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機巧探偵クロガネの事件簿 〜機械の人形と電子の人魚〜  作者: 五月雨皐月
機械の人形と電子の人魚 編
9/24

幕間4

 宛先:お母さん

 題名:活動日誌/四日目

 本文:

 

 探偵さんが初めて私を名前で呼んでくれました。何気に二人称も「君」から「お前」になって親密度がアップです。これは彼の元に身を寄せて以来、一番嬉しい出来事ですよ。この心境を例えるならば、念願叶って第一志望校に合格した受験生のような感じでしょうか? 学校に通ったこともなければ、受験勉強もしたことないので映像記録からの想像ですが。人間なら感涙にむせび泣くほどの出来事でしょう。


 探偵さんと再会して間もなく、女医さんの余計な一言を検索してしまった結果、性的知識を芋蔓式に検索してしまい、事前にインストールしていた『思春期を迎える女子との向き合い方』から得た深層心理学の情報が仇となって多数のエラーが検出されました。分割思考による情報並列処理も上手く機能せず、思考ルーチンに回す排熱が機能不全に陥ってオーバーヒートを起こしてしまい、緊急マニュアル第三項に従い、強制シャットダウン・再起動を行いました。

 緊急処置に探偵さんの助力もあって、損害なく無事に再起動を果たせました。


 ……女医さんはいつか〆ます。

 もし彼女がゲーム中にレアアイテムをゲットした暁にはセーブする暇も与えず、電子レンジ、エアコン、ドライヤーといった家中の家電を一斉にスイッチONにして間接的にブレーカーを落としてやります。

 ……探偵さんから「やめなさい」と言われ、断念します。ちっ、命拾いしましたね。


 悪事に加担していないにも拘らず、黒龍会関係者だったばかりに職を失った人たちのことについて、探偵さんにAIの存在意義や、どこまで人間に寄り添えばいいのか相談したところ、女医さんの職場である総合病院の見学に連れて行ってくれました。

 そこで目の当たりにしたのは、生きるために難病と闘う人間の姿でした。

「人間は救いを求めるだけの弱い存在ではない」

 探偵さんが言ったこの言葉の意味が少し解りました。

 どんなに絶望の暗闇に落とされても、人は絶望から這い上がれる強さがある。

 私達AIは灯りとなって、その人たちの道を照らして上げればいい。

 人の人生を支える道具としてAI(私達)が生まれたならば、

 人と共に在り続ければ、やがて人間になれるのではないか。

「美優が導き出した答えは、とても意味と価値がある尊いものだ。そういう考え方は普通の機械には出来ない。大事にしろよ」

 病院からの帰路の途中に自分なりの答えを話したら、探偵さんはそう言ってくれました。

 私の答えを否定も肯定もしなかったけれど、それはこれから考えて判断していけば良いだけの話です。

 今日、学んだこと、感じたことを大事に記憶します。


 備考:病院で脅威度・最大の『獅子堂玲雄』と遭遇しました。

 探偵さんの機転で私の顔は見られずに済みましたが、不可避な因縁をつけられてしまい、何らかの報復行為が予想されます。

 私の開発スポンサー特権により、獅子堂家に関する検索が一切出来ません。

 ならば獅子堂玲雄の行動は把握できないかと、衛星や獅子堂の屋敷のセキュリティにハッキングを仕掛けようとした途端、ブロックされてしまいました。

 探偵さんのお役に立とうにも、強大な力を持つ相手に今の私では無力です。

 不甲斐なく探偵さんに謝罪すると、彼は私の頭を撫で「大丈夫。あとは任せろ」と言って、事務所を出ていきました。


 ***


 今日の分の仕事が片付き、そろそろ帰宅しようかと考えていた頃。市長室のデスクの上に置いていたPIDに着信が入る。

「はい、山崎です」

 スピーカーモードで通話しつつ、鞄の中身を確認する。よし、忘れ物はないな。

『どうも、クロガネ探偵事務所の黒沢です』

「ああ、先日はどうも」

 彼とは重要な話があったので丁度いい。

「例の依頼の方は受けてくれたのですか?」

『はい。全力で仕事に当たらせて貰ってます』

「それは良かった。仲介程度の関係ですが、私に出来ることがあればいつでもご連絡ください」

『それではお言葉に甘えてお願いできますか? 出来れば今すぐに』

「今、ですか? 随分と急ですね」

『申し訳ありません。獅子堂玲雄と少々揉めてしまったもので』

 その名を聴いた市長は、咄嗟にスピーカーモードから通常モードに切り替えて耳元に当てる。

「……一体何があったのですか?」

 室内には自分以外誰もいないにも拘らず、自然と口元を手で覆い隠し、小声で話し掛ける。

『とある病院で社会科見学中にたまたま遭遇したんです。向こうは寄付している病院の視察とのことでした。それで美優――依頼人に興味を持ち、引き渡せと。あまりに一方的な要求だったもので拒んだ結果、危うく撃ち殺されるところでした』

「……無事だったんですね?」

 安否の確認。もちろん、美優の方だ。

『はい。ですが因縁づけられてしまい、早くて今夜にでも報復行為が予想されます』

 なんてことだ、この探偵も運がない。

「……私にどうしろと?」

『お願いしたいことは二つです。一つ目は向こうが襲撃してきた場合、自衛行為をした私の事後処理。具体的には、ライフルや散弾銃といった長物を使わざるを得ない状況で正当防衛だった、と警察に話をつけて欲しいのです。万一、私が拘束されたとしても、市長からの口添えがあれば、さほど時間を掛けずにあの子の保護に戻れます』

「解りました。ただし、可能な限り相手を殺害せずに済ませる方向でお願いします」

『勿論です。その方が早く解放されますし、それに……』

「それに?」

『いえ、何でもありません。こちらの話です』

「……それで、二つ目はなんですか?」

『二つ目は、私の事務所周辺のパトロールをそれとなく厚くして貰いたいのです。ちょうど今は〈サイバーマーメイド〉関連で警備体制も強化されていますから』

「解りました。そちらも請け負いましょう」

『ありがとうございます』

「くれぐれも、あの子のことをお願いしますね」

『全力を尽くします。……それでは』

 通話が途切れたと同時に、市長は椅子に深く沈み込み、どっと息を吐く。

 だがすぐに身を起こし、真剣な表情で端末に登録してある警察署の番号を呼び出す。

「今夜は残業だな」


 ***


 雇い主である若旦那――獅子堂玲雄の命令で、私は鋼和市北区にいる。十階建てのビルの屋上から、おおよそ七〇〇メートル先にある『クロガネ探偵事務所』――若旦那に歯向かったあの男の住居を視界に収めていた。双眼鏡を使わずとも獅子堂重工製の義眼により、はっきり良く見える。

 目標は病院で会ったあの男の暗殺と、彼が侍らせていた少女の拉致。

 雇い主の命令とはいえ、少々気が滅入る仕事だ。

 時刻は午前二時過ぎ。住民の眠りが最も深いこの時間帯を狙って襲撃を仕掛ける。

 やがて、目標の探偵事務所前に黒服の男三人が現れた。若旦那から借り受けた部下であるが、彼らは全員人間ではない。

 〈ヒトガタ〉と呼ばれる量産型オートマタだ。金属のボディに、丸いレンズ状の眼が二つと、機械人形の名の通り完全にロボット寄りの見た目だが、世界中で最も売られている民間用オートマタの一種で、主に工事現場や炭鉱などの危険な場所での労働にこき使われている。

 軍用ではないため、本来ならば簡単な命令しか受け付けないが、私が従えている〈ヒトガタ〉は殺人プログラムも実行できるターミネーターとして調整されている。

 無線型リモコンを口元に運び、音声入力のスイッチを入れる。

「始めろ」

 指示に従い、〈ヒトガタ〉の一体が事務所のドアノブに触れた途端、全身から火花を撒き散らして激しく痙攣した。

「!?」

 侵入防止用の高圧電流と気付いた時には、黒コゲになった〈ヒトガタ〉が後ろに倒れ、そのまま動かなくなった。

「民間用とはいえ、オートマタが壊れる電流だと?」

 防犯セキュリティの限度を超えている。生身の人間なら確実に感電死だ。

『相手が相手だ。当然の備えだろうよ』

 背後から男の声。反射的に懐から拳銃を抜いて周囲を警戒するも、誰もいない。

「誰だ!? どこにいる!?」

『そう大声出すなよ。ご近所迷惑だ』

 聞き覚えのある声の主はそう言うと、遠くで銃声が鳴り響く。距離はあるが深夜の静寂もあって轟音にも等しい。事務所の方へ向き直ると、再び銃声が響く。

 ――あの男だ。いつの間に現れたのか、探偵事務所の主、黒沢鉄哉が硝煙たなびくショットガンを手に路上に佇んでいる。足元には無残に頭部を破壊された〈ヒトガタ〉二体が転がっていた。

 黒沢は顔を上げ、口元に無線機らしきものを運び、

『……ああ、ご近所迷惑なのは俺の方だったかな』

 明らかにこちらを見て、そう(うそぶ)いた。

 この闇夜に七〇〇メートルも距離を取っているというのに、こちらの位置を把握された。

 突然の銃声に事務所の近隣住民が家の明かりを点け、窓から、あるいは玄関から顔を出し、事態を把握すると瞬く間に騒然となった。間違いなく警察に通報される。衆人環視に加えて警察が介入するとなると、もはや暗殺と誘拐は実行不可能だ。

『飼い主に伝えろ。俺を敵に回すなら、それなりの損害を覚悟しておけとな』

 声のする方向、ビルの屋上に設置された給水塔を調べると、裏側に無線機が粘着テープで貼り付けてあるのを見付ける。

「……貴様、ただの探偵ではないな。何者だ?」

 テープから無線機を剥がして手に取り、黒沢に問い掛ける。

『俺のことより自分の心配をした方が良いぞ』

 何? と疑問に思うよりも早く、無数のパトカーがサイレンを鳴らして近付いてくる。そしてこのビルの前で停まった。到着が早すぎる。

「……ッ!」

 無線機を捨てて撤退しようとし、思い留まる。無線機には私の息――微量の唾液が付着してしまっている。DNA鑑定でもされたらマズい。自身の経歴や身元に関連するものは全て抹消してあるとはいえ、万一のこともある。

 やむを得ず無線機の電源を切ってポケットにねじ込み、転落防止用のフェンスを乗り越え、隣の建物の屋上へ跳び移り、さらにその隣の建物へ跳び移る。

 機械で強化した運動能力を以ってすれば、この程度は造作もない。

 三回ほど跳び移った建物の屋上から非常用階段で地上に降り、人気のない暗い路地裏を通って立ち去ろうとするも、

「おっと。失礼ですが、少しばかりお時間良いですか?」

 背中に掛けられた声に振り向くと、そこに丸刈り頭の中年男性が、警察バッジを掲示しながら近付いてくる。

「……刑事さん、ですか?」

「ええ。ここから少し離れた所で銃声がしましたよね? タレコミで『オートマタを使って強盗を仕掛けてきた主犯が、この辺に逃げ込んだ』とあったものでして。申し訳ありませんが、職務質問にご協力ください」

 中年の刑事――バッジには『清水』と書かれていた――は愛想笑いを浮かべながら、三メートルほどの距離を置いて立ち止まる。

「ええ、もちろん。身分証も出しましょうか?」

「お願いします」

 自然な流れで近付きながら腰裏に手を伸ばす。

 刑事とはいえ相手は一人、周囲に他の人間の気配は感じられない。一瞬で仕留める。

 ナイフの柄を握り、大きく前へ踏み込みつつ、清水の喉を深々と刺し貫く――つもりだった。

 頭上から殺気を感じ、咄嗟に後ろに跳ぶ。

 ――銃声。寸前まで立っていた地面に、銃弾が突き刺さる。

 建物の屋上のフェンスと繋いだワイヤーから手を離して地に降り立つや否や、黒沢は清水を庇うようにショットガンのフォアエンドを前後させて次弾を装填し、銃口をこちらに向けてきた。

「無事か、清水さん?」

「……あ、ああ。お陰さんでな。良いタイミングだ」

 突然の展開に動揺しつつも、清水は懐から四五口径自動拳銃を抜いて構える。

 ――どうしてここに黒沢が?

「どうして俺がここに、と考えているな?」

 ハッタリだろうが、こちらの思考が読まれてわずかに硬直した瞬間――ショットガンを発砲してきた。咄嗟に両腕で頭を庇いつつ回避する。

 黒沢は容赦なく連射してくる。躱し切れず腕に被弾。直後、ポトリと弾丸が地面に落ちる。

 非殺傷性のゴムスラッグ弾だ。実弾と違って貫通こそしないが、かなりの衝撃である。生身の人間が至近距離で直撃すれば、最低でも骨折は免れないだろう。

 やがてショットガンが弾切れになったのを見計らい、両腕を盾にしながら正面突破を試みる。間もなく警察の応援が駆け付けてくるだろう。市街地で立て続けに連射したのは、銃声で近くにいる警官に位置を知らせるためだ。ここは多少リスクがあっても、最短でこの場を離脱する。

 黒沢はショットガンを棍棒代わりにして大きく振りかぶり……投げつけてきた!

 回転しながら飛来してくるショットガンを叩き落とすと、黒沢は小型リボルバーを抜いた。狙いはこちらの脚。察するに今度は実弾か!?

 大きく跳躍し、一発目を回避。機械で強化されているのは全身の四割、残り六割は生身のため負傷は出来るだけ避けたい。

 跳躍した先にあった建物の窓枠を掴み、腕一本で全身を持ち上げて両足を広げる。

 二発目が両足の間に撃ち込まれ、コンクリートの壁を抉った。

 持っていたナイフを黒沢の顔に投擲する。だが奴は信じられないことに、空いている手の人差し指と中指でナイフを挟み止めると、手首のスナップを効かせて投げ返してきた。

 窓枠から手を離して飛来するナイフを叩き落とし、地面に着地した瞬間に真横へ身を投げ出して、三発目を辛くも回避――し損なう。

「ぐっ……!」

 左大腿に被弾。防弾繊維製のスーツのため、拳銃弾では貫通こそしないが、激痛が走り、しばらく痺れが取れない。

 四発目。右大腿に被弾。

 五発目、左上腕に被弾。

 排莢とリロードをしながら、悠々と黒沢が近づいてくる。その少し後ろで清水が拳銃を構えながら続いている。

 黒沢がさらに腹部に全弾撃ち込んできた。歯をきつく食い縛り、激痛に耐える。

 痛みは我慢できる。痺れも慣れだ。伊達に獅子堂に雇われてはいない。

「お、おい……何もそこまでやらんでも」

 躊躇いがちに清水が非難するも、

「念には念を。防弾で一発も貫通していない。早く手錠」

 再びリロードを行って用心深く銃口を向けつつ、黒沢は必要最低限の指示で逮捕を促す。

 清水は拳銃をしまうと代わって手錠を取り出し、私の左腕を掴み上げた。

「銃刀法違反、並びに公務執行妨害の現行犯で逮捕する」

 手錠が掛けられる寸前、右手で清水刑事の腕を掴んで引き寄せると、清水が自分で自分の手に手錠を掛けるという少々間抜けな絵面が出来上がった。

「んなッ!?」

「清水さん、離れろッ!」

 胸倉を掴み、腕一本で清水の体を持ち上げる。さすがの黒沢も仲間を盾にされては迂闊に発砲できまい。

「フン!」

 一度腕を引き寄せて勢いを付け、清水を黒沢に向かって突き飛ばす。

 黒沢は飛来してくる清水を最小限の動きで避けると、躊躇なく防弾で護られていない顔、喉といった急所を狙ってリボルバーを連射してきた。

 鈍い金属音が路地裏に響き渡り、両腕で全弾防ぎ切る。

「……サイボーグか」

「デミ、だがな」

 肯定し、両腕――義手のギミックを作動させる。手首に仕込まれたナイフが飛び出すと同時に、地を蹴って距離を詰める。リロードの猶予は与えない。

「シッ!」

 高速で連続突きを繰り出すも、黒沢は手にしたリボルバーと防刃製のグローブでナイフをいなし、弾き、受け止めつつ、巧みに捌いている。決め手がないため攻めあぐねているように見えるが、奴の狙いは時間稼ぎだ。警察の応援が来るまで粘るつもりだろう。

「ふっ!」

 短い呼気と共に前蹴りを繰り出す。ナイフ攻撃に目が慣れた頃合いを狙った不意打ち。

 デミとはいえ、戦闘用サイボーグの蹴りを人間がまともに喰らえばほぼ即死、腕で防ごうものなら枯れ木のようにへし折る威力はある。

「ぐぅッ!」

 黒沢は両腕を十字に組んで蹴りの受け止めたと同時に後ろに跳び、衝撃を半減させた。わずかに苦悶の声を漏らしたが、防いだ腕は折れていない。

 この男、対サイボーグ戦の経験があるのか恐ろしく戦い慣れている。咄嗟の判断から最適な行動に移るのが速い。

 だがこれで距離を取った。

 閃光手榴弾(スタングレネード)を取り出してピンを抜き、投げ付ける。

 黒沢が倒れている清水を庇うのを尻目に背中を向けた直後、炸裂した閃光と轟音が、闇を引き裂いた。

ある意味今回がターニングポイントとなる話です。

ここからヒロインを狙う勢力が本格的に動き出します。

比例してアクションの描写や演出も多くなり、文章量がこれまで以上に増えるので、お時間がある時に読んでくださいと警告しておきますw

それではまた次回に。ノシ

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