第2章
二学期最初の授業を終え、帰り支度をしていたら、「先輩」と廊下から呼ぶ声がした。二年生の女子マネージャー、長谷川遥の元気な声だった。
「俺のこと?」僕より早く反応したのは、正捕手を務めていた女房役、斎藤健太。
「あ、すいません。斎藤先輩も、でした」
「も、って何だよ。あーあ、またこれだ。なあ拓馬、ちょっと遥ちゃん俺にお裾分けしてくれよ」
「何言ってんだ、おまえは」
僕はいつものようにやり返してから、長谷川のほうを見た。
「どうした長谷川、わざわざ三年の教室まで来て」
「……もう。先輩、私の言いたいことわかってますよね」
長谷川は大げさにふくれっ面をする。ショートヘアに可愛い顔、明るい性格で、いつもみんなのやる気を出させてくれていたんだった。長谷川は僕に野球を続けてほしいらしく、携帯のメールでもやたら練習に誘ってくる。体が腐らないよう定期的に動かしに来てください、とか言って。
「前も言ったけど、勉強で忙しいんだよ」
「勉強って、でも先輩はスポーツ推薦じゃないですかっ」
「えーとな、だから、まだ決めたわけじゃなくて」
「ちゃんと投げてないと、肩なんてすぐ衰えちゃうんです。私なんかより先輩のほうがよくわかってるはずです」
長谷川は僕のことが好きなんだと思う。たしかにまあ、僕は甲子園出場のエースだったわけだし、人気もそれなりにはある。長谷川はマネージャーの立場だから、みんなに公平に接するよう努力してたと思うけど、だいたいの奴はにじみ出る態度で気づいていた。僕だってそうだ。
そしておそらく、長谷川が好きなのは、野球をしている僕なんだろう。だから余計に、期待を裏切ってしまうようで、推薦を蹴ろうと考えているとは言いにくい。
「まあ、自主トレはそれなりにやってるよ」
「本当ですか?ちゃんとご飯だって食べないとだめですよ。先輩はすぐ痩せちゃうんですから」
「なあ遥ちゃん、俺のことは心配してくれないの?」
「斎藤先輩は何も言わなくても、食べ過ぎるくらい食べてるじゃないですか」
「うお、一刀両断きたよ」
「ごめんな長谷川。余裕ができたら、また練習行くからさ。その時は頼むよ」
「……待ってますからね、私も、みんなも」