第9章
「蘭ちゃん、あのお姉さんに本気で投げてもらうから、ちょっと代わってな」
「あ、あ、はい」
「見てたけど、ほんとに脚速いんだね。後でいろいろ教えてあげるから」
「あ、ありがとごじゃましゅっ」
「秋山さん、いいですよ。ここ狙って投げてください」
「ははん、死んじゃっても知らないんだから。見てなさいよっ」
秋山リサは少し後ろに下がり、二十メートル前後の距離なのに助走をつけて振りかぶった。
僕はリリースの瞬間を見る。左腕がしなる。アドバイス通り、二本の指は僕に正対している。そしてなかなかの豪速球が、悪いことに隣の蘭ちゃんに向かってきた。
まずい、僕は横っ飛び。なんとかグラブの先に引っかかったが、危なかった。もう少しで怪我人が出るところだった。
「危ねえ、百二十キロくらい出てたんじゃないか……蘭ちゃん、大丈夫?」
「こ、怖かった。あ、ありがと、です」
声が震えて泣きそうだったので、僕は蘭ちゃんの肩を軽く叩いて笑顔で「大丈夫。俺が守ってやっただろ」と笑っておいた。
足音に気づいて振り向くと、秋山リサが駆け寄ってきていた。オーバーなくらい申し訳なさそうな表情だった。
「ソーリイ蘭ちゃん、びっくりさせてごめんね。わ、わざとじゃなかったの」
「あ、わ私は大丈夫です。でも、拓馬さんが……」
「俺も全然大丈夫だよ。それより、すごい球でしたね。男子でも素人じゃ出せないスピードですよ」
「え、あ、ははん、私はリトゥーとは違うのよっ」
何か知らないが、秋山リサは僕に対抗意識があるようだ。大方、大学でも姉がやたらに僕を褒めるもんだから、私の兄のほうが上よ、みたいになってしまったんだろう。とにかく、こういうのはたぶん姉のせいだ。
ちなみに、秋山リサは投げる以外はからっきしで、下から軽く投げてもらった球でないと捕れない。普段はあんなに強気なのに、上から投げると女の子らしく怖がって避けてしまう。
まあ、それより蘭ちゃんのほうが問題だ。まったく野球を知らないみたいだし、一から教えてあげないといけない。しばらくこの二人につきっきりでいた。
でもみんな飲み込みは早いし、しばらくやれば形になるだろう。何より、秋山リサ以外は全体的に楽しい雰囲気ができている。これが姉の才能なんだろうな。