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機巧探偵クロガネの事件簿 〜機械の人形と電子の人魚〜  作者: 五月雨皐月
機械の人形と電子の人魚 編
14/24

幕間6

 少女が目を覚ますと、スイートルームとはまた違う部屋のベッドにいた。

「気が付いたか?」

 どこかで聞いたことがあるような男の声に思わず身を震わせる。スーツ姿の――アルファゼロと獅子堂玲雄から呼ばれていた――男がベッドすぐ横の椅子に腰かけて少女を見下ろしていた。

「……無理もないと思うが、そんなに警戒しなくていい。私からは何もしない」

 軽く両手を上げた後、男は自分の首を指差す。

「痛くはないか?」

 言われて少女は自身の首に包帯が巻かれていることに気付く。首だけではない。バスローブの下、体中の至る所に包帯が巻かれ、かすかに消毒液の匂いが鼻をついた。応急手当を施してくれたのだろう、そのお陰で痛みも我慢できる程度に落ち着いていた。

「だ、大丈夫です……」

 かすかに震えた声で言うと、「それは良かった」と男は安堵したかのように頷き、おもむろに足元に置いてあったビニール袋からミネラルウォーターが入ったペットボトルを差し出した。礼を言って受け取り、蓋を開けて口を付ける。ごくごくと音を鳴らし、渇いた喉にボトルの半分ほどの量の水を一気に流し込んだ。

「……落ち着いたか?」

 男に頷いた後、躊躇いがちに気になっていたことを訊ねる。

「……あの、私はこれからどうなるんですか?」

「私は若旦那――獅子堂玲雄様から君の処分を命じられた、ってそう警戒しないで最後まで聞いてくれ。先程言ったように私からは何もしないし、危害も加えない」

 怯えて距離を取ろうとする少女に待ったを掛ける。

「命令に従い、君の処遇は私が一任することとなった。差し当たってまずは、このホテルの女性従業員に頼んで君の衣服を調達する予定だ。その後は君を家に帰そうと思う」

 予想外の言葉に少女は目を丸くする。獅子堂に買われた以上、もう家には帰れないと諦めていたのに。

「……帰れる、んですか、私?」

「私はそうしたい」と男は頷いた直後、少女は泣き出してしまう。しきりに「ありがとうございます……」と何度も礼を言いながら泣きじゃくる彼女を見て、男は罪悪感に胸を痛めた。

 彼女をここまで追い詰めたのは自分の雇い主であり、助けようともせず傍観していた自分自身である。そして彼女を助けるために、同じように涙を流すガイノイドと、それを命懸けで護ろうとした男を犠牲にしたのだ。どこの誰とも知らぬ、自分とは無関係な少女一人を助けるために。否、無関係だからこそ、理不尽な世界に置かれる現実に異を唱えた、ただの自己満足だ。

 〈アルファゼロ/アサシン〉のコードネームを持ちながら、とんだ偽善者だと自嘲する。

 ――やはり私は、先代のようにはなれない。

 男の前任者である先代〈アルファゼロ/アサシン〉は、その名に恥じない一流の暗殺者であったという。獅子堂に仇為す者を一切の容赦も慈悲も例外もなく排除し、裏世界では伝説となっているほどだ。

 だがその伝説も、とある任務で命を落として終止符が打たれた。

 いかに優れた暗殺者といえども結局は人間であり、死と隣り合わせな世界に身を置いていればいつかは必ず訪れる結末だ。

 呆気ないと思う。

 理不尽だと思う。

 ――嗚呼、やはり私はこの仕事に向いていない。

 泣きじゃくる少女の背中をさすって宥めながら、アルファゼロは己の選択を呪い、後悔した。

 ――たとえ偽善であったとしても、ただの自己満足だとしても、どうかこの少女に救いあれ。

 暗殺者である以上、祈る神を持ち合わせていなかったが願わずにはいられなかった。

 ――どうかこの純粋な少女にもう一度、平穏な人生が送れますように。

 彼女は自分と違い、陽の当たる場所へ戻ることが出来るのだから。

クロガネが表の主人公ならば、佐藤は裏の主人公となります。

優秀だけど非情になり切れない暗殺者という設定は映画や漫画などでよく目にしますが、個人的に大好きな設定の一つです。

どこか温かみのある人間らしさ、人間臭いダークヒーローって魅力的ですよね。

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