「彩夜ちゃんはそういうことが可愛いのよ」
「嬉しくないです。子供っぽいってことでしょう」
「いいじゃない」
「彩夜は・・・それでいいんじゃない? もう少し子供っぽいのはどうにかしてほしいけど」
「ねえ、結理くん。彩夜ちゃんと何かあったの? それで赤くなってるとか?」
結は燈依先生から目を逸らす。
「おれだって色々あったんですよ。・・・先生は彩夜をどうにかできますか?」
「・・・無理ね」
結も燈依先生も何を言っているんだろうか? でも私の悪いことを言われていることくらいはわかる。
「これだけは秋翔くんもわかってくれたんですよ。彩夜は自分の年齢をわかってない」
「それくらいわかってるよ。今、十二歳」
それくらい覚えている。
「あ、結、早く帰ろう」
「もういいの?」
「うん。帰ったら何する? 勉強はしたくないなー」
「今日も夕食作るの手伝う?」
「あ、お兄ちゃん今日ね帰ってくるの遅いらしいから結に料理はよろしくって言ってたよ。私も手伝うね」
「あんまりこっちの料理知らないんだけど」
まだ結がこっちに来て三日目なはず。確かにわからないだろう。
「ご飯と味噌汁、・・・あとは冷蔵庫にあったもので作る?」
「それなら作れるかな? そうだ、彩夜、少しだけ勉強教えて」
「二年生のわかるかな?」
やっぱり二年生のは難しいだろう。
「ほとんどわからないから基礎が知りたい」
「・・・それくらいなら・・私がわからないところはお兄ちゃんに聞いて」
「うん」
「あ、あの本もう読んだ?」
「読んだ! 全部は理解できなかったけど面白かったよ」
結には比較的読みやすいお話のものを渡した。これでまた物語について語り合える人が増える。
「でしょ! 本のこと色々話していい?」
「いいよ」
「ありがとう」
五時間目の後に教室から持って来ていた荷物をまとめる。
「彩夜、それ持とうか?」
「これくらい持てるからいいよ」
「彩夜ちゃん、筆箱忘れてるわよ」
「あ、本当だ。ありがとうございます」
「いいえ」
バックをからって扉を開ける。
「燈依先生さようなら」
「さようなら」
「彩夜ちゃん、結理くん、さようなら」
結が遅いから引っ張っていく。
「彩夜・・・」
「早く帰ろうよー。あ、結の靴箱どこ?」
「あっちだと思う」
一人になった燈依先生が・・・
「・・・これは重症ね」
そう呟いたのは私には聞こえなかった。
「燈依さん、こんにちは」
一人になった保健室でのんびりしていると二人の生徒がやってきた。
「光月ちゃん、宙くん、二人揃って来るなんて珍しいわね」
「彩夜ちゃんと結理くん知りませんか?」
「さっき帰ったわよ」
「やっぱり・・・」
「そうだろうとは思ったけど・・・まあいいか」
「・・・用はそれだけ?」
この二人がわざわざ私のところに来るくらいだ。きっと何かあるんだろう。
「どうでしたか?」
「なんのこと?」
「結理のことですよ。他に聞くことなんてないでしょう」
「午後は彩夜ちゃんに連れられて結理くんもここにいましたよね。少しくらい会話もしたんじゃないですか?」
答えるしかないらしい。
「・・・そうね。あんまり人と話すのに慣れてないのかしら? いつも他人に対して警戒しているのがわかる。特にクラスの子に対してがひどいみたいね」
「見に行ったんですか?」
「たまたま見かけただけよ」
こう言っても光月ちゃんには私が結理くんをわざわざ見に行ったことはばれているだろう。
「やっぱり燈依さんにはすぐに打ち解けたみたいですね」
「でも・・彩夜ちゃんには敵わないわ」
「そうですね」
あの人にとってあの子は私とは比べ物にもならないほど大きな存在だから。
「ねえ、結理くんってどんな育ち方をしてるの?」
「気になりますか?」
「教えてくれるの?」
「あの二人に聞いてください。情報をまとめた紙は渡していますから」
「・・・わかったわ」
これ以上追求してもきっと教えてくれない。
「燈依さん」
「何?」
「二人のこと見ててあげてくださいね。そしてよかったら二人の居場所になってあげてください」
「あなた達、何をするつもりなの?」
昔から人の考えていることを読むのは得意だけれどこの二人の考えていることはわからない。
一体どこに向かっていこうとしているのだろう?
「・・・二人が選んだ道の途中には孤独があるかもしれませんから」
「全ては二人次第ですけどね」
「あなた達が隣にいればいいじゃない」
「私たちが彩夜ちゃん達の隣にいる資格なんてないんですよ」
光月ちゃんは寂しそうに微笑む。それを宙くんは見てため息をつく。
「じゃあ先生、また今度。みーちゃん、行こう」
「はぁー、気をつけて帰るのよ」
「「はーい」」
二人はこれからの彩夜ちゃんと結理くんを心配している。私にはまだわからないが彩夜ちゃん達の未来には辛い道も待っているのだろう。でもあの二人ならば乗り越えていけると思う。それにその時は彩夜ちゃん達の周りには私たちがいる気がする。
けれど光月ちゃんと宙くんのそばには誰もいない。本人達が周りを寄せ付けないようにしているようにも見える。
私には、二人が今にも崩れそうな細い道を歩いているように見えた。
「ただいまー」
「おかえりー、遅かったね」
成雨がいつものように話しかけてくる。夏牙はいつものように一人でいる。
「はぁー、疲れた。あの部屋暑いのよ」
荷物をその辺に置いて近くのソファーに寝そべる。
「それは大変だったね。暑いのは苦手だろう。・・彩夜芽ちゃんはどうだった?」
成雨はたくさんの氷が入ったお茶を渡してくれる。夏牙と違って成雨は気が効く。
「彩夜ちゃんがいつもより楽しそうにしてたわ。やっぱり結理くんのせいかしら?」
「ならよかった。あの子は笑ってるのが一番だ」
「成雨も変わらないわね」
「昨日、彩夜芽ちゃんと会ったのは話したよね」
「それは聞いた」
「少しは会話してくれたんだよ。あの時よりはいいのかな?」
「話したの!」
人見知りがひどくて彩夜ちゃんはよくお兄ちゃんである秋翔くんの後ろに隠れている。初対面だと話しかけてもほとんど会話にならない。
「迷子になってたからお友達のところまで案内したよ」
「ついてきてくれたの!」
「昔よりマシなんだなーとは思ったけど、普段はそうじゃないの?」
成雨は彩夜ちゃんがどの程度の状態なのかまだわかってない。
「なんとなく覚えているってあるのかしら? 彩夜ちゃん、普通はそうはいかないのよ」
「・・・いつからあの人のことを知ってるんだ?」
彩夜ちゃんの話題だったからか夏牙が話しかけてきた。
夏牙はまだ見た目も若いが中身も若い。どちらも中学生か高校生くらいにしか見えない。
「彩夜ちゃんが十歳にもならない頃から」
「そうか」
夏牙はあの子がいないと一人だ。あの子と同じで不器用で・・・
「夏牙、そんな端っこで一人でいるくらいならこっちに来なさいよ」
昔は話しかけても無視するくらいだったから返事を返してくれるのは進歩した方だ。
「一人じゃない」
「どう見ても一人じゃない」
「違う」
「燈依、よく見て」
「何?」
成雨が指をさすところを見る。よく見れば夏牙は小さな透明の石を持っていてそれをずっと眺めている。
「何あれ? 夏牙ちょっと見せて」
「ん」
夏牙はその石を大事そうに持って見せてくれる。
中には幼い子供が二人眠っている。
「だから一人じゃない」
「この子達って・・・」
ある憶測が浮かんでくる。
「その通りだよ」
成雨は目を細めて石を見る。
「聞いてないんだけど!」
「いう前にあんなことになったんだよ。だからこの子達の存在は仲間もほとんど知らない」
夏牙がここまで大切そうにする理由がわかった。
「思ったより複雑なのね」
「そうそう」
成雨が言うと重い話も軽い話にしか聞こえないから不思議だ。
「大体事情はわかったわ」
「ならよかった。そうだ、今から夕食を作ろうと思うんだけど・・・ご飯と焼き魚でいい?」
「・・・ねえ」
「なに?」
「成雨、まさか昔みたいな料理を作る気?」
「他になにがあるの?」
そうだ。こういうところも教えなくては! そして、仕事から帰ってきた頃には夕食が出来上がっているように成雨に毎日作ってもらおう!
「今の料理はすごいのよ。教えるから台所に行きなさい」
「なにを作るの?」
成雨はすぐに動くが・・・
「夏牙、なんで動かないの?」
夏牙の綺麗な長い銀色の髪を掴んで軽く引っ張る。
「だって」
「だってじゃない。働かざる者食うべからずよ」
「わかった」
夏牙は私のことも成雨のことも得意ではない。夏牙はあの子にしか懐いていなかった。
けれど昔と少し変わった気がする。
私が知らない間に何かあったんだろうか?
「そこは違う! こうするの」
「これでいいか?」
「あのね、こうするんだよ」
「あー・・・わかった」
昔より素直になっている気がした。
読んでいただきありがとうございます。
今回は燈依さんとその周りの人のお話でした。燈依さんは面倒見の良いお姉さんのような感じです。
これからこの章のメインのお話が始まります。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




