第16章
「ずっと、ずっと前から……だから私、マネージャーやってこれたんです。先輩がいなくなったら、もう続けられません」
「そんな、おまえがやめたらみんな悲しむって」
「みんなじゃないんですっ」ほぼ絶叫が校内に響き渡る。
「う、うん、わかった。ほら、ちょっと深呼吸しようぜ、な」
「ふうっ、ふうっ、わ、私が好きなのは、みんなじゃない……村上先輩だけなんです」
そう言った時の長谷川の声は突如落ち着いて、微笑みさえ浮かべているように見えたが、眼が据わっているというか、吹っ切れた感が半端ではなかった。
今きっぱり拒絶したら、ここから飛び降りてもおかしくない。僕が刺されても驚かない。いや驚くけど。
「そんなに、思ってくれてたんだな」
「先輩も、私のこと好きって、言ってくれますか?……そうじゃないなら私、私」
「好きだよ。俺も」僕は反射的に言った。直後、危険を一時回避する目的で思いっきり深みに突っ込んだような、絶望的な気分になった。
しかし長谷川は瞬時に、いつもの明るい笑顔に戻った。
「ほんとですか?嬉しいっ。私、先輩と二人っきりでいろんなとこに行ったり、一緒にご飯食べたりしたいなーって、それが夢だったんです。私の夢、叶えてくれますよね」
しかし、そう言いながら僕の袖を掴んでくる手が異常に力強い。恐怖を感じた。
「……ああ、そんなことくらいなら」
「じゃあ私、先輩の、か、彼女でいいんですよね?」
もじもじして赤くなる長谷川は可愛いはずなのに、僕の背筋は凍りついている。
「ちょっと、長谷川。あの、俺も長谷川が好きだけどさ。ひょっとしたら、これから俺のいろんな部分を知ったら、長谷川が俺を好きな気持ちがどうなるか……って今、不安って言うか」
「そんなはずありません。私、先輩のことが好きです。ずっと、誰よりも」
「そうなら嬉しいよ。で、俺の提案なんだけど……ちょっと、お試し期間的な扱いにしてくれないかなって」
「お試し?……何ですか、それ」
「ちゃんと恋人同士ってみんなに言えるまでの準備期間って言うか、そういうのが欲しい。俺、正直不安なんだ。本当にずっと好きでいてくれるのか」
長谷川はしばらく、古いパソコン画面みたいにフリーズした後「……わかりました。じゃあ、少しの間、みんなには秘密ってことですね」と、いたずらっぽく微笑んだ。
「そ、そうなんだよ。ありがとう。俺の不安、わかってくれて」
「でも、先輩の野球の指導にはついて行きたいです」
「いいけど、部活があるだろ」
「辞めます」
「え?でも」
「先輩に他の女が近づかないように見張ってないと、私がだめなんです。私……やきもち激しいんですよね。今までだって、先輩に誰かが言い寄るの見る度に、おかしくなりそうで、私、私っ」
また長谷川は興奮、ふうふう言っている。本格的にまずい展開だ。まさか長谷川がこんなに病んでたとは。それも僕のせいなのか?
とりあえずなだめて、その日は部活に行かせた。辞めるにしても、ちゃんとみんなに納得してもらうように言っておいた。
そして、予想はしていたけど、長谷川はあっさりマネージャーを辞めてしまった。後輩の話によれば「どうしても追いかけたい夢ができました」とか涙ながらに言っていたそうだ。
それ以来、長谷川からは毎日メールが来ている。内容は可愛いものだけど、うっかり返信を怠ると狂ったような長文のメールが送られてくるので大変だ。少し気が滅入る。




