第33章
みんなが位置に戻っていった。そして内外野が前進守備をとる。リズは数秒眼を閉じてから、ゆっくりと開いた。八番岡本、悪いことに左打席。しかもベースに被さっている。
「リズ、ここだよ」愛ちゃんがミットを構える。セットに入ったリズがまた眼を少し閉じ、脚を上げた。
ゆったりと踏み出し、腕を振る。岡本は速球に怯え飛び退いたが、判定はストライク。
「逃げんじゃねえよ岡本、当たれ」
二球目、岡本はベンチの野次に言われた通り速球を肘で受けた。しかし判定はストライク。痛がりながら「えー?」とか言っているが、ストライクゾーンだから仕方ない。しかし百二十キロ前後出てたと思うが、根性あるな。
肘をさすりながら、ようやく岡本は現実的な位置に立ってバットを構えた。それを見た僕は少し嫌な予感がした。打ちそうな構えだった。
三球目、外角の速球に対し、岡本はバットをちょこんと出して弾き返した。打球は前進していた遊撃の頭上を越え左中間、やや中堅寄りへ。蘭ちゃんの守備範囲だ。
蘭ちゃんは斜めに走り出し、落下点を行き過ぎてからまた戻ってグラブを差し出し、弾いた。やっちまった。ボールが落ちたのを確認した走者が一斉に走り出す。
「蘭ちゃん、二塁」僕が叫ぶと、慌てた蘭ちゃんは二塁と三塁の間あたりに悪送球。
佐伯さんが追いついて捕ったが、その時もう各走者とも進塁してしまっていた。一点とられ、なおも一死満塁。
「蘭ちゃん、だーいじょぶだよっ。落下点に入れたし合格合格。よしよし」
姉が蘭ちゃんに駆け寄って頭を撫でている。蘭ちゃんだけがぺこぺこしているが、まだみんなの雰囲気は悪くない。
長谷川の眼が怖いけど、とりあえず顔だけは笑っているから蘭ちゃんに変なこと言ったりはしないだろう。
九番の松居。ベースに被さったが、構えが明らかに素人だ。ストライクさえ入れば何とかなる。
それでもリズは失点で動揺しているのか乱調で、フルカウントまで一人相撲の末、四球。押し出しで二点目が入り、打者はトップに戻る。雲行きが怪しくなってきた。
リズが汗を拭いながら、僕のほうを見た。眉がへの字になっていて、もう投げる自信がない、という感情が痛々しいくらい表れた顔だった。
「タイムお願いします」
僕はタイムを要求、主審に投手と右翼の守備交替を告げた。
「リズ、よくやってくれた。姉、頼む」
「タクマ……」
泣きそうな表情をしたリズの肩を、走ってきた姉が強引に抱き寄せた。
「リズ、ナイスピッチング。あとは任せなさい。その代わり、右翼は任せたよんっ」
リズを抱いたまま耳元で言う姿が何かいやらしい。と思ったらキスまでしてる。でもリズが元気を取り戻したから、結果的にはナイスプレーか。
「さあ男子諸君、大魔神舞ちゃんの登場だよー」シコースキーみたいに腕をぐるぐる回しながら高らかに宣言し、姉はいい加減に投球練習を済ませた。
シコースキーという懐かしい名前が出てきてますが、ご存知でない方は動画サイトなどでぜひ検索してみてください!
いやピアザとかマダックスとかも、やっぱ知ってるほうが面白く読めるかな……?




