神の力
メアリーとリリーの宿のなかの話。
傭兵ギルドでの試験を無事通過したその夜
昼間の酒場の喧騒と対照的に、
夜半のふたりの宿はひっそりとしている。
メアリーはすでに寝台に転がり、うつろな目は
天井だけを写していた。
この瞳はリリーの前でしか現れない。
獰猛な闘気を持つ瞳はなく、無気力なその瞳。
リリーも寝台に腰掛け、メアリーを労っていた。
普段よりも、慈愛を込めて。
「お疲れさまでした。驚きましたよ。
あのギルド長を相手に善戦していましたね」
「そうか」
「あなたがかくも強くなるとは。
わたしも誇らしくおもいます。」
「あたしの力じゃない」
その言葉に、リリーは困ったように笑ったが、
メアリーは見ていない。
「いえいえ、あなたの努力の賜物ですよ。
剣技に細工なし、と言ったものです。
付け焼き刃ではないことはあの場に居た方々に
証明できたでしょう」
「あたしは戦えない」
「戦えていましたよ。
もうすっかり、立派な傭兵ですね」
メアリーの返答はなかった。
「あの時、わたしは手助けしていませんよ」
リリーは聞き分けのない子を諭すようにそう言った。
「ーー邪魔したくせに」
メアリーは眉をひそめて、苦しげに言葉を紡いだ。
「ーー邪魔なんて、なんのことでしょう」
「あたしが、あの傭兵ギルドの所長と、
戦えるわけがないだろ。
あたしは、ただの村娘なのに。
あのとき、あたしの力じゃ、剣だって
振れてなかったろ」
「いいえ、あなたの努力の結果ですよ」
リリーはメアリーの手を握って、
聖母のような微笑みを浮かべていた。
それでもメアリーは大海の底で空気を求めるように、苦しげに、言葉を発する。
「ーー神様の力なんだろ?」
「・・・ええ。
たしかに、神はあなたに力を与えました。
しかし、その力も研鑽を積んで身についたこと。
あなたの努力の証に変わりはありません」
「・・・おまえも、神様も、
あたしに随分と慈悲を掛ける」
それは精一杯の皮肉を込めた言葉。
「ええ。
神はすべてのひとに慈悲を掛けます。
わたしは神に仕える身、それに倣います」
リリーは花が咲くように楽しげに言う。
「だったら、あたしを死なせてくれ」
メアリーの目尻から、涙が溢れ、
枕の綿布に染み込んでいった。
虚な瞳に、切な願いが込められていた。
「あの試験のとき、あたしは、死ねたんだろ?
あのギルド長は、あたしを、殺せたんだろ?
あたしは、弱いから。
あいつは、強かったから。
だから、剣を折って、試合を止めたんだろ?」
一連の訴えを聞いても、リリーは微笑みを崩さない。
「そう泣かないで。
神があなたに力を与えたのも意味があるように、
剣が折れたのも、神の思し召しですよ」
いつだってそう、メアリーの訴えは
リリーに届かない。
こういったやりとりも、何度もあった。
メアリーが死ぬことはない。
本人が心から望んでも、こいねがったとしても。
リリーがそばにいる限り、神が望む限り。
メアリーは死なない。
いつからか、リリーを見るメアリーの瞳は
哀願と諦観のふたつだけを映すものになった。
「あなたのはじめの願いを、
神は叶えているのです。
それを共に目指しましょう。
結果的に、
それがあなたの救いにもなるのですから」
苦くて甘い、自分で願ったことが、
自分を苦しめる真綿の絞縄になるなんて。
一刻も早く、首を絞めてほしいのに。
「今日は疲れたのでしょう。
もうお休みにしましょうか」
リリーはメアリーの手を祈るように両手で握る。
「あなたに神の祝福を」
リリーはいつだって
天使のような微笑みを浮かべています。
メアリーの願いを叶えるため、
一緒に行動しています。