第4章
いくつか送られてきた大学のパンフレットを見ていたら、ドアをノックする音がした。
「拓、入っていいかな」
「いいよ。何だよ姉」
静かに入ってきた姉は、少しだけ真剣な顔をしていた。
「あ、大学のこと調べてたんだ」
「うん。姉、聖沢大ってどんなとこ?」
「野球部のこと?設備も良いし、レベル高いよ。今年のリーグ戦も勝ってるし」
「野球部だけじゃなくてさ。その、まあ俺よくわかってないんだけど、大学ってもの自体」
「うちの大学は……大学ってどこもそうなんだけどね、広くて綺麗で自由だよ。大学でやりたいことがある人はそれを頑張るし、ない人は遊びを頑張ってる、って感じ。拓は今、野球の他にやりたいことあるのかな?」
僕はしばらく黙って考えた。僕から野球がなくなったら、後には何があるだろう。勉強?就職?どうも現実感がない。
とか思って油断していると姉が「ていっ」なんて言って、僕をベッドに押し倒してきた。
「うわ、何すんだよ」
「たまにはお姉さまに甘えたらどうなの」
「うるせ、子供扱いすんな」
「やだ。甘えなさい。ほら、甘えてよ」
こうなると姉は強い。弱くないのに弱さを武器にしてくる。僕は仕方なく、姉と並んでベッドに寝転がっていた。満足気に僕の頬をつついてくる。弟っていうよりペットのような扱いだと思う。
「あ、そう言えば。お姉ちゃんね、草野球始めたんだよっ。しかもメンバーみんな女の子で」
「……膝は大丈夫なのかよ」
「え、もしかして心配してくれてる?嬉しいにゃん」
「いや別に」
「素直じゃないなー。先生も大丈夫だって言ってくれてるし、多い時でも週二しか動いてないから平気なのだよ。ふふん」
「軟式?」
「あんなゴムのおもちゃじゃ物足りないね。硬式に決まってるじゃん。まあ硬球だって、ソフト投手の百十キロに比べたらおもちゃみたいなもんだし」
「でも女子で硬式って、人数集まってんのかよ」
「……そこで、ちょっとお願いがあるにゃん」
「何だよ」
「週一でいいから、拓もちょっと顔出してくれないかな。甲子園のアイドルがいれば絶対、人も集まると思うの。お願い。お姉ちゃん一生のお願い」
「姉の一生は何回あるんだ」
「いいじゃんか、来てよ。んーっ」
姉はふくれっ面でぐるぐるパンチを打ってきた。けっこう本気で痛い。
「あーわかった、じゃあ行くから。いつだよ」
僕が折れると急に嬉しそうな表情で「わあ、来てくれるの?次は明後日だから、よろしくね。拓大好きっ」なんて僕を突き転がし、後ろからしがみついてくる。
姉というのは、なんて理不尽な生き物なんだろう。