第3章
長谷川は部活に行き、僕らは残された。
健太は捕手として、プロに行くだろう。体格にも恵まれてるし、何より打撃が凄まじい。甲子園のスタンド中段に放り込んだ打球に、スカウトも度肝を抜かれたはずだ。そしてキャッチングやリードの技術を含め、僕は健太が高校日本一の捕手だと信じている。
「なあ拓馬、おまえ推薦蹴るのか?」
「たぶんな」
「……おまえが投手で俺が捕手なら、俺はプロだって抑える自信あるよ」
「何だよ、いきなり」
「遥ちゃんだって、拓馬に野球続けてほしいアピールしてるじゃん。あの子の気持ちもさ、受け取ってやれよ」
「やっぱ今のとこ、俺に続ける意思はないから。あんまり期待もさせたくないし」
「……そうか。まあ、ちょっと離れたらまたやりたくなると思うんだけどな」
それは健太の言う通りなのかも知れない。引退宣言と復帰を繰り返すアスリートはいくらでもいる。僕も少し休めば、また情熱が蘇ってくるんだろうか?今は想像もつかないが。
自転車で一人、帰る道の途中、河川敷のグラウンドがある。登下校で毎日見てきた景色。僕らのグラウンドみたいに黒土じゃないし、雑草だって生えてるけど、いつも子どもたちが野球やサッカーをしている。今日も楽しそうに。
そんな中、ふと見ると女子の姿もあった。慣れた感じでキャッチボールをしている。たぶん野球のボールだ。最近は女子プロ野球なんてのもあるし、珍しくないか。
「ただいま」相変わらず玄関に散らかっている姉の靴を揃え、居間に顔を出す。
「ああ拓、おかえりにゃん」
「何だよ、にゃんって」
「なんか最近元気なさそうだから、お姉さまが可愛くしてたら元気でるかなと思って」
「別にそんな、元気だよ俺」
「拓、お姉ちゃんに隠すことないんだよ。進路、迷ってるんでしょ」
まあ、姉には本当に何も隠しようがない。両親は僕が野球を続けてプロを目指すんだと期待してるけど、自分もソフトボールで全国レベルだった姉は僕が通用しないであろうことを理解しているんだろう。
「ほら、こっちおいで。なでなでしてやろう」
「いいって」
僕はだらしなく寝そべっている姉に取り合わず、階段を上って自分の部屋に鞄を置いた。
部屋に飾ったトロフィーや写真。たしかに、この輝ける道を諦めるのは簡単じゃない。でも僕は知っている。ここが限界なんだ。僕はプロに呼ばれない。